第159話 三男三女の大家族
リタの住むハサール王国から、アストゥリア帝国を挟んで南へ500キロ。そこには魔女アニエスの故郷、ブルゴー王国がある。
その国は無詠唱魔術師アニエス・シュタウヘンベルクが宮廷魔術師を務める魔法先進国として長らく有名だったが、約12年前に彼女が行方不明になってから、その名はハサール王国に取って代わられるようになった。
今では「隻腕の無詠唱魔術師」と
その代わり、今では勇者ケビンの存在がブルゴー王国を有名にしていた。
現在、世界で唯一現役勇者の称号を持つケビン・コンテスティは、12年前に魔王討伐を成し遂げて以来その名を世界に轟かせていた。
しかし実際に彼が戦うところを見た者は少ないため、その実力に疑いの目を向ける者もいる。
中には力を試そうとして試合を申し込んでくる者もいたが、決してケビンはそれを受けることはなかった。
そんなことにはまるで興味がないと言わんばかりに全ての申し出を断り、それでもしつこい相手には、自分が逃げたことにしても構わないとさえ言う。
その姿が、余計に彼をミステリアスな存在に見せていた。
圧倒的な戦闘力により、遂に魔王まで倒したケビン・コンテスティ。
その彼が決して人前で実力を見せないのは、何か理由があるはずだ――などと噂が噂を呼ぶ。
しかし実際には、大幅に手加減しなければ相手を殺してしまいそうだったのと、勝っても負けても遺恨が残るのが彼にとっては面倒なだけだったのだが。
そして一人でも相手にしてしまえば、次も、その次もとキリがなくなると思ったのだろう。
そんなケビンではあったが、国王アレハンドロの末娘――第二王女のエルミニアを娶ってから、彼は王国内に独自の地盤を作り始めた。
自分を養子に迎えてくれた名門貴族コンテスティ家を後ろ盾にすると、親国王派の者たちをも取り込み始めたのだ。
しかし今から5年前、遂にアレハンドロが国王の座を第二王子イサンドロに譲ってから少々事情が変わり始める。
義理の父である国王の味方もあって、政治に対してそれなりに発言力を持っていたケビンだが(実際にその力を行使したことはなかったが)、イサンドロが国王になってからはその力も削がれてしまう。
国王になったイサンドロは、自身の側近連中を全て自派閥から選んだ。
そのため、従前のアレハンドロ派閥に属する者たちは、皆権力から遠ざけられてしまったのだ。
もちろんケビンもその中の一人だ。
「
そのあまりに大きすぎる影響力を忌避したイサンドロは、救国の英雄であるケビンを閑職に回してしまう。
もちろん国民や役人たちの手前もあるので、あからさまにケビンを遠ざけるわけにもいかない。
そのため「国王直轄近衛隊指南役」などという仰々しい名前の割には何ら実権を持たない役職を与えて、彼を飼い殺すことにしたのだ。
今では王国最強の剣士であるケビンを自身の警護につけながら、その
まんまとその立場を押し付けたイサンドロは、してやったりとばかりに満足そうに笑うのだった。
前王の時代には国の根幹に関わる仕事まで任されていたのに、今では役職だけの仕事に就かされて、毎日定時で家に帰らされている。
そんな生活には、さしものケビンも思うところがあるのだろう――などと皆思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
仕事が多忙すぎてそれまで毎日のように午前様だったケビンは、一転して夕方六時には帰宅できる今の生活を嬉々として受け入れた。
確かに仕事に対してやりがいなどは見当たらなかったが、今となってはそれ以上に大切なものがあったからだ。
愛する妻と毎日夕食を共にでき、さらに幼い子供たちとも遊ぶ時間ができた。
そして今では10歳になった長男クリスティアンに、剣術の指導もできるようになった。
そんな生活にケビンは満足していたのだ。
早く仕事から帰れるようになって、ケビン、エルミニア夫婦には夜の生活にも余裕ができたのだろう。
そのおかげ(?)もあって、コンテスティ家には年々子供たちの賑やかな声が増えていった。
10歳の長男クリスティアンを先頭に、
9歳長女 ヘルミーナ
7歳次女 カタリーナ
5歳次男 アルフォンス
3歳三女 ロクサンヌ
1歳三男 コンスタン
といった具合に、結婚11年で、なんと三男三女も授かっていたのだ。
しかもそれだけではない。
妻のエルミニアは現在も妊娠中で、あと三ヶ月もすれば7人目が生まれる予定だった。
――いや、正確に言うとそれは8人目かもしれない。
何故なら、そのお腹の大きさだと双子の可能性が高いと医師に言われていたからだ。
いずれにしても勇者ケビンとその妻エルミニアは、結婚後11年経った今でもとても仲睦まじく、特にケビンが早く帰って来るようになってからは、更にその仲の良さには拍車がかかっていた。
その結果がこれである。
ブルゴー王国の中でも指折りの名門貴族家であるコンテスティ公爵家。そこは
「じぃーじ、いらっちゃい。お待ちちておりまちた」
「おぉ、おぉ……ロクサンヌや。相変わらず元気そうだのう。うむうむ、
初夏の日差しが気持ち良い6月下旬。
ケビンの屋敷――コンテスティ家に前国王アレハンドロが訪れていた。
玄関で一番に出迎えてくれた3歳の三女ロクサンヌに、思わず目を細めてしまう。
そして嬉しそうに駆け寄ってくる孫娘を抱き上げると、その白磁のように滑らかな頬に思い切り頬ずりをした。
「いひゃひゃひゃ!! じぃーい、おひげが痛いでちゅ!! やめれー、うひゃひゃひゃ――」
イヤイヤと言いながら、その実嬉しそうにはしゃぐ三歳のロクサンヌ。
そんな可愛い盛りの孫娘を思う存分愛でていると、奥の部屋からアレハンドロの末娘にしてケビンの妻――エルミニアが姿を見せる。
今年28歳になったエルミニアは、益々その美しさを際立たせていた。
真っ白な肌と白に近い銀色の髪、透き通るような青い瞳。
そして清楚で可憐な、まさに「お姫様」としか表現できなかった彼女は、今ではそれに年相応の妖艶さをも併せ持つ。
十代の頃はやや細すぎる体形だったが、6人の子持ちの経産婦は今ではすっかり肉付きもよくなり、言うなればその体形は「むちむちぷりん」と言ったところか。
わかりやすく言うと、彼女はとてもエロかった。
たとえ本人にその気がなくても、その見た目は、そこはかとなくエロかったのだ。
そのむちむちとした些か扇情的な姿を見ていると、毎晩のようにケビンが夢中になるのも頷ける。
たとえそれが結婚から11年経った今でもだ。
そんな「むちむちぷりん人妻」のエルミニアが、妊娠7ヶ月目の大きなお腹を抱えながら玄関まで歩いてくる。
その左手には、一歳の三男コンスタンの手を引いていた。
「もう、お父様!! 遊びに来るなら来るで、事前に先触れを寄こしてほしいと何度もお願いしているではありませんか。突然来られても、私や子供たちがいない時だってあるのですよ」
「おぉ、すまんすまん。悪いな、突然孫たちの顔が見たくなってな。 ――まぁ、いいではないか。いなければいないで、また後日来るだけだ。どうせ暇だし」
「……いらっしゃるとわかっていれば、お持て成しの準備も致しますのに」
「なぁに、かまわぬよ。何も持て成しなぞ要らぬ。何故なら、お前と孫たちの顔が最高の持て成しだと思っとるからな。のぉ、エルシェよ」
「はい、そうですわね。先王殿下」
そう声をかけられた女性――エルシュ・アーデルスが答える。
四年ほど前から、先王アレハンドロは一人の女性を連れ歩くようになった。
それはアーデルス公爵家の59歳の女主人で、アレハンドロの幼馴染でもある女性だ。
彼女は元々公爵家の嫁だったのだが、十年前に夫に先立たれてからはずっと一人だった。
それが王位を退いたアレハンドロとひょんことから付き合い始め、いまではよく一緒にいる姿を見かけるようになった。
人によっては二人の仲を邪推する者もいるが、決して彼らは後ろめたい関係ではない。
そこに所謂肉体関係などは存在せず、あくまでも昔の関係の再構築といった感じだったのだ。
現在63歳のアレハンドロは、この時代で言えば相当な高齢だ
その彼が一から新たな友人を作るなど、面倒だったのだろう。
だから彼は、互いを知り尽くしている幼い頃からの知り合いを最後の友として選んだのだ。
残念なことに、エルシェには子がいない。
今から四十年ほど前に夫との間に一女をもうけたのだが、その子は流行り病にかかって三歳であっさりと死んでしまった。
悲しみに暮れた夫婦はそれでも次の子を作ろうと頑張ったのだが、結局その後は子宝に恵まれることはなかった。
そして10年前に夫は先立ってしまったのだ。
夫に死なれ、跡継ぎもいないエルシェは悲観した。
この先自分はずっと一人で生きていくのだろうかと。
そんな時、王位を退いたアレハンドロに、ある日突然茶を飲みに行こうと誘われた。
彼にしてみれば、単なる暇つぶしに過ぎなかったのだが、どうやらエルシェの心の隙間に刺さってしまったらしい。
それ以降彼女の方からも誘うようになり、今ではまるで仲の良い老夫婦のように寄り添うようになっていた。
そんなエルシェが、アレハンドロに抱かれる三歳のロクサンヌに
まるで自分の孫を見るような優しい瞳で、コンテスティ家の子供たちを見ていた。
エルシェにはケビンとエルミニアも信頼を置き、まるで自分たちの母親のように接していたのだった。
「エルシェしゃま。はい、どうじょ」
「あらぁ、ありがとう。とても綺麗にできたわねぇ」
「どういたちまちて」
3歳三女ロクサンヌが自作の花環を頭に被せると、エルシェが優しく微笑んだ。
そして自身も倣って花環を作ると、5歳次男のアルフォンスの頭に乗せる。
すると女の子のように愛らしい顔を綻ばせて、アルフォンスが笑った。
コンテスティ家の中庭で、エルシェと子供達が楽しそうに遊んでいる。
その姿はまさに祖母と孫といった趣で、そこには間違いようのない家族の絆が見えるようだった。
そんな幸せな景色にアレハンドロが微笑んでいると、その横からエルミニアが声をかけて来る。
変わらずその顔には笑みが浮かんでいた。
「お父様。先ほどから思っていたのですが、今日はなにかお話があったのではないですか? いつもと様子が違うように見えるのですが」
「……はははっ、さすがはエルミニアだな。 ――わかるか?」
「それはわかりますよ。血の繋がった親子なんですから」
さも当然と言った顔でエルミニアが答える。
その顔を見たアレハンドロは、孫を見る目と同じような顔で娘を見つめた。
「ははは……そうか、そうだな。お前はわしの娘だものな。そしてあのジャクリーヌの娘なのだ」
「お父様……」
「お前ももう28か。 ……わしも歳をとるわけだ。その年齢は、お前の母が亡くなった時と同じだ。こうして見ていると、本当にジャクリーヌと瓜二つだな、お前は。その銀色の髪も、青い瞳も、まるで――」
そう言うとアレハンドロは、不意に顔を背けてしまう。
しかしエルミニアには彼の目尻に光るものを見つけていた。
横を向いたまましばらく無言でいる父親に、エルミニアは心配そうに声をかける。
「お父様……大丈夫ですか? どうぞ、こちらにおかけになって」
「……いや、すまん。大丈夫だ。 些か感傷的になってしまったな。 ――実は今日ここに来たのは他でもない。お前に聞いてほしいことがあるのだ。お前の亭主――ケビンのいない今だからこそ言えることなのだが……」
不意に背筋を伸ばして真顔で話を始めるアレハンドロ。
しかし彼は途中で口ごもってしまう。
その様子にエルミニアが怪訝な顔を向けていると、思い切ったようにアレハンドロは再び口を開いた。
「お前とケビンの長男――クリスティアンなのだが、養子に出す気はないか?」
「えっ……?」
楽しげな子供たちの声が溢れるコンテスティ家の中庭に、不意に胡乱な声が響いた。
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