070 初出社2日目 1

「ウゥーッ、 背中痛ーぃ。 アレ? ここはどこ?」

 亜香里が目を覚ますと、そこは病院の診察室の様な部屋である。薄ら寒いと思ったら下着一枚で毛布を被って横になっていた。

「目が覚めましたか? よく寝ていたから、と言うか、起こしても起きなかったから、そのまま寝かせておいたの。夜中に目が覚めて一人だったら不安になると思って一緒に居たのだけど、その必要はなかったみたい。もう6時だからシャワーを浴びて、朝食に行きましょう。検査結果は異常無しでした。全身健康優良児そのものです」本居里穂はソファーから立ち上がり、大きく伸びをする。

「思い出しました! 昨日の夜、変なUFOに捕まっていた私を本居先輩が助けてくれて、ここまで運んで検査に付き添ってくれたのですよね? ずっとここに居てくれたのですか? すみません」

 本居里穂の言うことを聞きながら、亜香里が昨日からのことを思い出す。

「気にしなくて良いよ。『組織』にいたら、こういうこともたまにあるから」

 本居里穂に促され、亜香里は一晩過ごした医務室から自分の部屋へ戻り、シャワーを浴びながら、昨夜のことを思い出してみた。

「あのUFOは何だったのだろう? 本居先輩は残業で会社に居たはずだけど、どうやってエアクラフトに乗ってきたの? ジャンプスーツを着てたし、そう言えば今朝は、普通のゆったりとした服に着替えていたよね?」いろいろ考えても、結局分からないことだらけで『組織』のことだから仕方ないのかな、と亜香里は考えることをやめてシャワールームを出て出勤の準備を始める。

 朝寝坊が規定値の亜香里にしては珍しく早起きになってしまったので、余裕を持って1階の食堂へ行くことが出来、そこで本居里穂が朝食を取っており、同席させてもらうことにした。

「本当に昨日はありがとうございました。助けて頂いた上に、今朝まで一緒に居てもらって」

「いいのよ、そんなに恐縮しなくても『組織』だから。それより会社の仕事の話だけど、今日も昨日と同様に例の件でバタバタだと思うから、小林さんにあまり構って上げられないと思うの。忘れないうちに『組織』に関わる会話のルールを説明しておきます。この寮では会社の仕事の内容を話してはダメです。配属されている部署によってはお互いに知ってはならない情報がありますから。その代わり『組織』の話はOKです。ここには能力者しか居ませんから。会社では『組織』の話は緊急時に能力者同士がヒソヒソ話をするくらいなら仕方がないけど、それ以外で話してはダメよ。会社のパソコンの社内メールで『組織』の連絡をするのもダメ。会社のシステム管理者が能力者ではありませんから。何人かはいますけどね。能力者同士の連絡は支給されているスマートフォンの『組織』専用アプリで連絡を取って下さい」

「初めて聞きました。そう言う大事な話を何故『組織』は最初に教えてくれないのですか?」

「『組織』は、会社のようにカッチリしていませんからね。どちらかというとなるべく、カッチリしない様に運営している感じ? 聞いたかも知れないけど、私たち能力者が偏った一つの方向に向かったりしないようにいつも注意しているようです。『いろいろな考えを持つ人たちが必要なときに集まる』みたいなものを理想にしているようだから」

「分かりました。ところで、昨日のUFOは何だったのですか? あのとき会社で残業をしていた本居先輩は、どうやって現場に直ぐ来られたのですか?」

「配属早々、あんなことがあったら驚くし疑問だらけよね? 小林さんは新入社員研修期間中も同じような目にあっているから、そうでもないのかな? 昨日のUFOは最近、世界のあちらこちらに出没していて『組織』で調査中とのことです。私がどうやって現場に来たかというと『会社から直行しました』で良いかな? 説明すると長くなるから、また今度ね。少し早いけど今から出勤するから」

「承知しました。いろいろ教えて頂きたいので、お時間のある時にお願いします」

 亜香里が言い終わると、本居里穂は急いで食堂を出て行った。

「職場が昨日みたいに忙しくて、それに加えて『組織』の呼び出しもあるから、大変そうだわ」独り言を言う亜香里。昨日、本居里穂を呼び出したのは亜香里本人なのだが。

 詩織が食堂に入って来た。

「おはよう、昨日はあれからプールに来なかったから、自宅で寝落ちしたのかと思ったよ」

「それどころじゃなかったの。車で寮に戻る途中の川沿いの道で、また変なのに絡まれて『組織』のスマートフォンを使って、初めて [ 緊急連絡 ] アプリを使いました」

「知らなかった。こっちには連絡が来なかったけど、それでどうなったの?」

「本居先輩が飛んできて、竜巻(トルネード)を使って助けてくれました」

「本居先輩は空を飛べるの? それに竜巻? 最強じゃない?」

「来るときは『組織』のエアクラフトに乗って猛スピードでやって来たよ。竜巻(トルネード)は器用に出していたけどね。私も稲妻(ライトニング)をあれくらいコントロール出来るようにならないと… 練習しよう」

「うちら、能力者補だから、まだまだこれからじゃない」

「そだねー、じゃあ、お先に」

 未だ亜香里には与えられた仕事は無く、急いで会社に行く必要もないのだが、先輩の姿に感化されたのか、早めに寮を出ることにする。

 今日は真っ当に歩道を歩いての出勤である。

(朝、公園の中をダッシュするのは止めよう)と、いつ破るのか分からない決意をしながら歩いていると、パリッとしたスカートスーツを着て日経新聞を脇に挟み、亜香里の前を歩く会社員がいる。

(寮の先輩かな? やっぱり、ああ言うのを目指さないと)亜香里が朝のロールモデルにした人物は、まだ会っていない詩織の直属上司、香取早苗であった。

 亜香里は香取早苗の本当のところを、まもなく知ることになるのだが。

 時間にゆとりを持って出勤すると精神的な余裕もでき、部署のメールボックスに郵便物を取りに行き、宛先社員の机の上に配ったりしてみる。

 新入社員が郵便物を配布する係ではないのだが(これで顔と名前を覚えられるし、どういう郵便物が来るのか分かるから一石二鳥!)と出社2日目の朝は、仕事に前向きな亜香里であった。


「あーっ、やっぱり眠たい、ずっと座って資料を読み続けて、眠さに耐えるのは大変だよ。昨日の晩は診察台みたいなところで一泊したし」

 今日のお昼も亜香里、詩織、優衣の3人は社食の同じ場所に集まっている。

 お昼を食べながら(周りには分からないように)亜香里は昨晩の出来事を2人に話したあと、一息つくと急速に眠気を催(もよお)す。

「亜香里の職場は、昨日と同じ感じ? 職場のバタバタはいつ収まるの?」

「いつ頃、収まるんでしょうね? 本居先輩はいつ迄とは言ってなかったなぁ、お役所次第?」

「いちおう許認可業務だから、お役所の言うことは絶対なのよね、仕方ないけど。私の方は、ぼちぼち外回り、というか外への挨拶回りで、午後は香取先輩と近くの法人顧客のところへ行くの」

「いいなぁー、今日はお天気も良いし、絶好の外出日(び)よりね。損害保険の法人顧客って、契約金額とか大きいのでしょ?」

「未だ良く分からないけど、亜香里のとこの生命保険に比べたら一件あたりの金額は全然違うと思うよ。基本掛け捨てで何かあったときの支払金額も大きいから会社も再保険をかけるから。でも契約金額だけだったら生命保険の一時払い外貨建保険とかは富裕層が投資信託代わりに入るから、一件あたりの金額も大きいんじゃないの? 今朝の日経で見たけど、今度『外貨建保険販売資格』が出来て、試験が始まるみたいよ」

「また試験ですか? 先週、3つ取ったばかりなのに、また受けるのはヤダなー。再保険と言えば、騙されて見学できなかったロイズよね、そうだ! 今度、ビージェイ担当に会ったとき、ロイズ見学が空手形になっているから見に行けるように頼んでみよう」

「亜香里さん、昨日の夜、ビージェイ担当と連絡を取ったのではないですか? [ 緊急連絡 ] で」

「優衣は何でそれ知ってるの? そうか『組織』の通知メッセージね。たしかに昨日、スマートフォンでビージェイ担当と話したけど、チョットだけだし、助けを求めていたから、そこまで頭が回らなかったよ。それで思い出した! [ 緊急連絡 ] アプリはタコだよ。『緊急』のはずなのにアプリを立ち上げたら『該当する項目を選べ』とかあって、その応答だけで何分もかかるし、あれは『緊急』ではありませんよ」

「そうなのですね。確かスマートフォンの『組織』アプリに、リクエストや要望コーナーがありましたから、リクエストしてみれば良いのではありませんか?」

「そんなのがあるんだ、知らなかった。あとで確認してみよう。優衣は人事部でどうなの? 社員情報の全て掌握して、悪事の限りを尽くせそうですか?」

「そのフレーズって、研修センターに入って最初の頃、大凡(おおよそ)の配属先を知らされたときに、亜香里さんが決まり文句のように言っていましたよね。あの時、加藤さんが亜香里さんの言葉に釣られて『人事部だから、いろいろ教えてもらおう』と調子に乗っていたのを覚えてます。そう言えばトレーニングで同じチームだった男子2人を見かけませんね」

「食堂(ここ)でも見ないね。理系の人たちだから、専門の研修に行っているとか?」

「たぶん、それです。うちの会社って社員研修に熱心ですから。男子2人は総合職だけど専門職みたいなところもあるので、私たちより研修は多いと思います」

「そうなんだー、ゴールデンウィークに研修の缶詰にされたから、しばらく研修は良いかな? 今みたいに放って置かれるのもキツいけど」

「亜香里も今に『時間が足りないー』って言い始めるよ。生保って結構大変そうだから」

「脅かさないでよ。じゃあ、異動願いを出して詩織のところに行きます」

「イヤイヤ、損保も大変みたい。そんなに楽な仕事はないよ」

「そっかー、じゃあ取りあえず、今日の午後も寝ないように頑張ります」

 頑張りどころが、普通の新入社員とは異なる亜香里である。

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