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気が付くと時刻はとうに二十時を越えていた。そろそろ帰り支度をしなければいけない。巡回の先生が見回りに来てもおかしくはない時間だ。


「そろそろ出よっか」


 そう言うと、奏は自分の席に戻り、鞄を肩にかけ、帰り支度を済ませた。


「そうだね、移動すると丁度良いくらいかもね。」


 奈月も乱暴に教科書類を鞄に入れて、奏の後に続いた。教室を出ると、見回りに来たであろう先生がいた。さようなら、と会釈して玄関へ向かう。

 玄関の電気は既に落とされており、真っ暗であった。屋外灯の光で全くものが見えないと言うことはないが、何だか不気味に感じてしまう。下駄箱から靴を取り出して、二人で並んで外に出た。


「と言うか、待ち合わせした意味なかったね。」


 何となく、そんな言葉が奈月の口から溢れた。

「確かに。でも、ウチらっぽくてよくない?」


 隣を見るとそう言って満足そうな笑顔を奏は浮かべていた。屋外灯の光がより一層彼女の笑顔を美しく彩っているように感じた。そんな綺麗な表情につられて、奈月も顔が綻んだ。


「それにしても日が暮れたってのに、暑いよね、湿気が有るのもそうだけど、ちょっと汗ばんできた。」


「もう夏だしね、あっという間だよね、本当。ついこの間三年生に上がったばかりのハズなんだけど。」


「やっぱり奈月もそう思うよね。」


「気が付いたら私たちもあっという間にオバサンか。」


「そう言う話はやめようよ、気が滅入っちゃう。想像しちゃったじゃん。」


 奏はちょっと疲れたような表情を見せた。奈月はそんな彼女も可愛らしいなと思った。


「お、そろそろ見えてきたね!」


 顔を正面に向けると見星ケ丘とかかれた看板が見えた。右を指す矢印の形をしたそれは、錆びていて、随分と長い間そこに有ったことを感じさせる。


「さぁ、もう一頑張りだよ」


 そう言うと、なだらかでは有るものの、そこそこの距離がある坂道だと言うのに、奏は駆け出した。元来、カッコいい人がいると言ってはその部活のマネージャーとして入部して、お目当てと破局すると退部するのを繰り返した彼女にこの道を走りきれる体力はない。

 それがわかっているからこそ、奈月は無理に止めもしないし、無理に着いていこうともしなかった。


「後でしんどくなっても知らないからね?」


 念のため声をかけておいたが、聞こえているのかどうなのか。少し先の方で早く早くと言って急かしてくる。


「別に幽霊は逃げないだろうに、むしろホントに出たら逃げるのは私たちじゃない?」


「そうじゃない、他の奴らに先を越されたら悔しいでしょ!だから、急いでー!」


 なるほど、そんな心配があったとは盲点だった。仕方ないなと呟いて、奈月も軽く駆け出した。

 坂道を行くのだから当然顔は上がる。その瞳に映るのは美しく輝く星空と、大切な友人。都会ではないし、時折不便さも感じるが、やっぱり奈月は生まれ育ったこの街が大好きだと思った。この瞳に映っているものは、いつまでも変わらないでいてほしいと思う。

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