106 慰労を兼ねた合宿3

 三人は、江島氏が待つ部屋へ戻り、目配せをして桜井由貴が話をする。

「失礼しました。江島さんが説明された未来の技術に対する『組織』の考え方は理解しましたし、それがミッション遂行のために必要であることも納得しております」

「そうですか、それでは本題に入ります。今年、新人の能力社補として『組織』に加入した、小林亜香里、藤沢詩織、篠原優衣の3人ですが、能力が発現してからのトレーニングでの動き、トレーニング以外での特殊な現象に遭遇する状況を観察すると、今まで『組織』が見出してきた能力者補とはかなり異なった特徴を示しています。世話人のみなさんも、薄々感づいているとは思います。特に『世界の隙間』に対する感度は高く『組織』が彼女たち3人に能力を発現させたことによって、今までの能力者にはない特異な能力を獲得しているのではないかと考えています」

「それで三人一緒に何処かの『世界の隙間』へ行かせれば、それが触媒となって新しい『世界の隙間』を切り開くことができる、と考えているのですね? でも、どうやって『任意』の『世界の隙間』を切り開くのですか?」(そこが重要じゃない?)という表情で香取早苗が聞いてみる。

「ここまで分かっている、みなさんだから正直に言いますが『組織』もその具体的な方法は未だ分かりません」

「「「 エェーッ!! 」」」

「やり方も分からないのに、新人3人を『世界の隙間』に放り込むつもりなのですか? それに彼女たち3人が一緒だと本当に訳の分からない『世界の隙間』に行っちゃうかも知れないのに! 自分たちで戻れないところに行ってしまうと、誰も助けに行けませんよ!」本居里穂がキレかかっている。

「仰ることはよく分かりますが、今まで『組織』の中で『世界の隙間』の入口を作った能力者は一人もいません。彼女たちを除いて。三人が作ったと思われる『世界の隙間』である渋谷、オアフ島、上海に出来た入口は、その後、改めて別の能力者が調査に行きましたが、どこにも入口は無く痕跡も残っていませんでした。その原因と仕組みについて『組織』で解析してみましたが、三箇所しかない事例からでは、その仕組みを解明することは難しく『さらに実績を積み上げた上での検証が必要』というのが、本件に関する『組織』の見解です」

「今の説明を簡単に言えば、『まだよく分からないから、もうちょっとやらせてみてから考えよう』ということですよね? それをやらされる当人たちが遭遇するかもしれないリスクは置いておいて」(『組織』ってそんなにいい加減なの?)と言わんばかりの気持ちを込めて香取早苗が淡々と意見を言う。

「香取さんがそう言われるのは、分かりますが『組織』もそこまでいい加減ではありません、今回の案件は『組織』にとって新しいことへの挑戦ですから万全の体制を整えて、通常のミッションの扱いではなく一つのプロジェクトとして、これからの行動計画を策定します。プロジェクトはPMBOK(Project Management Body of Knowledge)に準拠した計画を策定中で、そのためのPMO(Project Management Office)を『組織』内に立ち上げて準備中です。もう少し準備に時間が欲しいところです。新人能力者補の3人には今回のプロジェクトについての説明を行い、納得してもらった上でミッションに臨んでいただく予定です。彼女たちに限らずこのミッションに参加する全員、ここにおられるみなさんにも同じように対応します」

 里穂たち3人は、顔を見合わせて『そこまで対応してくれるのなら良いか?』となり、里穂が答える。

「今までの説明で、本件については『組織』が今までのミッションとは違う意識と体制で取り組んでいることは良く分かりました。それでは準備が整ったところで改めて説明をお願いします」

「理解頂きありがとうございます」江島氏がお辞儀をしながら礼を言う。

「あっ! 思い出した」桜井由貴が急に声をあげ、みんなが驚く。

「急に大声を出してすみません。実は能力者補3人の初ミッションが終わったので、今週末、慰労を兼ねて一泊旅行をする計画を立てていて、6人で行く予定なのですが、小林亜香里さんから『『世界の隙間』の文明開花時代に行ってみたい』という、頭の痛くなるリクエストがきて、どうしようかと悩んでいます。先ほど説明いただいた、これからの『組織』のプロジェクトを考えると『『世界の隙間』は危ないところだから、行楽気分で行くところじゃない』と注意するのは彼女たちにマイナスのイメージを与えて、今後の展開に支障が出そうです。でも『世界の隙間』に行くことがリスクを伴うのは事実なので、どうしたものかと困っています」

 由貴から思いがけない相談を受け、しばし沈黙する江島氏。しばらく考えてから話しを始めた。

「実は『組織』から、どうでも良いようなメモが定期的に入ってくるのですが、その中に今、桜井さんがお話ししたことも入っていたのを思い出しました。メモを読んだときは『自分から『世界の隙間』に、行きたいなんて思う能力者はいないだろう』と思って読み捨てておいたのですが、もしかすると小林さんたちからすれば『世界の隙間』に行く事は、普通に旅行をする程度にしか感じていないのかもしれません。いま思いついたのですが『組織』がバックアップすることを前提に『世界の隙間』一泊慰労旅行をやってみませんか? 安全を考慮して、日本の『組織』が熟知している横浜が入口になっている『世界の隙間』へ行くのはどうでしょう?」

「確かに横浜の『世界の隙間』だったら大丈夫ですが、現実の旅行先としては笑えるくらい近すぎますよね? 小林さんたちに『泊まりで行くところですか?』とか言われそうです」

 早苗が『エアクラフトだったら5分も掛からないよね?』と同期の2人に聞きながら話をする。

「仰るとおり、横浜は東京の通勤圏内ですから近すぎるというのはあります。では関東近辺であと『世界の隙間』がある箱根や外房が候補に上がりますが、ここはひとまずどうでしょう、行先は私に任せてもらえませんか? 『組織』の上の方に本件を上げ、プロジェクトを始める前のトレーニングと位置付けてミッションではありませんが、ミッション並みの装備と準備をして一泊慰労旅行を実施するというのは?」

 由貴たち3人は、再び顔を寄せ合い『それだと少しは安全だよね』ということになり返答する。

「江島さんの提案でお願いします。ただそうなりますと週末だけで時間が足りるのか? という新たな心配が発生します」

「『組織』が積極的に関与すれば、日本同友会の仕事となりますので心配には及びません。長く見て1週間程度になると思います。みなさんの会社の仕事への影響は分かりませんが」

 江島氏が言った『会社の仕事への影響』と言う言葉を聞いた途端、里穂と早苗がガックリと肩を落とした。

(5月は連休明けに長いミッションがあったから仕事が溜まっているのよね。ほかの人にやってもらうにしても限度があるし。うーん、困った)そんな思いが早苗の頭を巡った。

 里穂や早苗の表情を見て、江島氏は補足説明をする。

「今回『組織』がプロジェクトに求める最終的な成果物は地球の存続です。大げさに言っているわけではありません。みなさんの仕事が大切なのは分かりますが、人類が生存する環境としての地球が無くなってしまっては、会社も仕事もなくなります。みなさんが心配する目の前の仕事については『組織』が会社に、みなさんが不利にならない様に取り計らいますので、安心して下さい」

「お気遣いいただき、ありがとうございます」早苗のお礼に里穂もそれに合わせて、お辞儀した。

 打ち合わせが終わり、3人が本社ビルを出ると午後9時を過ぎていた。

 『どこかに寄ろうか?』との声も出たが『昨日行ったばかりなので今日は帰ろう』ということとなり、湿度が高く生暖かい風が吹く中、暗くなった道を3人は駅へ向かって歩いていた。

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