022 研修4日目 代行トレーニング3

 山道から別れた小道を進んで行くと敷地入口の門は開いたままで、亜香里たちが乗るパトカーと救急車は洋館の玄関前まで乗り入れて車を停めた。


 5人は車を降り、詩織は亜香里に向かって問いただす。

「それっぽいところには着いたけど、これからどうするの? 亜香里の考えていることは何となく分かるけどさ」


「詩織さん、お察しの通り、一度来てみたかった聖地です! それと、ここに来れば何とかなるかな? と思いついたもので…」


「「 小林さんらしい! 」」

 亜香里のことが、だいぶ分かってきた悠人と英人である。


「とりあえず、洋館に入ってみようよ!」

 亜香里は言うよりも早く、M16を肩に下げ、玄関から足を踏み入れていた。

 同じ装備をしている詩織と優衣もあとに続く。

 遅ればせながら悠人と英人もあとに続いた。丸腰で。


「オーッ! ゲームと同じ玄関ホールよ。正面玄関からカーペットが続いていて、そのまま2階に上がる感じ。両脇に階段もあるし、いつ見ても良い感じ」

 『組織』のトレーニング中とか、ゾンビが出て来そうとかを、亜香里は全く気にしていないようだ。


「ハイハイ、満足しましたか? ここまで来て記念撮影をして帰るつもり?」

 詩織はここまで車を飛ばして満足し、冷静になっていた。


「『組織』のトレーニングはスマートフォンを持って来られないのが残念です。トレーニング中は、お宝映像・画像になりそうなものが満載なのに… 今度、防水カメラを持ってこようかな? RX0くらい小さければ大丈夫よね。1型センサーだから極端に大きく伸ばさなければ展示会に出して即入賞よ。でも作品のタイトルが難しいかな『ゾンビの襲撃』とか、誰も信用しないだろうし」

 亜香里は『組織』の機密がどれだけ厳しいのか、まだ理解していないようだ。


「思い出したけど、ここで終わりにするためには、アレと戦うしかないと思いますが…」

 英人はゲームのエンディングをようやく思い出した。


「加藤さん、やはりそうなりますか? あまり戦いたくない相手だし、戦うとなると研究所の方でしょう? あそこの構造はけっこう面倒くさそうで…」


「でも研究所の屋上にヘリポートがありますよね? ゲームのどのリリースだか映画だか、覚えていなくて記憶がゴッチャになっていますけど」


「そうだ! 忘れていました。そんな感じがする! 中庭を抜けて研究所に行けるはず。ゲームだと噴水がどうのこうのでアイテムを取るのが面倒だけど、今日はその辺をパスしても大丈夫よね」


「亜香里、チョット待って! 研究所へ行くと何かと戦わなければならないわけ?」

 詩織が待ったを掛ける。


「ゴメンゴメン。加藤さんと話したことを、みなさんに簡単に解説します。ここでのエンディングを迎えるためには敵を倒す必要があります。それから脱出用のヘリを呼ぶヘリポートは研究所の屋上にあります」


「亜香里さん、その倒さなくちゃいけない敵って何ですか?」

 優衣の涙目が復活する。


 悠人が(アッ!)という顔をする。

「もしかして、タイラントとか?」


「萩原さん正解です。賞品は出ませんが。タイラントとか?ではなくてタイラントです」


「亜香里さぁ、どうやって倒すの? 強いんでしょう?」

 武術を嗜む詩織としては敵の強さを知っておきたいところ。


「幸いなことに私が持ってきたロケットランチャーがあります。M16で動きを鈍らせてから、ロケットランチャーを何発かぶち込めば、なんとかなると思います」


「分かった。出来るだけ装備をして研究所に行ってみよう」

 詩織は戦闘モードを発動した。


 パトカーに戻り、積んである武器を5人で装備することにした。

 悠人と英人はM16の使い方を3人から教わり装備をする。


 亜香里はロケットランチャーと小銃、優衣はM16と手榴弾、詩織はM16と剣。

「何で、詩織は剣とか持ってきたの?」

「武士の魂です[キリッ] 日本刀じゃないけど、警察署で見つけたの」


「みんな装備が出来たから、研究所へ出発!」

 昔のゲームの記憶が若干ある亜香里と英人が先頭になって中庭を抜けて研究所に行くハシゴを降りて行く。

「なんで研究所に行くのに毎回ハシゴなのかなぁ? 不便ですよね?」


「小林さん、そこはゲームですから」

 英人がなだめる。

 研究所入口から中に入り、通路を歩いて行くと部屋やフロアーを入るごとに電子ロックがある。

 ゲームだとアイテムをゲットして解錠しなければならないが、そんな暇は無い。

「ちょっと下がって!」

 詩織がM16で鍵を次々と壊して行く。


「この研究所はこうやって見ると少し安っぽいのね。今時の大学の研究室の方が見た感じ凄いよ」

 亜香里は工学部のバイオ系の研究室に遊びに行った時のことを思い出した。

 本来は遊びに行くようなところではないのだが、亜香里だから…


 ゾンビやゾンビ犬が出てくることもなく電源室にたどり着き、エレベーターを作動させる。

「さて、いよいよです。みんな準備はイイですか?」

 亜香里はみんながエレベーターに乗り込むのを確認してRFボタンを押すと、エレベーターはゆっくりと上昇し、屋上へ着いて扉が開く。


 5人は周りに用心しながらエレベーターを出てみた。

「アレ? タイラントがいないんだけど…」

 亜香里が言い終わる前に視界の上から、巨大な肉の塊が降ってきた。


 タイラントはエレベーター装置の上にいたらしい。

 5人はタイラントと正対する形となり、4人は一斉にM16で弾を撃ち続ける。

「少し時間を稼いで! ロケットランチャーをセットするから」

 亜香里は、弾の安全ピンを抜いてランチャーの筒にセットする。


 その間もタイラントはM16の弾を浴びながら、5人に近づいてくる。

「OK! タイラント! 逝ってまえぇ!」

 ようやく準備ができ、亜香里がロケットランチャーを発射する。

 初めてのロケットランチャーであったが運の強さか、たまたまなのかタイラントの右胸に命中して爆発した。

 タイラントは、後ろに吹き飛ばされて動かなくなっていた。

「タイラントの心臓が右胸にあったのを思い出したの」

 チョット得意げな亜香里。右胸にロケットランチャーが当たったのは偶然である。


 他の4人は緊張しながら慣れない弾を撃ち続けたせいか、M16を床に置いて座り込んだ。

 初めてのトレーニングで亜香里も疲れは隠せず屋上に座り込み、5人はしばらくボーッとしていた。


「あとは無線でヘリコプターを呼び出せば良いはずだけど、無線機はどこにあるの?」

 亜香里はタイラントを倒したあと、お任せモード。


「研修センターの更衣室からずっと担いでいるリュックの中に、何か入っていた様な気がする。えっとー、このカードみたいなもの?」

 詩織はしっかりとリュックの中身をチェック済みである。

「これが一番わからないね。ヘルメット、ゴーグルは使ったし、あとマスクっぽい何かと、ファーストエイドキット? かな」

 悠人も中身は確認済みだった。


「気がついたんですけど、エレベーターの扉の横にカードスロットがあります。試しに私のカードを入れてみますね」

 エレベーターの近くに座っていた優衣が、自分のカードを差し込んでみる。

 エレベーター扉の脇にある、それまで何も表示されていなかった液晶パネルに文字が浮かび上がってきた。

『最初のトレーニング終了です、お疲れさま。ヘリコプターが到着するまで、しばらくお待ちください』


「おぉ! シナリオ通り、ヘリコプターで帰還できるよ!」

 亜香里は思った通りに事が運び大喜び。

 5人とも安心して、そのまま屋上でヘリコプターを待ち続けた。

 屋上に流れる風は暑くもなく寒くもなく、西の空では日が沈み始め、横になってうたた寝を始めるメンバーもいる。


 どれくらい待ったのか、5人は時計もスマートフォンも持っていないので時間は分からないが、周りはすっかり夜の景色。

 遠くからヘリコプターの音が聞こえてきて、ライトで下を照らしながらヘリコプターが研究所に近づき、タンデムローターの大型の機体がそのまま屋上のヘリポートへ到着し羽根の回転が止まる。

「ずいぶん寝たような気がする。お腹も空いたし早く帰りましょう」

 亜香里はスクッと立ち上がりヘリコプターへ向かい、他の4人もあとに続いた。


 搭乗口が開き5人がヘリコプターに乗り込むと、中には乗組員がいない。

「どういうこと? 誰もいないじゃない?」

 亜香里が疑問の声を投げかける。

「搭乗口の脇にモニターがあります『全員乗り込んだらこのボタンを押すこと』と書いています。押しますよ」

 タッチパネルになっているモニターのボタンを優衣が押すと搭乗口が閉まり、ローターが動き始めヘリコプターは離陸を始めた。


「ヘリの完全自動操縦はまだ認められていないはずだけど、ヘリのオートパイロットの研究や実験は、割と行われているみたいだから『組織』的には『アリ』なんだろうね」

 悠人が英人に話をする。

「飛行機より技術的には難しいとは思うけど、変な地形を飛ばなければ危なくはないと思うよ」

 英人が安全性を語る。


「でも、なんで窓がないのかなぁー」

 詩織の言う通り外が見える見る窓は一つもない。安全上のためなのか、『組織』の都合なのか…

 ヘリコプターの中に時計はなく時間が分からない。

 機内でまた寝落ちする5人、初めてのトレーニングで疲れが出たようだ。

 ヘリコプターが発進してからどれくらい時間が経ったのか分からないが、ヘリコプターが着陸する振動で5人は目を覚まし、ローターが止まり搭乗口が開くと外は暗く周りには街灯が見える。


 亜香里がまっ先に外へ出てみる。

「オーッ! 戻って来ました!」


「『組織』がトレーニングA棟と呼ぶ建物の屋上ね。こんなところにヘリコプターが停まって大丈夫なの?」

 詩織は古い建物の強度を心配する。


「帰って来られたから、いいじゃない」

 亜香里は全く気にしていない。

『組織』から何の指示もないので前日、ターミネーターをやっつけた時に上った屋上階段から下へ降りて行くことにした。

 2階に降りると通路の奥にドアがある。

 ドアを開けると灯りのついたカーペット敷きの部屋に椅子とテーブルがあり、ペットボトルの水が用意されていた。

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