065 寮の特別プログラム スコットランド2

 優衣の言った通りスタファ島は思っていたよりも小さく、フィンガルの洞窟に近い海岸まで徒歩で1km足らずの距離であった。

「そんなに重くないとはいえ、折り畳み式ボートを担いで何処まで歩かされるのかなと思っていましたよ」英人の言葉に、同じ様にボートを担いできた悠人がうなずく。

「海岸と言っても岩だらけですね。ここに降りてくるまで石段があったので降りやすかったですが、日本のように手摺りは無いし、石段は濡れているところもあって一瞬、ヤバかったです。このボート何キロくらいあるんだろう? 20キロは無いみたいだけど」

 悠人は少し疲れたのか(こう言う時は男子が運ぶって、誰が決めたんだろう? 今日のメンバーだと、藤沢さんでも運べそうじゃない? 言えないけど)少しは、労(ねぎら)って欲しいという表情をしている。

「2人ともお疲れ様でした。早速、組み立てますか?」

 悠人と英人への労いは亜香里の一言で終わり、次の作業を暗に指示している。

 折り畳み式ボートの組み立ては思っていたより簡単で、座板を広げてセットするだけで、ほぼボートの形になった。

 サイドフロート、オールを取り付けて完成。

「定員2~3人と書いてますから、僕と英人が別れて、僕の方に藤沢さん、英人の方に小林さんと篠原さんが乗る形で良いですか?」

「それで構いませんが、それって、恐竜の島に行ったときと同じ組み合わせですよね? 他意はありませんけど」

 そう言う優衣の言葉に反応して、詩織はチラッと優衣を見る。優衣は手のひらをブンブン振って(そんな深い意味はありませんよー)否定する。

 男子2人が『冷たい、冷たい』と言いながら裸足になって、海岸からそれぞれのボートを押し出して、乗りこむ。

 悠人の方のボートは悠人が乗りこむと、詩織がしっかりとオールを持って漕ぎ始めていた。

「ちょうど良いトレーニングです。寮のジムにはローイングマシンがありませんでしたから」

 英人がボートに乗りこんで漕ごうとしたら、既に亜香里が漕ぎ始めていた。

「背筋力強化も兼ねて漕ぎます」

 とのことであった。

 その日の海は穏やかで、十五分ほどで洞窟の入口まで近づいた。

「大きな洞窟ですね。壁が全部六角柱の集まりでできているのは、なんで何だろう?」

 英人がこの島のことを知っていそうな優衣に聞いてみる。

「随分前に調べて、その時は納得しましたが忘れました。確か古代の頃に地層がどうのこうの、だったと思います」

「なるほど、帰ってから調べてみます」

 二艘のボートが洞窟の入口ギリギリまで近づくと、潮の流れのせいか洞窟の中に流れ込むような水流となっていた。

 別のボートから詩織が聞いてくる。

「優衣、流れが洞窟の中に向かっているけど、入ったら出て来られないとか、無いよね?」

「ええ、ここは有名な観光地で、地元の小さな船が観光客を乗せている動画を見たことがありますから、大丈夫だと思います」

 英人たち3人が乗ったボートが先になり、洞窟内に入っていく。

 潮の流れでオールを漕がなくても洞窟の中を進んで行った。

「ああ、キレイ。これは有名なはずね。六角の柱が沢山ならんで大聖堂みたい」

 亜香里は観光客モード。

「神話の世界のようで素敵だけど、これを見て終わりで良いの?」

 ここまで物事がスムーズに進んで来たため、詩織は先のことが気になり始めていた。

「だと良いのですが、この船はどこまで行くのでしょう?」

 悠人がそう言っている間もボートの速度は上がり続けた。

 ボートは流れに乗って洞窟の中まで入って行き、周りは真っ暗になり先が見えない。

 5人は、あわててライトを付けてみる。

「先の方から光が見えてきますよ。篠原さん、この洞窟って島の反対側に抜けているのですか?」

「随分前にネットで見ただけなので記憶があやふやですが、洞窟の画像は少し入っただけで行き止まりだったと思います。動画もあったと思いますが、こんなに中にまで入って行かなかったと思います」

 英人と優衣がやり取りをしているうちに、二艘のボートは洞窟の反対側に出てしまった。

 洞窟を出て、まず視界に入ったのは砂州のように拡がった砂浜である。


「また、変なとこに出てきてしまいました。スコットランド地方の海岸で、砂州や砂浜とか聞いたことがありませんし、あったとしてもそばに岩で出来た崖があったりしますよね?」

 悠人が首を傾(かし)げながら呟(つぶや)いている間に、ボートが砂地に接地したので、とりあえず降りてみることにした。

 英人たちのボートも同様に砂地に着き、5人とも船を降りてみることになった。

「何だか、さっきまでいた島とは空気が違うね。空も明るいし」

「藤沢さん、何か聞こえてきませんか?」

 英人が耳を澄ます。

「『ワーワー』と叫んでいるような大勢の声が聞こえてきます。戦い? なんかチョット、イヤな予感?」

「詩織も? 私にも聞こえる! 今出てきた洞窟まで戻って、様子を見ない?」

 亜香里の提案で5人は、浅瀬に着いたボートを洞窟近くまで引っ張って行き、ボートに乗り込み、洞窟を入って直ぐの岩場にボートをつけて、外の様子をうかがった。

 すると重そうな鉄兜(てつかぶと)を被り鎧(よろい)を着て、盾と剣を持った戦士姿の人たちが、盾と剣で戦いながら大勢出てくる。

「これって、この島のお祭りか何かですかね?」

「加藤さん、私たちが着陸したスタファ島って無人島ですから、お祭りはありませんよ」

「そうか! 優衣の今の説明で分かった!『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』ではなくて、『長い洞窟を抜けたら、そこはローマ人とケルト人の戦場だった』じゃない? これはライトセーバーで戦うしかないのかなぁ? いざとなれば稲妻(ライトニング)があるから何とかなるね?」

「そんなに戦い急ぐことはないじゃないですか? 『組織』といえどもトレーニングのために、スコットランドの辺鄙(へんぴ)なところに、こんなにたくさんのエキストラを配置するとは思えませんが?」

「じゃあ、萩原さんは、この状況を何だと考えているのですか?」

「小林さんたちが篠原さんの家で遭遇したという『重なり合った世界の隙間』でしたっけ? ビージェイ担当が僕たちに話してくれた内容と同じではないかと思います。 前回と違うのは、今回は『組織』がトレーニングの場として『隙間』に私たちを放り込んだのではないのですか?」

「萩原さんが言いたいのは、フィンガルの洞窟が『組織』公認の『世界の隙間』って事ですか? 能力者補に成り立ての私たちを放り込んでも安全なくらいの?」

「ヘリコプターの中で、高橋さんと篠原の会話を聞いていて、今回のトレーニングは洞窟がらみだなとは思っていました。洞窟に入ったら何かあるのかなと。そこまでは思った通りだったのですが、洞窟を抜けた世界で何をしたら良いのか分からないし『世界の隙間』だったら、『組織』は迎えに来られなくて、僕たちが自力で何とか抜け出さなければならないのですよね? ここに来る時、急だった潮の流れに逆らって漕いで戻るのは難しそうですし、どうしたものかと」

「たぶん萩原さんの言う通りだと思います。では状況を打開するために私たちも、いつの時代の西洋人か分かりませんが、彼らの戦いに参戦しますか?」

「小林さん、それはいくらなんでも勇(いさま)し過ぎませんか?」

「いや、上手くやれば、この人たちを使って洞窟から元の場所に戻れるかも知れませんよ? ローマ時代だったらライトセーバーと亜香里の稲妻(ライトニング)を使えば、驚いて私たちの言うことを聞いてくれるのではないのかな? 戦士を使って洞窟内の潮流をせき止めて、ボートを漕ぎやすくするとか」

「藤沢さん、そのアイデアで行きましょう、小林さんが神のように奉(たてまつ)られて、帰してもらえなくなるかも知れませんが」

「一人でここに残るのはヤダ! 帰してくれなかったら、そこに稲妻(ライトニング)を落とします」

 洞窟から少し離れた外では、戦いが続いており、戦士たちは、重そうな洋剣と盾で打ち合っている。

 亜香里たちは、洞窟からの出て行き方や戦いの治め方を話し合い、おおよその筋を決めた。

「では、行きます!」

 亜香里の合図で再びボートを流れに乗せ、中洲にボートを乗り着け、5人はボートから飛び降りて、ライトセーバーを起動させる。

 今まで戦っていた戦士たちが、戦いの手を止めて亜香里たちの方を見ている。見たこともない人種、服装、光る剣を持った5人が、見たこともない船に乗って来れば当然ではある。

「驚いているみたい。こっちに寄ってくるのが1人か2人だったら、私が相手をしてライトセーバーの威力を見せつけられるのだけど、一度に多人数で来られたら面倒だから、亜香里、作戦通りにやってくれる?」

「最初からそのつもりでいました。軽く落としてみます」

 亜香里は自分たちと古代戦士たちとの中間地点に、一筋の稲妻(ライトニング)を落とした。驚いて、後ずさる戦士たち。

「亜香里さん、ずいぶん上手くなりましたね。ちょっと待ってください。戦士たちが何か言ってますよ『あれは神なのか? 悪魔なのか?』って」

「優衣、何で分かるの? 遠くて声は聞こえないし、言葉もわからないでしょう?」

「最近、私にとっての非言語対象の相手とは、人間・動物に関係なく意思疎通が図れるというか、相手の思っていることが分かるのです」

「能力(チカラ)によるテレパシーのようなもの? 随分前に『猿の惑星』でそんなこと言ってましたね、馬の考えていることが分かるとか。試しにこちらの考えを送ってみませんか? 『敵でありません。自分たちのところに戻るのを手伝って欲しい』って」

 悠人に言われ、神経を集中させる優衣。戦士たちが顔を見合わせている。

 戦いは亜香里が稲妻(ライトニング)を落としてから止まったままである。

「戸惑っているみたいです。亜香里さんが言っているローマ人側は疑っています。特に大将みたいな人がブツブツ言ってます『あいつらは悪魔』だとか、ケルト人側は私たちが助けてくれると思っているみたいです」

「大将って、あの大きな兜と盾を持っている人?(優衣「そうです」)だったら少し脅かしてみるよ。優衣、私が行ってから直ぐにメッセージをよろしくね『従わなければ、次は首だ!』と」詩織は亜香里たちの前から姿を消し、次の瞬間には優衣が大将と呼んでいた戦士の前に現れ、ライトセーバーで剣と盾、兜を一気に斬り下ろした。

 剣と盾は半分に折れ、兜は縦にパッカリと割れ、驚く大将の鎧を今度は横に薙(な)ぎ払い、大将は肌着だけになり、部下たちは固まったまま詩織を見ていた。

 優衣が大声で叫ぶ。

「詩織さん! 言うことを聞くって言っていますよ」

 詩織が大将の方を見ると、怯えた目で従順の態度を示し、部下の戦士たちも同じ格好をしている。

 亜香里たちが詩織いるところまで歩いて来た。

「藤沢さん、今のはタトゥーインの宇宙港で見せた瞬間移動(テレポーテーション)ですか?」

「うん、あのあとずっと、みんなと寮で缶詰研修だったけど、合間を見て練習していました。目に見える範囲だったら移動できます。移動した分、体力は使いますけどね」

「戦士たちが私たちに『どうすれば良いのか?』って聞いてきていますよ」

「じゃあ、洞窟から流れてくる水流を岩でせき止めてくれるように言ってくれる?」

 優衣が目を閉じて、口元で何やらムニャムニャ言っている。

「言ってみましたが『やるけど、岩を砕いたり運んだりするのに時間がかかる』と言っています」

「世話の焼ける戦士たちね」亜香里はそう言いながら、中州の近くにある直径数メートルある大きな岩に、次々と稲妻を落として砕いていく。

 戦士たちが水をせき止めるための土砂はすぐに集まったが、亜香里の稲妻(ライトニング)に戦士たちはますます恐れをなしている。

「戦士さんたちが怯えているので『亜香里さんは神なので心配はいらない』と言っておきました」優衣の精神感応(テレパシー)が十分すぎるくらい通じたのか、亜香里を拝む戦士まで現れ始めた。

「亜香里は戦士たちに神殿を作ってもらって、ここに残るしかないんじゃない?」

「詩織ぃ! 現実味のある冗談は止めて! 私もみんなと一緒に帰ります!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る