義妹へ会いに行こう! その8

「そうそう、すっかり忘れていたわ! 私ったら、フェリクスにプレゼントを持ってきていたのよ!」


 ムルシア家の者たちがフェリクスとの対面を堪能している中、急に思い出したようにリタが言う。それにオスカルが怪訝な顔を返した。


「なにを言っているのだ。贈り物ならば先ほど引き渡したではないか」


「はい。それは存じておりますが、実を申しますとそれ以外にも個人的に持ってきていたのです。大切な甥、フェリクスに差し上げようと思いまして。――ミュリエル、悪いけれど例のアレ・・・・を出してもらえるかしら?」


「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 リタの言葉を合図にして、専属メイドのミュリエルがなにやらゴソゴソと袋の中へ手を入れる。それから例のアレ・・・・とやらを取り出して手渡した。


「はい、リタ様。どうぞ」


「ありがとう。――さぁ、フェリクス。これが私から贈り物ですわ。かたわらに置いてくださいましね」


 うやうやしくも慇懃いんぎんにリタがそれ・・を甥の枕元に置く。すると周囲の者たちが様々な反応を返した。

 ある者は驚きを、そしてある者は胡乱な表情を顔に浮かべる。


 それは「ぬいぐるみ」だった。

 大きさはフェリクスと同じくらい。全体的なフォルムは、どうやら「うさぎ」をモチーフにしているらしい。

 とは言え、それは観察者の好意的解釈によるものでしかなく、果たして本当にそうなのかは大きく疑問が残るところだ。

 なぜなら、頭と思しき部分には二本の長い耳以外にも不揃いな髪らしきものが生えているし、不格好な手足には禍々しい紋様が縫い込まれていたのだから。

 

 恐らくリタの手作りなのだろう。

 というよりも、これほどまでに突き抜けたセンスの持ち主は彼女以外には思い浮かばない。

 ご存知のように、リタの料理に対するセンスは相当なものだが(もちろん悪い意味で)、どうやらぬいぐるみ作りについても同じらしかった。


 控えめに言って「キモいぬいぐるみ」、はっきり言って「呪いの人形」。

 そんなものを枕元に置いたとして、赤子の情操教育に影響はないのだろうか。皆が皆そう思ったのだが、口に出せる者はいなかった。――ただ二人を除いては。


「こ、これはまた面妖な……」


「きめぇな、おい! 一体なんだ、こいつはよぉ!?」


 思わず口から本音が突いて出てしまうオスカルとラインハルト。耳聡く聞きつけたリタがキッと睨んだ。 


「なんですの? 私のうさちゃんになにかございまして? おっしゃりたいことがあるのなら謹んでお聞きしますけれど、言いようによっては許しませんわよ!」


「あ、いや……べつに文句など……」


「な、なんでもねぇよ……だけど、どうやったらこれほど気味悪く作れるんだ……?」


 思わず言い淀むオスカルとラインハルト。

 互いになにかと気を遣う義父と娘婿の二人であるが、事ここ至っては同じ意見らしかった。とは言え、様々な事情を鑑みればリタに面と向かって言えるはずもない。

 タイプこそ違えども、オスカルもラインハルトも歯に衣着せぬ発言で有名だ。その彼らにして、苛烈なリタの本性を恐れていた。

 

 決して視線を合わせようとしないオスカルとラインハルト。

 その二人を睨みつけながら、なおもリタが言い立てた。


「言いたいことがあるのなら、はっきり仰って下さいまし! そもそもこのうさちゃんは、私の母が作り方を教えてくれましたのよ! ならばその物言いは、母への批判と受け取らせて頂きますけれど!」


「い、いや、そこまで言ってはおらんぞ」


「あのよ……そこまで言うなら、せめて教えられた通りに作れよ。ここまでキモくなったのはお前のせいだろ」


「あ”?」


「な、なんでもねぇよ……」


 口を閉ざして視線を逸らすラインハルト。その彼を横目に見ながら、次にリタはエミリエンヌに声を掛けた。


「ふぅ……どいつもこいつも……。ねぇエミリー、ご主人はこう仰っているけれど、これは必ず役に立つはずだから、肌身離さずフェリクス様の近くに置いてほしいのよ。いいかしら?」


 これでもかと言うほど唇に弧を描かせて、ニッコリとリタが微笑む。対してエミリエンヌの顔には、見たことがないほど引きつった笑みが浮かんでいた。


「え、えぇ……わかったわ、そうさせてもらうわね。素敵な贈り物をありがとう……」



 

 その後ムルシア家の者たちは、歓迎の宴に出席するためにパーティー用ドレスへ着替えた。

 もちろんリタも例外ではない。侯爵家主催の晩餐なのだからとミュリエルの手を借りて入念に着飾っていく。そして宴の席に姿を現すと、その場には数多の溜息が漏れたのだった。


 もっともそれはリタ一人のせいではない。もちろんその一端は彼女自身にもあったのだが、脇に控えるメイドのミュリエルとラングロワ家の長女マルスリーヌにも原因があった。

 なぜなら、この三人が並んだ絵面があまりに尊かったからだ。

 

 身長153センチのリタと151センチのマルスリーヌ、そして145センチのミュリエルは、いずれも小柄で細い身体をしている。

 さらに全員が非常に整った顔立ちをしているうえに、八頭身かと見紛うほどの小さな顔をしているものだから、並んでいるとまるで妖精の姉妹のように見えたのだ。


 メイドのミュリエルはもちろん着飾ってはいなかったけれど、元を正せば彼女も子爵家の令嬢なので、滲み出る気品と優美さは隠しきれない。

 それだけでも男性陣の目を引くには十分過ぎるほどなのに、そこに美人若妻として有名なエミリエンヌまでが加わると、その集団はまさに社交界の花としか言いようがなかった。

 

 そんな女性たちに注目が集まりながら、和やかに宴は進んでいく。

 そして宴もたけなわになる頃には、仲の良い者たち同士で自然に幾つかのグループができていたのだった。




「それでバティスト殿。例の総会なのだが、現状はどうなっておる?」


「はい、今のところは我らに有利かと。このままならば旧アンペール閥の復権は叶わぬはず。もっとも、些末なことでひっくり返ることもあろうかと存じますが」


 こちらは男性陣。その中でも位の高い者たちだけの集まりにそんな言葉が交わされていた。

 もちろんそれはオスカルとバティストとその取り巻きだ。彼らの間では、半月後に迫る東部貴族総会の話題で持ち切りだった。

 もっともそれは無理もない。表向きは娘の出産祝いを届けに来たことになっていたが、むしろオスカルの目的はこちらだったのだから。

 鷹揚に頷くオスカルに向かってバティストが話を続けた。


「まず一番に警戒すべきはレオジーニ侯爵家の残党でしょう。その次がマシア伯爵家。この両家は旧アンペール閥の中でも特に武闘派として名を馳せておりましたゆえ、此度こたびの復権審議のためならば手段は選ばずといったところかと」


「ふむ。しかし時期が時期ゆえ、滅多なことはできぬのではないか? あまりにあからさまなことをすれば、自分たちが一番に疑われるのは間違いないのだからな」


「確かに仰るとおりではありますが、彼らにしてみればこれが最後の機会なのです。お家再興のためならば策謀も辞さず、といったところなのでしょう」


「うむ……厄介だな。なにも事は正攻法に限らぬのだから、どれほどの汚い手を使ってくるやも知れぬ。用心するに越したことはなかろう」


「はい。これからしばらくの間、より一層警戒する所存です」


 バティストを始めとするラングロワ侯爵家の者たちが表情を引き締める。

 その姿にオスカルは、再び鷹揚に頷いたのだった。




 対してこちらは若い女性の集団。

 ゲストであるリタを中心にして、周辺貴族家の令嬢など若い女性達が集まる。今はエミリエンヌが中心となって周囲に話題を振っているところだ。

 未だ20歳はたちにもなっていない若妻にもかかわらず、今や王国に知らぬ者はいないほどの有名人であるリタ・ムルシア。

 その彼女と一言でも言葉を交わそうと皆が躍起になっていた。

 

「ねぇリタ様。将来はご主人の代わりに将軍として軍をひきいるおつもりだとか。それは本当なのですか?」


「どこでお聞きになったのか存じませんが、それは風聞に過ぎませんわ。正直申しますと、まだなにも考えておりませんの。なにより私は嫁いだばかりの身。未だ子も成しておりませぬし、義父――オスカル様も現役でいらっしゃいますから――」


「そのお歳で、すでに一級魔術師だとか。恥ずかしながら、わたくしは魔法というものを見たことがございませんの。できましたら、なにかおひとつ見せていただけませんか?」


「申し訳ございませんが、見せ物ではありませぬゆえ、ここで魔法をお見せするのはご容赦いただきたく存じます――」


「あぁリタ様! 噂に違わぬ美貌に感服いたしましたわ! その美しさの秘訣をお教えくださいませ!」


「そ、そうですわねぇ……日に三度の食事をしっかり摂って、早寝早起きすることでしょうか。そうそう、三時のおやつとお昼寝も大切ですわね。無理なダイエットなんて以ての外ですのよ――」


「ファルハーレン・カルデイア遠征では、ブルゴーの勇者ケビン王配殿下と共闘なさったとか! 是非ともその武勇伝をお聞かせ下さいませ!」


「ぶ、武勇伝? えぇと、なにも面白い話なんてございませんわよ。戦場では着の身着のまま、お風呂にも入れず埃だらけの毎日。そこはかとなく臭う自身の体臭に吐き気すら覚えましたわ――えっ? ケビン王配殿下? そうですわねぇ……一言でいうなら『絶倫種馬男』かしら」


 絶えず周囲の女性たちから質問攻めにあうリタ。

 とは言うものの、それは無理もなかった。少々小柄ではあるものの、その整った容姿は同性からも羨望の的だったし、加えて滅多にいない「魔力持ち」のうえに、その最高峰でもある一級魔術師なのだから。

 さらに次期ムルシア侯爵夫人ともなれば、誰もが繋がりを持ちたいと思うのは当然のことだ。

 こんな逸材と言葉を交わせる機会などそうあることではない。己の利益を計算する貴族令嬢たちにとって、リタは格好の的になっていたのだった。



 こうしてラングロワ家で催された歓迎の宴は、いつ終わるとも知れずに、賑やかに、そして華やかに続けられていく。

 その裏で進められるはかりごとになど、誰一人として気付かぬままに。

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