145 フォローアップ研修 指輪の旅 13

 亜香里たち3人はパーソナルムーブで、深い森の中を順調に進んで行く。

 スマートスティックで舵を取っている亜香里は、左足首を骨折しているにも関わらず、スティックの操作性が良いのか、詩織や優衣よりスピードを上げている。

『亜香里ぃ! パーソナルムーブは原付バイクよりもスピードが出るから飛ばし過ぎると、痛い目に遭うよ!』

 詩織がインターカムで亜香里に叫ぶ。

『了解です。スターウォーズEP6のエンドアの森のシーンを思い出して、ちょっとスピードを出し過ぎていました。調子に乗ってストームトルーパーみたいに木にぶつからないように気をつけます』

 詩織が注意をしたあとは詩織が先頭になり、3人は周りに注意を配りながら森の中を進んで行く。

 日が暮れ始めた頃、目の前にビルの様な大木が現れてきた。

「オォ! あの大木が『ロスロリアン』の中心です。日が暮れる前に到着出来て良かった」

 今朝、出発前に観光ガイドの様に目的地を説明した亜香里であったが、本当に『ロスロリアン』があるのかどうかは、本人も半信半疑であった。

 3人は階段のある大木の前でパーソナルムーブを停止させ、上を見上げる。

 階段はかなり上の方まで続いており、下から見ると主な施設は、建物の高さで5階くらいのところにある。

「この木に設置されている施設は『組織』が作ったものですよね? 亜香里さん登れますか?」

「あそこに食事やベッドが準備されているはずです。せっかくここまで来たから、気合で登ります」

「亜香里、無理するなよ。キツかったら肩を貸すから」

「平気、平気! この位でへこたれていたら『滅びの山』の火口には、辿りつけません」

 勇者モードに入った亜香里はスマートクラッチを使って大木の周りに取り付けられた螺旋階段を登り始め、詩織と優衣はそれに続いた。

 張り切って階段を登り始めた亜香里だが、ビルの高さで4階付近まで来ると『この階段、段ごとに高さや幅がまちまちだし、木で作られていて滑りやすいから登りにくいよー』と弱音を吐き、施設がある高さまでの残り1階分は詩織に支えられながらの登りとなった。

「毎度毎度、お世話をおかけします。お陰様で今日の宿泊地に着きました。では早速、この施設の探索と行きますか?」

「亜香里さん、無理しなくて良いですよ。そこに木の腰掛けがありますから、しばらく休んでいてください。私と詩織さんで上の方に何があるのか確認してきますから」

 優衣が提案すると詩織も頷く。

「ほんと! じゃあ探索はお願いして良いかな? さっきから足首のところが、メッチャ痛かったんだ」

「さっきのパーソナルムーブで無理したんじゃない? スマートクラッチで舵を取り易かった分、結構強引に曲がったりしていたから。昨日、骨を折ったばかりだから、まあ無理するな」

 詩織は優衣と一緒に『ロスロリアン』の探索に出かけた。

 自分たちがいるフロアが一番広く、直ぐに『エルロンドの館』と同じクッキングマシーンと冷蔵庫が完備されている部屋を見つけ、隣には医療マシーンが備わっている医務室もあり、近くにはベッドルームがいくつかある。

「ここも匂いますねぇ、高崎さんの残像が目に浮かびます」

「優衣のその能力って、そんなにいつも幽霊みたいなのが見えるの? 気持ち悪くない?」

「いつも見えていたら、普通の生活が送れなくなりますよぉ。意識を集中した時だけです。今回は特に昨日『エルロンドの館』で高橋さんが見えましたから注意していたので、簡単に高橋さんの残像を捉えることができました」

「なるほど、便利な能力ね。探偵業が出来そうよ」

 2人は部屋を出て回廊を回ると、大木を登ってきた階段とは違う階段を見つけ、その階段の先は大木の後ろにある岩場に繋がっており、降りてみると、この森には似つかわしいガレージがあり、シャッターを開けると午前中に壊してしまったものと同じ電動バギーカーが格納されている。

「装備は昨日泊まった『エルロンドの館』とほとんど同じね」

「バギーカーがあって良かったです。ここって今回のトレーニングの中盤くらいなのでしょう? 残り半分が徒歩だと、ゴールにいつ辿り着くのか分かりませんから」

 『ロスロリアン』の中をあらかた調べ終えた詩織と優衣は、最初に階段を登ってきた所まで戻ると、木の腰掛けにいたはずの亜香里が居ない。

「休んでなさい! って言ったのに亜香里はどこに行ったの?」

「詩織さん、さっき私たちが降りた階段の奥にある岩場から手を振っていますよ、『こっちに来て』って言っているみたいです」

「亜香里は何を見つけたの? さっきあの辺に行った時には何もなかったよね?(優衣『ええ、ありませんでした』)とりあえず行ってみますか?」

 詩織と優衣は再び、階段を降りて行く。

 2人が、亜香里がおいでおいでをしながら立っているところに行ってみると、そこには小さな演台くらいの大きさの岩で出来た台がある。

「エルフの水鏡よ!」

「何なの? エルフの水鏡って?」

「エルフに伝わる、自分の過去や未来が見える水鏡です。さっき私が覗いてみたら、高校でチアリーディングをやっている映像が見えました」

「そうなの? 『組織』が私たちの昔の映像をどこかから集めてきて、映しているのではないの?」

「それだって良いじゃない? 気分転換になるし、詩織と優衣も覗いてみて」

 亜香里に促され、まず詩織が水鏡を覗いてみる。

 詩織が水鏡の上から覗き込むようにして水面を見てみると、透明度の高いきれいな海で泳いでいる自分の姿が映っている。

「高校時代の夏合宿でやった遠泳かな? それにしては海がきれいだけど… どこからこんな映像を見つけて来たんだろう?」

 次に優衣が水鏡を覗いてみると、暑そうなところで言葉の通じない浅黒い人と精神感応を使ってコミュニケーションをとっている。

「精神感応を使えるようになったのは最近ですから、これは未来の事なのでしょうか? どこかで外国の人と会うのかな?」

 亜香里がもう一度、水鏡を覗いてみると、そこには透明な海と白い砂浜が広がっており詩織や優衣も一緒に砂浜にいる。

「トレーニングが終わってから、みんなで伊豆あたりに遊びに行くのかなぁ?」

 水鏡に誘った本人にもその効果は分からず、亜香里の『お腹が空いてきた』コールで、詩織と優衣が見つけた、寮の多目的室と同じクッキングマシーンと冷蔵庫のある部屋へ3人は登って行った。

 部屋に入って開口一番、亜香里が宣う。

「これは昨日と全く同じ設備です、少しはどこか変えてくれても良いのに、えっとー、クッキングマシーンのメニューは? これも昨日と同じですが、ホーキーポーキーがあるから良しとしましょう」

 亜香里は昨日と同様に、タッチパネルのメニューを一通り押していく。

 詩織と優衣はその亜香里の行動には、慣れっこ(勝手にやらせておこう)になっており、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲んでいた。

 ほどなくして昨晩と同様にクッキングマシーンから調理された料理が続々と出てくるが、二日目になると手慣れたもので、3人はテーブルにサッサと並べて食べ始める。

 お腹が落ち着いてきたところで、詩織が口を開く。

「このまま行けば、明日中にはトレーニングが終了しそうだけど、こんな感じで良いのかな?」

「詩織たちが2台目のバギーカーを見つけてくれたから、順調に行けば明日で終了すると思います。日本からここに来るまでに掛かった時間は分からないけど、フォローアップ研修1週間の期日内には帰られると思います」

「今回トレーニングの効果は、ほどほどあったのかな?」

「そうですね、詩織さんは瞬間移動で私たち2人を一緒に移動させたり、念動力で萩原さんと加藤さんを川向こうから連れてきたり出来ましたから」

「今までジムで練習してきたことが使えて良かった。でも瞬間移動も念動力も続けて出来ないのが、今後の課題かな? 優衣だって加藤さんをビビらせるような『念』を送る精神感応が出来るようになったんじゃない?」

「でも、気絶しているところを起こしてあげたのに『悪魔になった篠原さんの雄叫び』って言われたときには、ムカつきました」

「2人とも良いなぁ、順調に能力がついて、私なんか新入社員教育のトレーニングの時から何も変わっていないよ」

「亜香里の雷、稲妻?は強力だからね。あんな能力を次々に身につけていったら人間離れしちゃうから、ボチボチで良いんじゃない?」

「そうですよ。昨日、左足首を骨折しても諦めずにトレーニングを続けているだけでも、凄いと思います」

「2人からそう言って貰えると少し安心。私って未だに稲妻を落とすことしか出来ないじゃない? 雷オヤジじゃないんだから(詩織「亜香里、それ突っ込んで欲しいところ?」)、もう少し他の能力が出て来ないのかな?って、チョット気になっていたから」

「亜香里の次の能力かぁ… 私や優衣の例からすると今持っている能力に近いものだと思うけど、稲妻に近いものって何だろう… ピカチュウ?」

「ポケモンですかぁ? かわいいけど、自分がなるのはイヤかな。呼び出されるまでモンスターボールの中にずっといるのは、息苦しそうじゃない? まあ、考えても仕方がないから、明日は居眠りしないように早く寝ましょう」

 亜香里がテーブルの上を片付け始めたので、詩織と優衣も一緒に片付け、3人はそれぞれのベッドルームへ入り早めの就寝となった。

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