064 寮の特別プログラム スコットランド1
亜香里たちを乗せたビジネスジェットを模した『組織』の高々度飛行物体は、何事もなくエディンバラ空港へ到着した。
空港の様子は日本の主要地方都市空港と同じような規模と雰囲気である。日本時間の夜10時に到着したため、イギリスでは未だお昼過ぎの時間。
出入国審査は羽田空港と異なり一般のゲートを使用する。とは言っても自動化ゲート(eGate)なのでパスポートを機械にかざし、何もなければ通過するだけである。髙橋氏を先頭に、みんな『スーッ』と問題なく通過したが、なぜか優衣だけが係員から呼び止められた。しばらく係員とのやりとりがあったあと、優衣がようやくゲートから出て来る。
「優衣、どうしたの? 危ないものとか持って来ていたの?」
「亜香里さんには、言いたくありません」優衣は微妙な表情を浮かべている。
「あっ! 分かった」と言いながら、ニヤニヤする詩織。
「詩織、なに? なに? 意地の悪いエルフが教えてくれないから、教えてよ」
「分かりました。言いたくありませんが、自分で言います。パスポートの生年月日と私の外見が一致していない、22才ではないんじゃないかと。 あと出入国が多くて、変な overseas business をやっているんじゃないかと聞かれました」
「プッ! やっぱり、私の見立ては正しかったね。スコットランド国際空港認定の幼女です」亜香里が吹き出す。
「だから、言いたくなかったんですよ! 日本の自動車免許証やスマートフォンでバイクに乗っている画像を見せたら納得してくれましたけど」
「優衣は学生の時、そんなにたくさん海外旅行をしていたの?」優衣のプライベート、特に篠原家に詩織は疑問を持っていた。
「大学3〜4年の頃、よく父の仕事について行ったりしたものですから。そう言う意味では仕事をしていたのかな? でもお給料を貰っていないから、やっぱり仕事じゃないですよね?」優衣んちは普通とはちょっと違うんだ、と改めて思う詩織である。
建物の外に出ると黒いワンボックスカーが停車しており、高橋氏が手を上げて挨拶し、助手席に乗り込む。亜香里たちは後ろの席へ乗りこみ、車は発車した。
「お昼だけど眠いね、時差があるから仕方ないけど。思ったんだけど、今からトレーニングをして途中睡眠取って、明日の夕方までトレーニングしていたら、初出社にギリギリ間に合うかどうかじゃないの?」詩織が、気がついたことを口にする。
「僕もそう思いました。これからどこに連れて行かれるのか分かりませんが、明日の夕方6時にここを発(た)って、3時間で日本に着いたとしても時差が9時間あるから、羽田空港到着が初出社の日の朝6時です。大丈夫かなぁ? みんなスーツとか持って来ていませんよね?」心配顔の悠人である。
「イギリスに来るのに出勤用のスーツとか持ってきませんよ。間に合わなくなったら『組織』が何とかしてくれるんじゃない? 寮から本社までヘリコプターを飛ばしてくれるとか」
『さすがにそれはないでしょう』と思う、亜香里以外の4人であった。
車が走り始めてから5分ほどで停車する。まだ空港から離れていない空地にヘリコプターが留まっている。
高橋氏は車を降り、5人も降りて髙橋氏の後を追う。高橋氏はヘリコプターのパイロットに挨拶しながら乗り込み、5人もそれに続いた。ヘリコプターは直ぐに離陸する。
「高橋さん、どこへ行くのですか?」
窓から眼下に見える景色がきれいなので、亜香里がつい旅行気分で聞いてしまう。
「島に行きます。そう言うと小林さんがワクワクするかも知れませんが、スケリッグ・マイケル島ではありません」
「亜香里、その何とかマイケル島って何なの?」
「高橋さんも良くご存じで。スケリッグ・マイケル島は STAR WARS ep7-9 で、ルークスカイウォーカーが籠もっていた島のロケ地です、結局3編とも本人は一度もあの島から出てこなかったという島。よほど気に入ってたのかなぁ? 実際の島には映画に出てきた石を積み上げたドーム状の小屋が実物としてあります。世界遺産だから映画の撮影でも勝手にいじれないですしね。諸説ありますが7世紀ごろキリスト教修道院が作られて修道士が修行してたそうです」
亜香里がスターウォーズの蘊蓄(うんちく)を話し始めたら止まらない。一息ついて肝心なことを思い出す。
「少ししゃべり過ぎましたが、結局どこの島へ行くのですか?」
「スタファ島、フィンガルの洞窟、これだけ言えばトレーニングプログラムも見えてくると思いますが」
「島の名前は知りませんが、フィンガルの洞窟は知っています。メンデルスゾーンの有名な曲ですよね?」
「篠原さんはクラッシックを聴くのですね。その通り、その洞窟がある無人島で、今から1日ちょっと過ごしてもらいます」高橋氏が話していると、窓から島が見えてくる。日本には無い変形したテーブルが海からせり上がったような形の島。ヘリコプターが下降し、島の中央部分に地面から数十センチのところでホバリングする。
「ここは、ナショナルトラストが管理していて、ボートでの上陸が基本です。安易に着陸できないので、直ぐに降りて下さい」
高橋氏に急かされて、荷物を持って急いで降りる亜香里たち。
降り終わると高橋氏はヘリコプターに乗ったまま別れを告げる。
「それでは明日の夕方5時に迎えに来ます。それまでトレーニングを頑張って下さい」言い終わるとハッチが閉まり、ヘリコプターは急上昇した。
風に思いっきりあおられる、亜香里たち。
「行っちゃいましたね、私たちどうすれば良いのでしょう?」優衣がポカンとした表情で聞く。
「それは私も聞きたいよ、高橋さんは今回、私たちを指導してくれるんじゃなかったっけ?」
「たしか、小林さんにそんなことを言っていましたよね。僕も聞いた記憶があります」
「行っちゃったのは仕方ないから、とりあえずこの島がどうなっているのか調べないと。夜は寒そうだし」詩織が周りを見渡すと少し離れたところに、オレンジ色の大きな箱がある。
「まずは備品の回収でしょう? あそこにある大きな箱は、今までのトレーニングのパターンからして『組織』が準備したものに間違いありません」
詩織の提案に従い、オレンジ色の箱があるところまで歩いて行く5人。
箱は一辺が2メートルほどある正方形のスチール製コンテナで『JSFA』と書かれている。
「JSFAって何なの?」亜香里がハテナ顔で聞くが、他の4人も同じ表情である。
取りあえず開けてみようということになり、コンテナのバーをスライドさせ扉を開けてみた。中には更にパッケージされた備品、食料が入っている。
悠人が中に入っているドキュメントを見つけた。
「このコンテナの収納品一覧の英語のドキュメントがあります。水、食料品、テント、折り畳み式ボート、他にもいろいろありますが、何故かライトセーバーもあります。アッ! そういうことかぁ。JSFAの意味が分かりました『Japan Same Friend Association』と書いてあります。研修センター最後のトレーニングのあとで、ビージェイ担当が説明していた『組織』の外向きの名称『日本同友会』の英語名称です。何だか機械翻訳のような英訳ですけど」
5人はコンテナの中にあるものを全部外に出して中身を確認し、とりあえず必要と思われる、水や携行食、ライト等以外は全部コンテナへ戻した。
「今回のトレーニングプログラムは、どういったものなのでしょう? 現実にある、何の仕掛けも無さそうな小さな無人島に降ろされて、数日過ごせそうな最低限必要なものはコンテナで配達済み。今までのトレーニングと違って自分の洋服を着ていて、自分のスマートフォンも持ってるし、会社支給のスマートフォン、スマートウォッチも持っています。電波が来ていないこの島では使えなそうですが。パスポートを持って通常の出入国審査も受けました。普通と違うことと言えば『組織』の特殊な飛行機?で、羽田空港〜エディンバラ空港間を3時間で来たことくらいです」
「悠人が現状を全部言っちゃったけど、世の中的には、東京〜エディンバラを3時間で飛んだことがありえない事実で、これは社外秘です。会社ではありませんが」
英人が『企業ではありませんが』の変形バージョンを披露するが、誰も食いついてこない。
「さて、これからどうしましょう?」
「今、ちょっとググってみたら、このスタファ島は面積が3キロ平米くらいしかないので、取りあえず歩いて島を回ってみませんか? フィンガルの洞窟も見てみたいですし」
「優衣、私のスマートフォンは電波が届かないんだけど」
「私も」
「僕もです」
「僕もダメです」
「あっ、すみません。これ衛星回線とのデュアルSIMのスマートフォンなんです。衛星回線なのでスピードは遅いのですが、テキストだけのwikiとかだったら使えます」
「そういうものをバッグに一杯詰め込んでるから、優衣はいつも大荷物なのね。今回は助かりそうだけど」(衛星回線が使えるスマートフォンとか普通、持ち歩かないでしょう?)やっぱり優衣の回りはおかしい、と思う詩織だった。
「ちょっと見せてもらえますか? ふーん、THURAYA X5 スラーヤって読むのかな? SIM1が衛星で、SIM2がLTEですか、ありがとうございます、お返しします。ここでは『組織』のスマートフォンも使えませんから、篠原さんのスマートフォンは何かあったとき役に立ちそうです。さっき篠原さんが説明した通り、この島は小さそうですから、島をぐるっと回ってみましょう」
英人がみんなに同意を求めると、優衣が「いいですか?」と提案モード。
「ヘリコプターで高橋さんが、この島に着く前にヒントをくれましたよね『スタファ島、フィンガルの洞窟』って。島には着いたのですが、洞窟には未だ行っていないので、まずそこを目指しませんか? ただ陸からそのまま洞窟に入るのは難しいみたいで、ボートでしか入れないようなところなので、崖を海岸まで下りてそこからボートで漕いで行きませんか? コンテナの中に折り畳み式ボートがあったのは、そのためだと思うのですが」
「優衣、冴えてるねぇ。私がどこの島に行くの? って聞いたとき、高橋さんは確かにそう言っていたよね。ではコンテナから折り畳み式ボートを出して、それを担いで洞窟近くの海岸を目指しますか?」
5人はもう一度コンテナを開け、折り畳み式ボートとそれを担げそうなザック、薄手のライフジャケットも人数分、頭に装着するヘッドライトと、詩織の提案でライトセーバーも取り出して準備した。
「この季節のスコットランドの日没時間は分からないけど、暗くなったら危ないから急ぎましょう」
「詩織さん、この辺は緯度が高いから12月は16時前に日没ですが、もう5月に入ってますから日没は20時過ぎだと思います」
「そっかー、それなら大丈夫ね。さすがイミグレーションで『変な商売やってるんじゃないか』と疑われるくらい、あっちこっちに行ってるだけのことはあるね」
「詩織さん! それ、褒(ほ)めてるのですか? 貶(けな)してるのですか? まあ良いですけど」
5人はフィンガルの洞窟を目指して、島の平たい大地を歩き始めた。
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