166 インタビューと遅いお盆休み

 亜香里が運転するGLA45は東関東自動車道から、お盆休みでガラガラの首都高に入り、寮から近い出入口で降りて一般道から寮の地下ガレージに入って行った。

 途中1回のトイレ休憩(詩織と優衣は透明人間モード)以外はノンストップだったため、伸びをしながら車から降りる3人である。


「運転お疲れさま、左足首は大丈夫?」


「オートマチックだから平気平気。左足で踏ん張るような道もなかったからね」


 地下ガレージからエレベーターに乗ると、エレベーターは亜香里たちの部屋があるフロアを通過して、最上階で停止した。

 扉が開きホールに出るとランプが点灯しているミーティングルームがあり、3人はそこに向う。


「『組織』がセットしているのだと思いますけど、こういう時、行き先階のボタンのないエレベーターって不便ですよね、自由が効かなくて」


「『組織』は、私たちが持っている危ないツールやマジックカーペットそれに、このジャンプスーツを一刻も早く回収したいのじゃないの? 勝手に持って帰っちゃう人も居るから」


「それって私のことを言ってる?(詩織『あえて誰とは申しませんが』)だからぁ、あの時は仕方がなかったじゃない。入社したばかりで慣れないトレーニングが終わって、携行食と一緒にブラスターとライトセーバーを間違って持って帰ったんだから」


「まあ、良いじゃないですか。終わったことですから」


 ミーティングルームの前まで来て、詩織がノックをして扉を開け、3人とも中に入ると、部屋にライトはついているが誰もいない。

 3人が椅子に座ると壁全面にディスプレイが映し出され、ビージェイ担当が現れた。

「みなさん、お疲れ様でした、本日はお盆休みに入っており、本来インタビューを行う、江島さんたち能力者の方々がおりませんので、不肖、私ビージェイ担当がインタビューを行います。早速ですが、先ほどクルマの中で伺った内容をまとめてみましたのでご覧ください」

 スクリーンの左半分には、東関東自動車道を走りながら亜香里たちが説明した内容が、時系列にまとめられ箇条書きに整理されている。


 一通り読んで詩織が答える。

「だいたいスクリーンに書かれた内容の通りです」


「そうですか、では順を追って質問します、最初に藤沢さんと篠原さんは、この寮の地下にあるドックからシークラフトに乗って発進されたそうですが、何故、ドックの存在を知っていたのですか?」

 詩織と優衣が顔を見合わせ『はぁ?』という顔をして、優衣が答える。

「それは、月曜日にここでビージェイ担当が教えてくれたからです『エアクラフトがしばらく使えないので、プロトタイプのシークラフトを使って下さい』と仰いました」

  少し考えるような顔をして、ビージェイ担当が答える。

「私が言ったのですか? 言った覚えはありませんが… もしもミッションの依頼をしたとすれば、そう言うのでしょうね、分かりました。次の質問です。最初に『世界の隙間』に入る時、小林さんは出張中の香取早苗さんに『組織』の回線を使って、鹿島神宮の『世界の隙間』の入口を尋ねられたそうですね?」


「はい、優衣からのメッセージとラジオのニュースを聞いて、詩織たちのミッションが難しそうだなと思い『世界の隙間』で少し前の過去に遡れれば、タンカーが座礁するのを防げるのかなと思ったからです」


「なるほど、かなりの推測が入りますが、理論的にはあり得る話ですね。ただし『組織』の記録には小林さんと香取さんとが通話した記録は残っておりません」


「えっ! 今日の午前中、いや今日は水曜日だから、月曜日の午前中に電話で香取先輩から鹿島神宮の『世界の隙間』の入口を伺いました。そうでなければ、私がその入口を知るはずがありません」


「確かに香取さんは以前のミッションで鹿島神宮から『世界の隙間』に入っていますから、彼女は『入口』を知っているはずですが、小林さんがどうやってその入口を知ったのかという疑問は残りますね。次の質問です。みなさんが息栖神社の『世界の隙間』にいる時に、私がみなさんのスマートフォンにビデオ通話をしたとのことですが、当然こちらに通話記録は残っておりません。これについては先程の小林さんと香取さんとの通話と同様に確認できないのは仕方がありません。その通話で私が『組織』としてタンカーの進路変更を約束したのですね?」


「ええ、不調になるはずのタンカーの電気系統もチェックしてくれると言っていました」


「そうですか、私がそれを約束したのかどうかはともかくとして、そのタンカーは本来であれば今週、日本に入港しているはずでしたが、突然引き返しています。理由は不明です。それでは最後の質問です。みなさんは今回、現在の鹿島神宮から江戸時代の香取神宮へ飛び、またそこから8月初めの息栖神社へ飛び、最後に現在の鹿島神宮へ戻って来たと、厳密にいうとその間、みなさんにとっては数時間の出来事でしたが、戻って来たら2日経っていたと」


「アッ! ビージェイ担当、それで思い出しました、詩織と優衣は今日まではミッションが継続になっていると思いますが、私は月曜日の朝、有給休暇を会社にお願いしたままです。昨日は無断欠勤になっていますよね?」


「月曜日にみなさんの行方が分からなくなってから『組織』から会社の方には日本同友会で活動中と連絡しております、小林さんも同様です。能力者が無断欠勤などをすると、今後の『組織』の活動がやりにくくなるでしょう?」


「そうですか、アァー、助かったぁ。会社から自宅に連絡が入っていたら、どう言い訳をしようかと思っていました、助かりました」


「よろしいですか? それでは最後の質問です、みなさんは続けて短時間のうちに3回『世界の隙間』の入口を入って、3カ所に移動したわけですが、何か変わったことは有りませんでしたか?」


 お互いに顔を見合わせる亜香里たち。

 亜香里は(ビージェイ担当は何を聞きたいの?)と思っていると、優衣が精神感応で、亜香里の心の中に入って来た。

『亜香里さん、ビージェイ担当が『最後の質問』と言っていましたけど、『何か変わったこと』ってどう答えれば良いのでしょう? なんだか怪しい質問のような気がします』


『優衣、いきなり私の頭の中に入って来たから驚いたよ(優衣『ゴメンなさい』)、ウーン、何かに引っ掛けた質問なのかな? ちょっと外した答えを言ってみるよ』

 優衣のテレパシーが一旦終了した。


「ビージェイ担当、3カ所を回って感じたのは、それぞれの神社は近いのに、お腹が空きました」


「小林さんらしいですね、そうですか、他の方はいかがですか?」


「『世界の隙間』に入ると戻って来た時にやっぱり時間感覚が狂う事ですかね。だって数時間動き回っただけで、丸2日経ってしまったわけでしょう?」


「私は特に何もありませんでした」


「そうですか、何もないと言われた篠原さんも含めて、このあとでも結構ですから、体調も含めて何か変わったことがあればお知らせください。インタビューは以上です。藤沢さんと篠原さんは『組織』のツールとウエアを隣の部屋で返してください。着替えは部屋に用意しております。本日は、お休み中のところお疲れ様でした。良い休暇をお過ごしください」

 ディスプレイの映像と共にビージェイ担当は消えた。


「最後の質問は、結局何だったのでしょうか?」


「なんだろう? 『世界の隙間』にたくさん入ると、どうにかなるのかな?」


「気になるけど、分からないことはペンディングにして、お盆休みを取りましょう、と言っても5連休のはずがあと4日ですよ、詩織と優衣はどうするの?」


「入社した年のお盆休みはどうなるか分からなかったから、特に予定なしです」


「私は来月、家族と出かける予定なので、お盆休みは大人しくしています」


「そっかー2人とも予定なしかぁ、私もだけど… 3人で何処かに行く?」


「せっかくのお休みなのに寮にいても仕方がありませんから、私の家に来ませんか? 今からでも庭でバーベキューくらいは出来ると思いますよ」


「それは良いね、春先に優衣の家で、ご馳走になったお肉、美味しかったもの」


「久しぶりに、あの刀も見てみたいね」


「それでは決まりですね。忘れないように『組織』のツールと服を返してから行きましょう」


 3人は優衣の家に行った後、どうするかは決めかねていたため、自室に戻って数日外泊出来る用意をして、亜香里は車で、詩織と優衣は自分のバイクで優衣宅へ向かう。

 優衣の自宅に着くと辺りは薄暗くなっており、古い洋館の中庭には照明が点いていた。在宅中の優衣の父も交えてバーベキューをしながら、今回のミッションとその顛末の話をする。

 一通りミッションの説明が終わったあと、優衣の父からアドバイスがあった。

「代々『組織』に関わって来た篠原家の人間として、一つアドバイスさせて下さい。『世界の隙間』に関わる時には、くれぐれも用心して下さい」

 それまでは朗らかな表情だった優衣の父が、急に真剣な顔で話しをしたため、亜香里たち3人は背筋を伸ばして「「「はい」」」と答えるだけであった。

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