第150話 それぞれの思惑
俗に言われる「第八次ハサール・カルデイア戦役」は、勃発から約一ヵ月という短期間で終結した。
その数字が示す通り、今回の戦は数えて8回目の軍事衝突なのだが、それには細かい小競り合い等は含まれていない。
もしもそれらも数に含めると、その数は50を下らないと言われている。
そのくらいハサール王国とカルデイア大公国の間には諍いが絶えなかったのだ。
一番最初の衝突は、今から約350年前に起こった。
それはハサール王国建国後約50年、そしてカルデイア大公国建国直後の出来事なのだが、その詳しい経緯は不明だ。
王国公文書館に残る古い文献を漁ると、その顛末は確認できる。
しかしその文献にも肝心な原因については記述されておらず、一体何を切っ掛けにしてその戦が始まったのかは未だに謎のままだ。
ただそれを発端にして、以来350年もの長きに渡り互いに殺し殺されてきたのは事実だ。
その結果、積年の恨みを抱えあったこの二国には今さら和解する気などまるでなく、国境を挟んだ隣国同士であるのに、互いに殺したいほど憎しみあったままでいる。
この不毛な争いに、過去には終止符を打とうとしたこともあったのだが、たとえ両国の首脳が和睦の道を探ってみても国民がそれを許さなかった。
何故なら度重なる軍事衝突のために、彼らは互いに子や親、夫や妻、そして兄弟姉妹を殺されてきたからだ。
だからいくらお偉方が互いに赦しあおうなどと唱えてみたところで、いまさらそれに従う者はいなかった。
そんなわけで、まさに犬猿の仲と呼ぶしかない両国だが、思えばハサール王国の方から先に仕掛けたことは殆どなかった。
確かに報復という名の軍事行動を起こしたことも過去にはあったが、それだとて先に手を出してきたのは全てカルデイア側だった。
侵略行為を繰り返すカルデイア大公国に対し、それを追い払うハサール王国。
その図式は、今では周辺諸国の中で当たり前になっていた。
そんな中で今回の「第8次ハサール・カルデイア戦役」は起こった。
ムルシア侯爵領の領都アルガニルの30キロ手前まで攻め込まれるなど、この長い歴史上でも経験したことはなく、それはハサール王国戦史上最大の出来事と言えた。
確かにこれまでも領土内に入り込まれたことはあったが、それでも最西端の砦を超えられたことはなかったのだ。
しかし蓋を開けてみれば、僅か一ヵ月でその戦は終結した。
それが中規模の小競り合いの終息にかかるのと同程度であることを考えると、今回の戦が如何に短期間で終わったものなのかがわかるものだ。
それは
父親の暗殺によって突然将軍の地位を引き継いだオスカルは、その能力を疑問視されていた。
もちろんそれは、彼が極端なまでに「脳筋」だからだ。
彼の父親――バルタサールもその
しかし実際の彼が隠れた策士であるのは一部では有名だったし、その豪快な所作と厳つい外見に騙されて、まんまと彼の策に嵌められた者も多い。
それに反して、オスカルはいっそ清々しいくらいに「脳筋」だった。
もっとも代々のムルシア一族の中では、むしろバルタサールのようなタイプが異質なのであって、その息子が「脳筋」であったとしても誰もそれを責める者はいないだろう。
しかしそれは父親あっての話であって、遂にオスカルが家督を継いで軍の将軍の座に就くと、その能力を不安視する者の方が多かったのだ。
しかしそんな中、オスカルは早速その能力を示した。
それも、たった一時間で敵を無力化するという最高の結果でもって。
敵の陣形が崩れた時、すかさずオスカルは全軍に突撃の命令を出した。
しかし参謀も含めた古参の幹部たちは、皆慎重に行くべきだと主張したのだ。
それでも彼は自らが先頭に立つと、兵を率いて敵軍に突っ込んでいってしまう。
野蛮人でもあるまいし、将軍自らが軍の先頭に立つなど聞いたこともなかったが、実際に彼はやって見せ、短時間で敵軍を粉砕してしまった。
普通であれば後方で命令だけしているはずの将軍が、前線で暴れ回っているのだ。
これには部下達も奮い立たないわけがない。
そして負けじと敵軍に切り込んでいく。
オスカルのおかげで勢いに乗りまくったムルシア侯爵軍は、結局一時間でカルデイア大公国軍を瓦解させた。
既に戦意を失った敵兵たちが逃げ惑っていると、その中心で将軍自らが
「わははははっ!! どけ、どけぇ!! 敵将はどこだ!? 俺自らが成敗してくれる!! 覚悟せぇ!!!!」
その光景は凄まじく、如何に彼が「脳筋」と
そしてそんな彼には、味方の兵たちも負けじと付いて行く。
巨大な戦斧を振り回して周りの敵兵を切り裂き、なぎ倒し、吹き飛ばす。
そして周囲を血の海に変えていく。
そんな凄まじい光景を振りまきながら、遂にオスカルはカルデイア軍の将軍と一騎打ちを演じることとなる。
敵将ダーヴィト・ヴァルネファーとて武勇に名だたる人物だ。
敵味方が入り乱れる乱戦の中で彼と対峙したオスカルは、しかし、たった三合でヴァルネファーの剣を叩き折ってしまう。
そして後退るヴァルネファーに突進すると、素手で殴って気絶させた。
「敵将を獲ったぞぉ!! カルデイアの兵たちよ、すでに勝敗は決した!! 剣を捨てよ!!」
自軍の将軍が討ち取られた――ぶん殴られて気絶しているだけだが――カルデイアの兵たちは完全に戦意を喪失し、速やかに投降し始める。
その様子に周囲のムルシア兵たちは歓喜し、勝ち鬨の声を上げた。
「うおー!! 勝った、勝ったぞぉー!! ムルシア将軍自らが敵将を討った!! これで勝敗は決した!! うぉぉぉぉぉー!!」
「オスカル将軍、すげぇ!! 素手で敵将を討ち取った!! って、どんだけだよ!?」
「さすがは脳筋オスカルだ!! すげぇぜ!!」
「オスカル将軍、ばんざーい!!」
てんでに剣を振り上げて雄叫びをあげながら、周囲の兵たちが口々にオスカルを称える。
その光景に満足そうに頷くと、オスカルも片手を高々と上げた。
「我々の勝ちだ!! ムルシア軍の勝ちだ!! ハサール王国の勝ちだ!!!! うぉぉぉ!! 勝ったぞぉ!!!!」
一万を超える軍勢の中心で、勝ち鬨を上げるオスカル・ムルシア。
その周囲で戦勝に沸く兵士たち。
こうしてムルシア侯爵軍の新将軍オスカル・ムルシアは、生きたまま伝説になったのだ。
戦自体は短期間で終わったが、その後始末が大変だった。
将軍ダーヴィト・ヴァルネファーを先頭に幹部から一兵卒まで四千人を超える捕虜となったカルデイア大公国軍兵たちは、その処遇に戦々恐々としていた。
これまで三百年以上に渡ってハサール人のヘイトを集めてきた彼らは、このまま全員虐殺されるのではないかと恐れたようだ。
しかしハサール王国にそんなつもりはなかった。
数千人の捕虜を虐殺するなど、それこそ周辺諸国から鬼畜の所業と言われてしまうし、彼らを捕虜として正当に扱った挙句、最終的に本国に帰したほうが何かと印象が良かったのだ。
もっとも賠償金の額やその要求、捕虜の返還と待遇、将軍を含めた幹部連中の人質交渉など、ハサール王国とカルデイア大公国の話し合い始まったばかりであり、その決着も時間がかかりそうだ。
その間も捕虜たちには無駄飯を食わさぬとばかりに、戦場の死体の片づけや荒らされた街道の整備などの後始末に、軍の階級を問わず皆平等に駆り出される。
そんな強制労働まがいのことをさせられながら、中には命を落とす者も少なくなかった。
レンテリア伯爵家の孫娘――リタの名も戦の公式記録に出てくるが、それは限定的だ。
それもオスカル将軍の影にひっそりと隠れる程度で、それほど大きな扱いにはなっていない。
実際にリタは、砦に籠城する兵たちを脱出させた。
しかし記録では師匠のロレンツォが戦ったことになっていたし、あくまでもリタはそのサポートをした程度になっていた。
それは、たかが五歳児に何かができるとも思えなかった記録者が、その主観で記述したからに他ならない。
常識で考えてもその話の方が説得力があったので、いつの間にかそういうことになったのだろう。
そんなわけで、戦の記録書にリタとロレンツォの名が出てきたのは、たったの二行だけだった。
もっとも正体がバレるのを嫌うリタは極力目立つのを避けていたので、その意味では今回の活躍が思ったよりも大きく取り上げられていなかったのは、彼女の思惑通りだったと言える。
このようにしてリタの名は歴史の中に埋もれていったが、逆にロレンツォは有名になっていく。
それは砦から味方を救ったのも、敵の無詠唱魔術師を倒したのも何故か全てロレンツォの手柄になっていたからだ。
その情報操作には誰かの意図が見え隠れしていたが、当のリタが知らぬふりをしている以上、それを追求するのは野暮だと言えた。
この戦を切っ掛けにして、その後ロレンツォが「隻腕の無詠唱魔術師」としてその名を轟かせていくことになるのだが、それはまた別の話になる。
カルデイア軍が突然陣形を崩した理由には諸説ある。
その中でも一番優勢なのが、彼らが森の妖精を怒らせたという説だ。
その後の調査でわかったのだが、魔獣を従えた絶世の美女の姿を複数のカルデイア兵が目撃していた。
それらの証言をまとめると、魔獣を
何故なら、進軍するカルデイア兵たちはかなり派手に森を荒らしていたからだ。
進軍に邪魔だからと大きな樹木を切り倒してみたり、野営の時に森の生き物を多数狩ってみたりとかなり好き勝手にしていたようだ。
さらに悪いことに、数匹のピクシーまで捕えていた。
その蛮行にティターニアが激怒した説が大勢を占めた。
カルデイア兵を襲った魔獣騒ぎにしても、結局最後までリタの名が出てくることはなかった。
それは魔獣を呼び出したのが、ティターニアであると皆思い込んでいたからだ。
しかし冥界の四天王「ヘカトンケイル」を召喚できる者など、世界広しと言えどアニエス・シュタウヘンベルクしかいない。
それを知る者は、今回の騒動の裏に彼女の影を疑う者も少なくなかった。
しかもその直後に、ハサール王国内に魔女アニエスが潜伏しているという情報がブルゴー王国からもたらされた。
その話を聞くに至り、今回の魔獣騒動は間違いなくアニエスの仕業だと言い張る者も多い。
その噂が独り歩きを始めると、魔女アニエスの報復を恐れる周辺諸国は今更ハサール王国に手出しをしようとする国はなかった。
その結果、その後のハサール王国は長きに渡って平和な世を享受していくことになる。
そしてその中で、アニエス――リタも平和な時の中に埋没していったのだった。
――――
魔女アニエスの養い子――勇者ケビンは、今やブルゴー王国の中でその名を轟かせていた。
もちろんそれは、彼が第一王子セブリアンの陰謀を暴き出したからだ。
もとより彼は「
王位継承権一位の第一王子が、実は国王の嫡子ではなかったという事実。
それは、国中をひっくり返すような騒ぎになった。
それと同時に、様々な過去も明るみになっていく。
その事実に市井の者たちも驚いたが、その後に多数の貴族たちが粛清を受けるに至ると、国中に様々な影響が出始める。
幾人もの貴族が処刑され、領地を没収され、家を取り潰され、国外追放になった。
その処分は多岐に渡り、それぞれの領地に住む者たちにも影響は及ぶ。
正義の名の元に行われた広範囲に及ぶ粛清。
その影響はとても大きく、このままでは国民の大きな不満が噴出してしまうだろう。
それには目眩ましが必要だ。
国民の目を逸らすためのものが必要なのだ。
そこでケビンを担ぎ出すことを思いついた王国府は、もともと英雄だった彼の名を意図的に利用することにした。
今回の事件は勇者ケビンが暴き出した。
ケビンが嗅ぎ付け、ケビンが暴き、そしてケビンが解決した。
この大事件の解決は全て勇者ケビンの手柄だと言わんばかりに宣伝されたのだ。
それも意図的に。
こうすることによって王国府は、国民のガス抜きをしようと図ったのだ。
その狙いは的中し、今では救国の英雄としてケビンの名を知らぬ者はいないほどだ。
そして急遽王位継承第一位に繰り上がった第二王子のイサンドロも、上手くケビンを利用することによりその名を轟かせていく。
ここに至り、やっと国王アレハンドロの王位継承に絡む憂いも消え、その引退も現実のものになりそうだった。
――――
ブルゴー王国の王城の東の外れには、高い塔がある。
それはもともと物見用の塔だったのだが、外部からの侵入が非常に困難だという理由から、いつしかそこは位の高い者たちのための幽閉部屋として使われるようになった。
いまはその最上階に、元ブルゴー王国第一王子のセブリアンが閉じ込められている。
彼がここに入れられてから既に二ヶ月。
それ以来一度も外に出ていないセブリアンは、もともと青ざめていた顔を土気色にしたまま床に転がっていた。
固く冷たい石造りの床。
そんなものに身体をつけていなければ、彼は気が狂いそうだった。
身体に感じる冷たさと、固くゴロゴロと身体に感じる痛み。
その感覚が、辛うじてセブリアンの意識を繋ぎとめていたのだ。
遥か頭上にある明り取りの小さな窓だけが、彼と外界とを繋ぐ絆のように見える。
そんな薄暗く、冷たく固い床に寝転がりながら、朝から晩までセブリアンはそれを見つめ続けていた。
セブリアンは死刑が確定した。
その罪状は国家反逆と外患誘致と殺人、そしてその他諸々だ。
国家反逆だけでも死刑に値するのだ。
その他の罪状は
一国の王子であるにもかかわらず、執拗な拷問を受けた彼はその全ての企みを吐いた。
もっともハサール王国におけるバルタサール・ムルシア殺害容疑に関しては、一貫して否定し続けた。
いや、正確に言うと殺し屋を雇ったのは認めたが、バルタサールが死んだのは単なる事故であって故意ではないと最後まで言い張ったのだ。
ハサール王国に報告する手前、ブルゴー王国としても納得のいく答えが必要だ。
だからセブリアンは、自身の生まれの元であるカルデイア大公国との繋がりをでっち上げられた。
とは言え、これまでずっと実の父親である現カルデイア大公オイゲン・ライゼンハイマーと連絡を取り合っていたのは事実だったので、そこに否やはなかったのだが。
その事実が明るみに出たこともあり、バルタサール卿殺害によるハサール王国内へのカルデイア軍の手引きの罪――外患誘致の罪をセブリアンは負わされた。
しかし自国でも死刑が確定していたセブリアンは、その身柄をハサール王国に送られることはなかった。
今日か明日かはわからないが、自分は処刑される。
すでに刑が確定した以上、
この薄暗い牢の中で日がな一日考えていると、本当に気が狂いそうになる。
しかしこうして床の冷たさと固さだけが、正気を繋ぎとめてくれるのだ。
しかしそれももう数日で終わりだ。
自分は明日にでも殺されるだろう。
いったいどうしてこうなった?
確かに自分はブルゴー国王の血を引いてはいないが、それは自分のせいなのか?
自分が全て悪いのか?
――いや、違うだろう。
悪いのは全てあの母親と父親だ。
あいつらがあんなことをしなければ、自分はアレハンドロの血を引いていたはずなのだ。
そして確実にブルゴー国王になっていたのだ。
それなのに、それなのに!!
くそぉ……絶対に許さない。
もしもあの世に行ったなら、まずはあの母親を殺す!!
そして俺を生んだことを後悔させてやるのだ。
次に本当の父親だ。
手紙では良いことばかり書いていたが、いざとなったら知らんぷりだ。
助ける素振りも見せやしない。
カルデイアには貴様の子供はいないのだろう?
俺が唯一の血筋だというのに、このまま見殺しにするつもりか?
勇者ケビン。
貴様はその次に殺してやる。
貴様さえいなければ、貴様さえ黙っていれば、貴様さえ死んでいれば!!
くそぉ!!
あの美貌の妹を手に入れて、
許せん!!
貴様も必ず殺してやるからな!!
そして……アニエス……アニエス・シュタウヘンベルク!!
そうだ!! 貴様だ!! 貴様さえいなければ、こんなことにはなっていないのだ!!
一度は諦めたような素振りをしやがって!!
こんな最悪のタイミングで最悪の形で明るみに出しやがって!!
許せん!! 許せん!! 許せん!! 殺す!! 殺す!! 殺す!!
俺をこんな目にあわせた奴を、全員残らず殺してやる!!
石畳の上に寝転がったまま、セブリアンはその暗い瞳に激しい感情を浮かべる。
しかしそれも一瞬のことで、次第にその身体から力が抜けていく。
そして再びぼんやりと考え始めた。
これだけ国民のヘイトを集めたのだ。
恐らく広場での斬首刑に違いない。
死ぬのはもう仕方ないとは言え、せめて腕の良い首切り役人を用意してほしい。
もしも一撃で首が落ちなければ、相当苦しいと聞くからだ。
首の骨に剣が引っかかったりしようものなら、その苦しみ、痛みは想像を絶するらしい。
死ぬのはもう諦めたが、痛いのはごめんだ。
あぁ、思えばあの生意気な妻とは、一度しか肌を合わせなかった。
まるで義務だと言わんばかりに初夜に一度だけ抱いたきりで、その後は顔も見ていない。
妻の顔が――思い出せない。
どんな顔でも今となってはどうでもいいが、あの女は今後どうなるのだろう。
将来のブルゴー王妃として嫁いできたのに、気付けば罪人の妻になっていたのだ。
今頃どんな顔をしていることやら。
まぁ、どうでもいいか――
「殿下、お迎えに上がりました。遅くなり申し訳ありません。さぁ、こちらからお出になってください」
冷たく固い石畳の上に寝ころんでいたセブリアン。
その彼に突然声がかけられる。
声にゆっくりと焦点の合わない瞳を向けると、そこに一人の女が
薄暗くてよくわからないが、よく通る美しい声から推察するに、若い女性のようだ。
「カルデイア大公オイゲン・ライゼンハイマー様の命により、あなた様を助け出しに参りました。お時間がございませぬゆえ、詳しくは後ほど。 ――さぁ、お立ちになれますか?」
「あ、あぁ……? オイゲン……親父殿……?」
「はい。あなた様のお父上でございます。 ――失礼ながら、ここで話をしているお時間もございませぬゆえ、さぁ、お早く」
まるで状況が飲み込めないと言わんばかりに、胡乱な顔を返すセブリアン。
暗い色の瞳の焦点は益々合わず、どこかぼんやりとした顔をしている。
その顔を見るに、長期に及ぶ幽閉生活の末に遂におかしくなったのかと思わずにいられなくなる。
そんな彼を女が急かす。
「申し遅れました、私の名はジルダと申します。突然の事にあなた様が警戒なさるのもよくわかります。しかし今は私を信じていただくしかないかと。とにかく時間がございません。お願いですから私と一緒に逃げていただけませんか?」
「ジルダ……? 何者だ?」
「その話は後ほどゆっくりといたします。さぁ、まずはこちらへ!!」
まるで訝しむような顔で質問を繰り返すセブリアン。
そんな彼に些かイラっとした顔をしながらも、鋭く周囲に視線を走らせるジルダ。
その彼女が再びセブリアンを正面から見据えた時、月明かりがその顔を照らした。
年齢は二十代中頃だろうか。
女性にしては珍しいほどに短くまとめられた髪と、細く鋭い瞳が精悍な顔つきを演出している。
背はそれほど高くないようだが、贅肉のない鍛え抜かれた身体はまさに戦士だ。
その見た目から察するに、恐らく彼女は
そんな人間が真夜中に忍び込んでくるということは……
何気にそんなことを考えていたセブリアンだが、ジルダの頬に走る古い傷跡を見た瞬間正気に戻る。
やはりこの女は只者ではない……
「……わかった。今はお前を信じよう。お前の後をついていく。案内いたせ」
「ありがとうございます。では、こちらへ――」
返事とともに素早く立ち上がるジルダ。
そして全く音を立てずに牢屋から出ていくと、その背中をセブリアンが追いかけていく。
元ブルゴー王国第一王子セブリアン・フル・ブルゴーは、月明かりさえ入らない深い闇の中に消えていったのだった。
拝啓勇者様。幼女に転生したので、もう国には戻れません!
第一部 幼女期編 完
――――――――――――――――
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
これにて第一部完結となります。
田舎の寒村での極貧生活から始まったアニエス――リタの第二の人生は、紆余曲折を経て貴族の孫娘となり、最後には国と国との戦争に介入するまでになりました。
目立たず、地味に生きることを望むリタ。
その思惑とは逆に、どんどん事が大きくなる現実に「どうしてこうなった!?」と叫びたくなる彼女でしたが、その後暫くは落ち着いた生活を送れたようです。
果たして第二部はどんなお話になるのでしょうか。
引き続きお楽しみください。
さて、2022年4月5日に、記念すべき書籍第1巻が発売となります。
もしもご興味を持たれましたら、この機会にお手に取っていただけますと幸いです。
(詳しくは下記近況ノートをご覧ください)
https://kakuyomu.jp/users/chikuwa660/news/16816927860990153442
これからもよろしくお願いいたします。
一区切りついたということで、評価を入れていただけますととても励みになります。
それも含めて皆様に感謝を。
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