161 お盆休み前のミッション 2
詩織と優衣がエレベーターに乗ると、行き先表示の無いエレベーターは地下に降って行く。
停止して扉が開くと、その地下フロアはコンクリートの打ちっ放しで、2人をガイドするように、床に埋め込まれたLEDの点滅が行き先を示している。
「このLEDの光が流れる方向に歩いて行けば良いのね」
「本社ビルの地下駐車場と同じです」
2人がLEDの光に沿ってコンクリートで囲まれた通路を歩いていくと、その先にはシークラフト(仮称)が係留されているフローティングドックに辿り着いた。
ドックで初めて見るシークラフトの外見は、エアクラフトに似ている。
「こんな宇宙船の様な形で、海を航行できるのでしょうか?」
「『組織』のことだから、今の時代には無い技術を使っているのでしょう? 潜水が出来て、ホーバークラフトの様に陸地も走れると言ってたから。それよりもこの空間は、ドックの形をしているけれど出口が無いよ」
「シークラフトは潜水が出来るので、たぶんドックを潜って多摩川に出るのだと思います」
「そんな難しい操舵を、いきなりさせるのかなぁ? まあいいや、考えても仕方ないから、とりあえず乗り込みましょう」
詩織と優衣はドックに設置されているタラップを歩いてシークラフトに乗り込むと、ディスプレイに『ジャンプスーツに着替えて、シートベルトを着用して下さい』と表示される。
「やっぱりジャンプスーツに着替えるのね、ミッションだから仕方ないか。何処にあるの? いつものストレージですか? この辺もエアクラフトと同じ構造ね。亜香里が居たら、ディスプレイの表示を無視してギャレーの食料を漁りそう」
「亜香里さんだったら、やりそうですね」
入社してから、いつも一緒に居る2人には亜香里の挙動が読まれていた。
同じビル(寮)の1階で朝食を取っていた亜香里は、続けざまにくしゃみをして『昨日の夜、エアコンをつけっぱなしにして、夏風邪を引いたのかな?』と独り言を言っていた。
詩織と優衣は船内で着替えを済ませ、着席してシートベルトを締めた。
シートベルトを締めるとハッチが自動的に閉まりシークラフトはスタンバイ状態となる。
「船舶免許試験で乗った船には無かったスイッチが、沢山ありますけど」
「そうね、これだけスイッチがあると、どのスイッチを操作して良いやら」
詩織の疑問に答える様にディスプレイに操作盤が映し出され『発進ボタンを押してください』と表示され、1つのボタンが点滅する。
詩織が発進ボタンを押すとシークラフトは、ドックから水中に潜り始め、そのまま細い水路を抜けて多摩川に出てきた。
「意外なほど、あっけなく外に出ました」
「でもここからは操舵と推進のレバー操作が必要みたい。なるほど、ジョイスティックを使ってもいいのね。操作性は良さそう」
初めてシークラフトを操舵する詩織は、ゆっくりとした速度で丸子橋、多摩川大橋をくぐり第一京浜、太子橋を抜けて、左手に羽田空港を臨みながら東京湾に出てきた。
「今通って来たところは、昨日の試験で通ったところです」
「うん、今日もまた同じところを操舵するとは思わなかった。そういえば、参加できなかった亜香里がミッションのことを気にしてたから、メッセージを送っておいてくれる?」
「分かりました。タンカー事故のニュースはもう流れ始めていると思いますので『座礁した現場へ行く』って、メッセージを送っておきます」
シークラフトは東京湾内のあちらこちらを進んでいる大きな貨物船を避けながら南下し外海、太平洋まで出て来た。
「東京湾内は船が多かったですね」
「この船(シークラフト)は、小回りが効くから簡単だけど、大きな船だと行き違うのに神経を使いそう。船に自動回避システムとか付いていないのかな?」
「ビージェイ担当がこの船(シークラフト)には付いていると言っていましたけど、大型タンカーでも自動運行システムはまだ付いていないと思います。自動車と同じで、未だ開発中じゃないですか?」
「だよね、船にそんなシステムが付いていたら、今回のようにタンカーが座礁したりしないよね。さてと、外洋に出たから少し飛ばすよ」
詩織が『ガツン』とスロットルレバーを前に倒すと、シークラフトは海面を飛ぶようにスピードを上げて滑走し始めた。
「詩織さん、シークラフトもエアクラフト並みに、とんでもないスピードで海の上を進んでいます」
「『組織』の技術チームが作ったプロトタイプでしょう? シートベルトを着用しないと発進しない理由が分かりました。油断すると座席から落っこちそう。パワーボートよりも速いのかも知れない」
詩織はシークラフトで太平洋に出てから、野島崎灯台を確認して房総半島沿いに北上した。銚子沖で犬吠埼灯台を目印して回り込み鹿島灘に辿り着くと、目標にしているタンカーが目の前に現れた。
「広くオイルフェンスを張っていますね、どうやってタンカーに近づきますか?」
「どうやって近づこうか? 光学迷彩が効いていてもオイルを被ったら、この船(シークラフト)のある所だけ不自然にオイルが盛り上がるから、空からカメラで撮られたら目立つよね」
「シークラフトはホーバークラフトにもなると、ビージェイ担当が言ってましたから、海の上でその機能を使えばオイルが付かずに座礁したタンカーまで近づけるのではないですか?」
「なるほど、陸で使うんじゃなくて、海の上でね。優衣、冴えてる!(優衣「いえいえ、私は操舵していませんから考える時間があるだけです」)じゃあ、オイルフェンスの手前からホーバークラフトモードでオイルまみれの海の上を滑って行ってタンカーに近づいたら、私が優衣を連れて瞬間移動をして甲板に立つわけね。うん、それならうまく行きそう。シークラフトはどうやればホーバークラフトになるんだろう?」
詩織の質問をAIが聞き取ったかの様に、ディスプレイに操作方法が表示される。
「このボタンを押して浮上した後はジョイスティックで操作するの? なるほど」
詩織が黄色いボタンを押すとシークラフトは音も立てずに、海上から僅かに浮き上がった。
「これはいい感じ。ホーバークラフトは運転したことがないけど、こんな感じなのかな」
詩織が面白がってジョイスティックを前後左右に動かして、シークラフトの挙動を楽しんでいる。
「詩織さん、それは後からにしましょうよ。まずタンカーに近づきましょう」
「ゴメンゴメン、こんな感覚の乗り物の操作は初めてだったから、一瞬ミッションなのを忘れていました。それでは緊張感を持ってオイルフェンスを乗り越えて、オイルの海に突入します」
ホーバークラフトになったシークラフトは詩織の操縦で難なくオイルフェンスを乗り越え、オイルの海の上を静かにタンカーに近づいた。
「あとは瞬間移動で甲板に登るだけだけど、この船(シークラフト)はどうしよう? ちゃんとここに待っていてくれるのかな?」
「詩織さん、またディスプレイに何か表示されていますよ、この船(シークラフト)は、私たちの会話をずっと聞いているのでしょうか?」
「ビージェイ担当が『AIがどうとか』と言っていたよね。船に関することなら敏感に反応するんじゃないの。で? モニターには?『途中で乗員が退出したら帰着するまで待ちます』なるほどー、私たちが外に出たらそこで待っていてくれるのね、忠犬みたい。ハッチを開けるのは? シートベルトを外すと開くのね。優衣、準備はいい?(優衣『OKです』)ではタンカーに乗り込みます」
2人がシートベルトを外すとハッチ開閉のボタンが点滅し、ボタンを押すとハッチが開かれた。
詩織と優衣はパーソナルシールドの光学迷彩機能を稼働させ、詩織は優衣を両手でしっかりと掴み、タンカーに向けて瞬間移動した。
タンカーの甲板に透明人間状態の2人が降り立った。
「今回は大丈夫ね。ニュージーランド・トレーニングの時、掴んだはずの優衣がバギーカーの中に残っていたのに気がついた時には焦ったよ」
「あの時は亜香里さんも含めて3人だったから無理があったのではないでしょうか? でもそのせいで亜香里さんが必死になって飛翔を覚えたから結果は良かったと思いますよ」
「置いてきぼりにされた優衣からそう言ってもらえると気が楽になります。ここからは優衣の出番よ。優衣の精神感応は相手が見えていないと発揮できないから、船内に入る必要があるのよね? お互いに見えないから離れない様に手を繋いで歩こう」
「了解です、どこから探しますか?」
「普通はあそこ、船尾の方にある居住区のてっぺんが操作船室じゃない? 非常事態で船員があちこちに散らばっているかも知れないけど」
詩織が、船尾方向の上に立つガラス窓の多い船室を指差す。
「ここからだと結構距離がありますね。詩織さん、あそこまで瞬間移動してもらえますか?」
「了解。この距離なら余裕で」
詩織が優衣をしっかり掴んだまま、瞬間移動で、透明人間状態のまま操作船室に入ると、そこには船長らしき外国人が1人、船窓から外を眺めていた。
「(小さな声で)詩織さん、あのキャプテンらしき人に精神感応を使ってみます(詩織『了解』)」
優衣が意識を集中して、船室にいる外国人の頭の中に入って行った。
『ふんふん、なるほど、それは仕方ないですねぇ。え! 私ですか? 特殊な通信回路を使ってあなたとお話をしています。お話し頂いた状況を日本側に伝えます』
『オイルは? そうなんですか? それは困りましたね。分かりました、そのことも日本側に伝えておきます』
「(小さな声で)詩織さん、とりあえずミッション終了です、シークラフトに戻ってからお話しします(詩織『了解』)」
詩織は操作船室から優衣を連れて、瞬間移動で一旦、甲板まで降り、タンカー脇の海上にシークラフトが待機しているのを確認してから再度、瞬間移動でシークラフトの船内に戻って行った。
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