052 研修最後のトレーニング1

 亜香里たちは、優衣の荷物運びを手伝ったため午後1時を5分ほど過ぎて、トレーニングA棟のホールに到着した。

 悠人と英人はソファーに座って、コーヒーを飲んでいる。

「このホールも見納めかな?」

「なんで亜香里は『今日で全部終わりモード』なの? 今回のトレーニングが終われば、またここに戻ってくるし、午前中の川島講師の口ぶりだと配属後の研修もここで行われるみたいじゃない?」

「配属されてから、仕事の合間にここまで来るのは大変でしょう」

「小林さん、研修中は会社に行かなくて良いし、仕事もしなくて良いから、それはそれで良いのではないですか?」

「加藤さんのそんな楽観的なところは私と似ているけど、トレーニングに入ったら時間の経過が普通とは違うじゃないですか? 職場に『2日間研修に行ってきまーす』と言っておいて、トレーニングが終わって帰ってきてから『1週間経っていました』とか言ったら仕事が溜まるし、上司に怒られそうです」

「亜香里さんらしくないですね。能力レベルが高い亜香里さんなら『組織』が上手くやってくれますよ」

「人事部の優衣さんがそう仰るのなら、その言葉を信じます」

「配属は未だなので人事部の事は言わないで下さいよぉ。結構、気にしているんですから」

 定刻を10分ほど過ぎると3Dホログラムがホールの上方に浮かび上がってきた。今日もビージェイ担当だった。(『結局、指導者の高橋さんは来なかったじゃない?』と不満タラタラの亜香里たち)


「みなさんこんにちは、ビージェイです。これから実施するトレーニングが新入社員研修期間中、最後のトレーニングとなります。職場に配属後も適宜、能力者補としてのトレーニングが行われますが、全員がまとまってトレーニングを受けるのは今回が最後です。みなさんを指導する高橋氏はトレーニングエリアとなっている現地で合流する予定です。トレーニングエリアでは高橋氏の指示に従ってください」

(5人とも『現地で合流? 現地ってどこだよ!』と、心の声)

「なおトレーニング終了後は、能力者補として今後の活動について諸事項を説明しますので、ここへお集まり下さい。では、いつもの通り更衣室に入り準備をしてからトレーニングを始めてください」


 質問、意見の時間を設けず、いつもの通り3Dホログラムが消えていった。

 5人は更衣室に入って行く。

 女子更衣室で、亜香里がハテナ顔で聞く。

「高橋さんと合流すると言っても、どこで合流するの? 私たちが到着するところで待っていてくれるのかな?」

「亜香里さぁ、知ってて言っていると思うけど『組織』はトレーニングエリアでは、そんなに甘くなかったじゃない? 基本は『自分で考えろ』でしょう? 今回も現地に到着してから、うちらが探すことになると思うよ。考えても仕方ないから着替えてカプセルに乗ろう。 …って、今回の着替えは何? 白い着物のような布と帯みたいなものは? それと灰色っぽい布のズボン? 茶色いマントにブーツ? いつものリュックの代わりに布の袋?」詩織が最初の頃から嫌っている黒のジャンプスーツでないのが意外だが、ロッカーに入っている着替えは『トレーニングにふさわしいの?』と思わず言いたくなるような服である。

「オォーッ! いつかは来ると思っていましたが、最後のトレーニングに持って来ましたか。この服はジェダイ・ローブです。どこの星に行くのかな? 楽しみだなー。袋の中は? ライトセーバーとブラスター・ピストル! 皮製のユーティリティ・ベルトもある! ロッカーに入っていたと言うことは私専用? 今まで頑張ってきた私たちへのプレゼントかな?」

「亜香里さん、もしかして今回のトレーニングはスター・ウォーズの何処か?なのですか?」

「これだけ見たら分かるじゃない? 衣装からして旧三部作か ep1-3 のどこかだと思う。チューイに会えるのかなぁ?」亜香里の頭の中はスター・ウォーズの世界体験、順番待ちモードで一杯になっていた。

「トレーニングだから、さっさと着替えて行こうよ。これって、こんな着方で良いの? ズボンとブーツを履いて、着物みたいな上着を羽織って帯を回せば良いのね?」

「大体それで良いけど、この時代のジェダイの服装は自由だから、適当で良いよ」亜香里はそう言いながら、ピッチリと着こなす。

「 ep1-2 のオビワン・ケノビ風にまとめてみました」

「ハイハイ、分かったから、早く行きましょう」

 更衣室を出て、いつもの廊下に出る3人。

 優衣はジェダイ・ローブを結構気に入ったようだ。

「生地をゆったり使っていて優雅で良いですね」

 いつものカプセルに乗り込むと、男子2人は既に着座済みであった。

「男子もジャンプスーツより、格好いいじゃないですか?」亜香里が褒めると英人が言う。

「機能性は高かったのですが、あのジャンプスーツに格好良いも悪いもないじゃないですか? あの服を着て街中を歩いたら怪しい人ですよ。職務質問ものです。この服も街中だとチョットあれですが、ハローウィンに5人でこの格好をして渋谷を歩くのなら違和感はないし、カメラに撮られまくりですよ」

「そうね、渋谷の街に『ジェダイナイト参上』ってTVに出そう」

 ハッチが閉まり、カプセルが上昇を始める。

「それでは、みなさんおやすみなさい」ビージェイ担当が空調をセットする前に、お休み宣言をする亜香里。


「やはり小林亜香里は、大物能力者になるんですかね?」

 ビージェイ担当は機内をモニターしながら、5人が乗ったカプセルをエアカーゴで西の方へ運ぶ手続きを完了させていた。


 5人が乗っているカプセルの中で大きなブザーが鳴り、ハッチが開いた。熟睡状態から起こされる5人。

 亜香里がまっ先に座席のベルトを外し、ハッチの外に顔を出す。

「おお! この砂地はタトゥーインかな?」

「前回と同じように、この地に水や食料は無さそうですね。装備してから出発しましょう」悠人の発言に促されカプセルの中の備品を確認する5人。

 食料と水はギャレーにあるが武器は見当たらない。

「『配布済みのライトセーバーとブラスターで充分』って事ね。まあ良いけど」

「詩織さん、ブラスター用のパワーパックがありましたよ」

「優衣、ありがとう、貰っておきます」

 カプセルの外壁から電動オフロードバイクを引き出す。今回も5人分用意されている。

「タトゥーインなら、やっぱりスピーダーが必要よね。さすがに『組織』でもそれは無理なのかな? 反重力エンジンなんてSFの世界だものね」

「亜香里さん、それは分かりませんよ。ブラスターに似たものはDARPAが大きな据付型を企業に開発させているのを雑誌で読んだことがありますが、ライトセーバーは映画の世界でしか見たことがないのに、トレーニングでは私たちが普通に使ってますから。スピーダーも『組織』だったら反重力装置を極秘に開発しているのかも知れません」

「そっかー、じゃあ、ミッションの時に期待ですね。ランドスピーダーリムジン仕様とかあったら、目的地まで寝ていけるじゃない?」まだ能力者補のトレーニングを始めたばかりなのに、気分はジェダイ・エグゼクティブの亜香里。

 そういう職位があるのかどうかも不明だが。

「ところで、ここからどこを目指せば良いのでしょう? STAR WARS の世界に含蓄がんちくの深いマスター亜香里さん、お導きください」

 英人は笑いを噛み殺しながら亜香里に質問し、詩織も横で小さく「プッ」と吹き出す。当の亜香里は真面目な顔で蘊蓄ウンチクを語り始めた。

「砂漠の惑星タトゥーインの設定だと思います。この世界が ep4 だと大変だけどデススター壊せば終了。ep1 のアナキンを考えるとポッドレース? 何がゴールなんだろう? ep7 のレイが登場する惑星ジャクーも砂漠だし、ep9 のエンディングはタトゥーインで二重太陽を見るレイだから… とりあえずタトゥーインの設定で行きましょう! 目指すはモス・アイズリー宇宙港です」

「その宇宙港へ行って、どうするのですか?」

「ハン・ソロを探すのかな? でももうおじいちゃんだからね、活躍してくれるのかな? チューイは寿命が長いから大丈夫だと思うけど」トレーニングと映画の中身が、亜香里の頭の中でぐちゃぐちゃになっている。

「分かりました、とりあえず宇宙港を目指しましょう」英人はこれ以上、亜香里に何を聞いても先に進まないと思い始めていた。

「バイクのGPS使えば、何か見つかるかも知れません。出発しましょう」詩織の号令でスタートする5人。

 目指す方角は適当であった。

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