146 フォローアップ研修 指輪の旅 14
『ロスロリアン』の大木に設けられたベッドルームは快適で3人ともグッスリ睡眠が取れ、いつもは寝坊をする亜香里も鳥の声で目を覚ました。
(早起きは三文の得と言いますが、私は今日、何文得をするのでしょう?)
滅多に早起きをしない亜香里は、そんなどうでも良いことを考えながら着替えをし、クッキングマシーンのある部屋へ入って行く。
「アレ? 亜香里、早起きじゃない? 今、起こしに行こうと思っていたところ」
「私もたまには自分で起きます。2人とも朝食はこれから?」
「はい、今日の予定を話し合いながら朝食を取ろうって、詩織さんと話していたところです」
詩織はコーヒー、優衣は紅茶を飲んでいた。
「では、食事をしながら今日の予定を決めましょう!」
亜香里はクッキングマシーンの前に立つ。
「アレ? 『エルロンド』の朝食とメニューが同じね。『組織』も毎日献立を変えるのは面倒だったのかな? 詩織と優衣はどうする? 一緒で良いならオーダーするよ?(2人から『お任せします』の返事)」
返事を聞く前に、朝食には多すぎる量のメニューをタッチパネルで押していく。
クッキングマシーンから出て来る料理をテーブルに並べ、3人は食事をしながら今日の行動予定を相談する。
「昨日、寝る前に復習も兼ねて『指輪物語』の各章のタイトルに従って、フロドたちの旅程をザッと追ってみました。全部たどると、とても長くなりますが『組織』がそこまで手の込んだことをやるとは思えません。私たち3人のトレーニングですから」
「で、亜香里はどんな道筋を考えているの?」
「はい、『指輪物語』的には、ここ『ロスロリアン』から『ラウロス』という滝に行って旅の仲間が散り散りになり、フロドとサムは『エミン・ムイル』という荒れ地へ行き、そこでゴラムに会います。それから『死者の沼』を通って『モルドール - 黒門』に行きますが、見張りが居て門から入るのを諦めて回り道をします。参考までにフロドたちはそのあと、『オスギリアス』~『ミナス・モルグル』~『キリス・ウンゴル』~『ゴルゴロス』を通ってようやく『滅びの山』に入ります」
亜香里は昨晩、書き留めた書いたメモを読みながら詩織たちに説明する。その説明を聞く2人は『フーン』という表情。
「それで、私たちはどうするの?」
詩織は解説を全部聞いていると、出発できなくなると思い始めていた。
「(詩織の『イラッ』を感じて)『滅びの山』は、モルドールの北西にありますから、『エミン・ムイル』の荒れ地に入り『死者の沼』経由で『モンドール』を通って『滅びの山』を目指します、途中何も起こらなければ、電動バギーカーで今日中に着くと思います」
「最初にそれを聞きたかったよ。じゃあ、今日は優衣がバギーカーを運転してくれる?」
「了解です。昨日の詩織さんの運転を見ていてバギーカーの運転要領は、だいたい分かりましたから」
3人は食事を済ませ、リュックとクッキングマシーンが作ったランチボックス、それに3枚のパーソナルムーブを袋に入れて、電動バギーカーのあるガレージへ下って行く。
昨日と同じように、リュックや荷物をバギーカーの後部にシッカリとくくりつけ、バギーカーに乗車する。
電動バギー TERYX4(『組織』改)に乗り込む3人。 優衣が左の運転席に座り、助手席に詩織、後部座席に亜香里が座った。
「トレーニング3日目、『滅びの山』に向けて出発しまーす!」
優衣が出立の声をあげ、電動バギーカーのアクセルを踏み込み、3人は出発した。
優衣のオートバイライディングやマジックカーペットの操縦を知っている詩織と亜香里は同乗して最初のうち身構えたが、優衣のバギーカーの運転はバイクやマジックカーペットのそれとは違い、意外なほどにマイルドな運転である。
「なんで、そんなに穏やかな運転をするの?」
助手席の詩織が聞く。
「そうでしょうか? いつもと同じですけど」
シラッと答える優衣。
(詩織と亜香里「ナイナイ、バイクはともかく、あのマジックカーペットの操縦と、このバギーカーの運転は別人でしょう?)
2人は目配せをしながら、勘違いで終わったことにホッとしていた。
穏やかながらも徐々にスピードを上げ、優衣が運転するバギーカーは、順調に森や平原を通過し、お昼頃には荒れた土地に入ってきた。
「そろそろ『エミン・ムイル』の荒れ地だと思います。ゴラムは居ませんけど」
「ゴラムは出てきても良いけど、変なのが出てきたら面倒ね」
昨日、バギーカーが大破したのを思い出す詩織。
「なぜですかねー? 私たちが口にすると、それっぽいのが出て来るのは」
スピードが上げ、先の方を注視して運転する優衣が2人に知らせる。
「アレって、初日に出てきた奴じゃない?」
助手席の詩織も気がつく。
「詩織さんの思っているとおりだと思います」
「なになに? あの大きい奴? 初めて見るけど」
亜香里は後部座席から首だけ出して前を見る。
「そうか、初日に亜香里はアレに遭遇する前に別れちゃったから、お初だね。でも今日は数が多いよ、何頭いる?」
「7〜8頭、いますね」
「アッ! 分かった! トロルでしょう? あのトロルは、石のトロル? 山トロル? 洞窟トロル? 雪トロル? まさか、オログ=ハイ ではないよね?」
亜香里らしいコメントである。
「なんて言うトロルか知らないけど、一昨日襲ってきたのと同じ。すばしっこいけど、そんなに強くはないよ」
「でも、ブラスターは効きませんけど」
優衣が補足する。
「じゃあ、稲妻もダメ? だとすれば倒すのは面倒だなぁ」
「一昨日、遭遇したのは森の中で、こっちは電動オフロードバイクだったから逃げるのに苦労したけど、今日は土地が荒れていても平原だし、スピードが出るバギーカーだから何とか振り切れるんじゃない? ねえ優衣?」
「詩織さん、そんなにプレッシャーを掛けないで下さいよぉ。本気を出しちゃいますよ?」
「プレッシャーは掛けてないから。トロルは振り切って欲しいけど、本気は出さなくて良いから」
詩織が真顔になって優衣を説得する。
優衣がバギーカーの運転で本気を出したら、とんでもジャンプや車ごと回転しかねないと思う詩織である。
トロルが一斉に優衣が運転するバギーカーに群がってくる。優衣は前方から襲って来るトロルをギリギリのところで急ハンドルを切りながら右に避け、右から来るトロルは強引に左にハンドルを切り直して回避した。
正面から別のトロルが待ち受けており、優衣は右にスライドターンをしながら、土砂をトロルに吹き飛ばし逆方向に急加速する。
その向かいには2頭のトロルが迫りバギーカーを掴もうとするところを急ハンドルと加速で片輪走行になりながら、左のトロルの脇を抜けトロル同士がぶつかって転倒した。
外野から見ていると、カースタント顔負けの優衣のドライビングテクニックで、多くのトロルを後ろに従えて次の目的地を目指す形となった。
「トロルさんたちはまだ付いて来ていますか?」
ハンドルをしっかりと握り荒地を豪快に飛ばす優衣が、後部座席の亜香里に尋ねる。
「まだついて来てるよ、だいぶ距離は離れたけど。今の優衣の運転は凄いね、どこかのアクションクラブとかで習ったの?」
「習った訳ではありませんが、父の出張でアメリカ西海岸について行った時、現地で私がドライバーをすることになり、国際免許証は持って行きましたが地元の運転に慣れるためにドライビングスクールに通ったくらいですね。練習は結構ハードで場所はサーキットみたいなところだったので大変でした」
「優衣、そのスクールは何ていう名前なの?」
「シーマン・ドライビングスクールという、お魚さんみたいな名前で面白いな、と思ったので覚えています」
「優衣さぁ、そこって有名なカースタント養成所だよ。一般向けのスタントスクールもやってるけど、正式名は” The Rick Seaman Stunt Driving School ” だったと思うよ。一時期、従兄弟がそこに行きたがっていたから覚えているの。ワイルド・スピード主演のヴィン・ディーゼルも通ったところよ」
「そうなんですか? 通っている時は『日本より随分荒っぽい運転を教えるんだなぁ』と思いましたけどスクールが終わってから、実際に街に出てみると周りの車が避けるから不思議でした」
やはり篠原家は一般常識ではついて行けない家族だな、と改めて思う詩織だったが、気を取り直して今からどうするかを考えた。
「どうしよう? トロルマシーンは、ずっとついてきそうだけど」
「予定どおりのコースを走っていれば、そろそろ『死者の沼』に近いので、そこで決着をつけたいと思います」
急に亜香里が『キリッ』として答える。
「なるほど沼ね。じゃあ『死者の沼』まで、トロルに捕まらない様に飛ばしてくれる?」
「了解です。フルスピードを出しますから詩織さんも亜香里さんもしっかり車に掴まっていてください」
優衣は、カースタント養成所仕込みのフルスロットルで荒地を豪快に飛ばして行った。
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