172 見守りミッション 2
亜香里たちが勤務する本社ビルの最上階、外向きには日本同友会、実際は『組織』のフロアで3人はエレベーターを降りる。
「こんなエレベーターがあるなんて知らなかったよ。地下駐車場からオフィスへは直接行けないじゃない?」
亜香里はこのビルが会社の本社ビルなのに『組織』の利便性が優先されているのではないかと考えていた。
「このエレベーターは行き先階のボタンがありませんから『組織』専用だと思います」
「そうだよね。地下駐車場からオフィスへ直行するエレベーターが無くて、『組織』に直行できるエレベーターがあるって事は、やっぱりこのビルは『組織』優先なのかな? エアクラフトの駐機場もあるし」
エレベーターホールから幅のある通路へ出ると、ランプが点滅している部屋が目に入る。
「ミッション開始の時と同じように、まずミーティングルームへ入るのかな?」
亜香里がドアを開け、3人は部屋に備え付けのラウンドテーブルにある椅子に座ると、壁一面にあるディスプレイにビージェイ担当が現れた。
「みなさん、お休み中のところを出て来ていただき、お疲れ様です。ただし『組織』ですので休日出勤手当は出ません。その代わりと言っては何ですが、エンターテインメント施設を用意しております。みなさんが興味のある能力の向上にも役立つはずです。今の時間帯はまだベテランの能力者がローマ教皇の動静をチェックしており、みなさんに担当いただくのは午後9時から翌朝6時までです。担当する時間まであと2時間ほどありますので、エンターテインメント施設で楽しんでみて下さい。食事は寮と同じ多目的室を利用してください。今回のミッションで使用する部屋をディスプレイの左側に表示します。そのほかの部屋には入室しないようお願いします。なお、この3日間はみなさんのステータスがミッション中となりますので、社員証は『組織』のIDカードに、スマートフォンとスマートウォッチは『組織』仕様になっております。オフィスで使用する際には他の社員から見られない様にして注意して下さい、私からは以上です。質問があればお答えします」
さっそく、亜香里が手を挙げて質問をする。
「ディスプレイに3人分の寝室が表示されていますが、室内はどうなっていますか? バスルームとかは? あと緊急事態が発生した時には、どの様に対応すれば良いのですか?」
「寝室と表示されていますが、日頃みなさんが利用されている寮の個室と同じ作りになっています。室内にパスルームと簡単なキッチンが付いています。緊急事態が発生した際には、その状況によって『組織』から連絡がありますし、夜間でもベテランの能力者が召集されるので心配は入りません」
続けて詩織が質問する。
「3日間、このフロアと下の階にある職場を往復するだけだと身体が鈍ってしまいます。このフロアにジムはないのですか?」
「藤沢さんからその様な意見もあるかと思い、先ほど申し上げたエンターテイメント施設を準備しました。手荷物を部屋へ運んだあとで、ディスプレイに『娯楽室』と表示されている部屋に行ってみてください。藤沢さんにもかならず満足いただけるものと思います」
優衣は聞いたものかどうか迷っていたが、最後に聞いてみる。
「今回のミッションは不測の事態が生じた場合、まず体制側の警備機構が動くことになると思うのですが、私たち『組織』側は、国の警備側と協力して動くことになるのですか?」
「それはありません。『組織』の存在は我が国を含め、各国機関のごく一部の人間がアウトラインを知っているだけです。トップシークレット扱いになっておりますので、どのような事態になっても『能力者』が機動隊や自衛隊と一緒に行動することはありません。同じような行動をする際にはパーソナルシールドやエアクラフトの光学迷彩を使用して秘密裏に行動することとなります」
ビージェイ担当の説明を聞いて、亜香里は(私たちは忍者みたいなんだ、ちょっとカッコいいかも)と思い、詩織は(特殊部隊と一緒に仕事をしてみたかったな)と自分の趣味性を出して考えていた。
質問をした優衣は(身バレはしないのですね、安心しました)と篠原家のことを考えながら一安心していた。
「他に質問が無いようでしたら、担当が始まる午後9時まで自由に過ごして下さい。午後9時から翌朝6時までは各自、部屋で待機して下さい。3日間よろしくお願いします」
ディスプレイの表示と共にビージェイ担当の姿が消えた。
「じゃあ、部屋に荷物を置いてビージェイ担当の言う『娯楽室』へ行ってみますか? 十分後に集合で良い?(亜香里、優衣「「了解」」)じゃあ、十分後で」
3人はミーティングルームを出て、荷物を持ってそれぞれの部屋へ入って行った。
* *
「この部屋は何なの! 宇宙飛行士の訓練施設?」
3人が『娯楽室』に入って直ぐ、亜香里は無駄に広い部屋を見て声を上げる。
その部屋は『娯楽室』と呼ぶにはほど遠く、見たこともない大きな機械が一定の間隔を置いて備え付けられていた。
娯楽室と呼べる設備は部屋の隅にあるビリヤード台と卓球台くらいである。
「おそらく、亜香里の言うのが一番近いのかも? 一番近くにある装置は、宇宙飛行士がロケット打ち上げ時の垂直Gに耐えるための遠心シミュレーター装置でしょう? これはTVで見たことがある」
頷きながら詩織が説明する装置は大きな円形の台座からアームが伸びており、その先には人が一人入れるくらいの大きさの球形ポッドが取り付けられていた。
「詩織さん、あのポッドに入ってブンブン回されちゃうのですか?」
「TVで見たときはそうだった。ポッドに付いているディスプレイに何か書いてある」
ディスプレイには使用上の注意が記されていた。
『通常の人間が耐え得る重力は4Gから6Gまでです。このマシンは回転速度を高めていくことで9Gまでの重力を体験でき、ロケットの打ち上げに耐えられる感覚を身につけることが出来ます』
「『組織』は宇宙船も持っているのかな? エアクラフトの性能をもう少し上げれば、宇宙まで行けそうだけど。でも面白そう」
3人は次の機械に近寄ってみる。
丸いジャングルジムの様な中に6点式シートベルトの付いた座席が設けられている。
「これは雑誌で読んだことがあります。確かNASAのトレーニングキャンプにあるって書いてありました。この丸い形の中で椅子に座った人が揉みくちゃにされるものです」
ここにもディスプレイがゲージについていた。
『このマシンは、搭乗者をあらゆる方向へ回転させ、大気圏再突入時にきりもみ状態になることによって生じる失見当識障害をシミュレーションします。大気圏再突入時のコントロール不能状態への対処を学びます』
「ますます、宇宙飛行士の訓練設備ですね」
その隣にあるゲームショウに出てきそうな設備に移動する。
「ようやく『娯楽室』っぽくない?」
そこにはVRゴーグルとコード類、身体に装着するパッドやコード類が束ねられており、ディスプレイに注意書がある。
『実際の宇宙空間で行う様々な任務のシミュレーションを行います。モーショングローブやボディセンサー類を身につけるだけで、実際に宇宙に行くことなく月面歩行や宇宙空間などで必要な技術の修得ができます」
「やっぱり、お遊ではないね。トレーニングです」
次の水槽のような設備へ移動してみる。
水槽の横にはコードに繋がれた宇宙服がある。
「これって、室内トレーニング用のエンドレスプールじゃないの? 前に使ったことがあるのとは、チョット違うのかな?」
詩織が競泳時選手代を思い出して、ディスプレイの注意書きを読む。
『無重力環境訓練設備です。深さと広さはあまり大きくありませんが、装備を身につけて中に入ることにより無重力環境下での作業訓練を行う事が出来ます』
「やっぱりこれも宇宙飛行士用の施設じゃない? 『組織』は私たちにここを使わせて、どうしようとしているの? まあいいや、とりあえず一番簡単で面白そうな重力マシーンからはじめてみますか」
亜香里は最初に見た、遠心シミュレーター装置へ行きポッドを開けて中に入る。
中に入ると注意書きとスイッチがあり、基本的には全自動で、能力者のスマートウォッチで体調を管理しながら、重力加速がなされるらしい。
「亜香里さん、急に思いっきり回したりしないで下さいよ」
「平気、平気。危なくなったら全自動で止まるみたいだから」
ポッドのハッチを閉めてスイッチを入れると遠心シミュレーター装置は徐々に速度を上げ、やがて室内に大きな風切り音がするスピードで回り始めた。
ポッドの中の亜香里は最初は面白がっていたが、息苦しくなり、緊急ボタンを押す前に目の前が真っ暗になり気を失ってしまう。
その時の重力は、マシーンの最大値9Gが掛かっていた。
やがてポッドの回転が止まり、ハッチが開く音で亜香里は正気に戻る。
「アーッ、ビックリした『組織』は手加減というものを知らないのかなぁ? あれ? 部屋が暗くなってるし、詩織たちの声がしないけど」
ポッドの外に出てみると、非常灯の灯りだけが点いており、広い室内全体が薄暗くなっている。周りを見回すと、先ほどまで居た娯楽室ではあるようだ。
しばらくすると遠くから回転灯と警告音を作動させながら警備ロボットが近寄ってきて、亜香里にホールドアップを命令する。
「ちょっと待ってよ! ここは『組織』の施設でしょう? どうなっているの!」
先ほどまで娯楽室だった薄暗い部屋に一人、亜香里は警備ロボットと向き合っていた。
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