第127話 事件の顛末

 会議に大幅に遅刻してきたかと思えば、如何いかにもいま人を斬ってきましたと言わんばかりにその全身は血塗ちまみれだった。

 さらに理由も言わずにいきなり抜刀し、一国の宰相である人物を拘束しろと直談判まで始める。

 まさに破天荒としか言いようのない娘婿の行動に、驚きと呆れの混ざった顔を向けたアレハンドロは、小さな溜息を吐きながら口を開いた。

 

「ケビンよ。まずは落ち着くのだ。そして理由を申してみよ。そうでなければ、さすがのわしにもどうにもできんだろう?」


 その言葉に、ケビンが深々と頭を下げる。

 しかしその右手の剣はコンラート侯爵に突き付けられたままで、その腕を下げようなどとは露にも思っていないようだ。



「言葉が足りず、申し訳ありません。実は先ほど自邸に戻った際に――」


 宰相コンラートに血塗れの剣を突き付けたまま、ケビンが事情を話し始める。


 娘婿――身内とは言え、国王の目の前で抜刀したのだ。

 本来であればその理由の如何にかかわらず議場の警護が駆け付けるのだろうが、今はアレハンドロが制止していた。

 そしてコンラートの護衛騎士は先ほどの戦闘で全員ケビンの軍門に下っていたので、最早もはや彼を守ろうとする者は誰もいなかった。

 

 滔々とうとうと話が進んで行くと、もともと青ざめていたコンラートの顔がさらに青くなっていく。

 その色は既に白に近くなっており、パクパクと意味もなく口を開け閉めしている様は、すでに一国の宰相を務める者には見えなかった。


 そんな中、彼以外にも顔色を変える者たちがいた。

 それはこの場に出席している第一王子派の面々で、彼らは互いの顔に目配せをしながら、どうしたものかとその対応に悩んでいるようだった。


 するとその中から、当然のような質問が投げられる。



「ケビン殿の仰ることはよくわかりました。しかし、その暗殺者だとか、コンラート侯爵の騎士にも話を聞かなければならないのでは? さすがにあなた一人の話を鵜呑みにするのは如何なものかと思いますな。――陛下もそうお思いでしょう?」


「う、うむ……そうだな、確かにその通りだ。ここは複数の話を聞くべきだろう。 ――ケビンよ、それでその暗殺者とやらは何処におるのだ? その者は証言をできるのか?」


「はい。もちろんそう仰られるかと思い、部屋の外に待機させております。 ――暗殺者とコンラート家の騎士をここへ!!」


 その合図とともに、部屋の外に待機させていた暗殺者と騎士隊長が入室させられてくる。

 するとその異様な光景に、その場の全員が目を剥いた。


 

 一人は見るからに異様な風体の黒ずくめの男で、説明がなくとも彼がまともな者ではないことがわかる。

 しかし皆が驚いたのはそこではなかった。

 なんとその男は、両腕と両足を切断されて、まるで芋虫のような姿だったからだ。


 両手足の切断面には包帯が巻かれていたが、未だに赤い血が滲んでいるところ見ると、四肢を切断されたのはつい最近なのだろう。

 

 そしてもう一人は、コンラート侯爵もよく知る人物――侯爵専属の護衛騎士の隊長だった。

 彼もその上半身に包帯を巻いており、その姿を見るに、明らかに肩口の部分から右腕がなくなっていることがわかる。


 緊張のためか出血のためかはわからないが、いささか青ざめた顔の騎士隊長――ピエトロ・オルシーニは、自身の主人であるコンラート侯爵の姿を見るとその場にひざまずいた。


「申し訳ありません、侯爵様。ご命令の通りに、ここな勇者ケビンから証拠の品を奪おうと致しましたが、見ての通り失敗しました。 ――私以外の騎士たちは、死亡した七名以外全員降伏した次第にございます……」



 その言葉とともにピエトロは頭を俯かせたが、その姿にもコンラートは顔を青ざめるばかりで、何も言葉をかけることはなかった。

 

 騎士隊長――ピエトロの顔は、多くの者が知っていた。

 それはもちろん、彼が日ごろから宰相コンラートの護衛をしていたからだ。

 そして今の彼の言葉で、大凡おおよその事情を察したのだった。



 次は四肢を切断された黒ずくめの男だ。


 ピエトロが事の顛末を語った後に同様の内容を彼の口からも証言させようとしたが、ケビンが言葉で促しても一向に口を開こうとはしなかった。

 そればかりか、まるで刺すような鋭い視線で睨みつけるばかりで、一切協力する素振りさえ見せない。


 さすがは暗殺者集団「漆黒の腕」の一員といったところだろうか。

 身体の自由を奪われて半ば晒し者のような扱いを受けていても、一切口を割ろうとはしなかった。

 そのあまりに頑なな様子は、彼には彼なりの暗殺者としての矜持があるのだろうと思われた。


 しかしそんな彼の態度にケビンは表情を消すと、おもむろに右手の剣を突き刺した。

 四肢を斬り取られ、まるで芋虫のように地面に転がされた哀れな男の腹に、彼は容赦なく剣を突き立てたのだ。

 そしてぐりぐりとねじり込んでいく。



「ぐがっ!! ぎぎゃー!! ぐはっ…… うごぁ――!!」


 最早もはや言葉にすらならない悲鳴を上げる暗殺者。

 そして周りの者たちはその様子を固唾を飲んで見守っていた。


 その惨劇に悲鳴を上げる者、見ていられずに目を反らす者、中には気分が悪くなる者等その反応は様々だったが、彼らに共通するのは「恐怖」だった。


 柔らかい物腰といつも浮かべている微笑からもわかる通り、勇者ケビンと言えば心優しく温厚な人物だと思われている。

 そして誰に対しても変わらぬ礼儀正しい態度は、彼が真面目な好青年である印象を周りに強く与えていた。


 しかしそれこそが、ケビンをしてその存在を軽んじられる原因ともなっていたのだ。


 魔王討伐の恩賞によってその爵位を賜った平民出身のケビンには、当然のように後ろ盾になる貴族は少ない。

 確かに有力貴族のコンテスティ家が彼を養子に迎えてくれたことと、国王の次女――第二王女を娶っただけでも十分にその地盤を固めたと言えるが、それでも貴族連中からしても彼は「怖い」存在ではなかったのだ。


 しかしこの一件を見る限り、その認識も改めなければならないだろう。

 少なくとも彼を正面から嘲るべきではないし、彼との付き合い方も今後考え直す必要がありそうだ。




 まるで芋虫のような哀れな男に、無慈悲に剣を突き立てる勇者。

 凄まじい痛みに最早もはや言葉にもならない男の悲鳴を聞きながら、眉一つ動かさない勇者ケビン。


 その光景にさすがのアレハンドロが言葉を失っていると、遂に意識を失ってぐったりとした男にケビンは治癒魔法をかけ始める。

 そして傷も癒えて再び意識も取り戻した暗殺者の男に、勇者は再び声をかけたのだった。


「そろそろ話したほうが身のためだぞ。また痛い目にあいたいのか? お前が話すまでこの作業は続くんだ。そう、永遠にな。俺が治癒魔法をかけ続ける限り、お前は死ぬことさえ許されない。ただひたすらに地獄の苦しみを味わうんだ。――どうだ? 楽しいだろう?」


「ごほっ、ごほっ……く、くそ……こ、この悪魔めぇ……我々の組織でもお前ほどの化け物はいないぞ……」


「――それは誉め言葉と受け取ろう。それで、話す気になったのか? そうでなければ、余計なことは言わないことだ」


「ぺっ!!」


 まるで虫を見るようなケビンの顔に、暗殺者の男は唾を吐きかける。

 すると再び無言でケビンは剣を突き立てた。


「ぐがっ!! ぎゃー!!」



 そんな作業が何度繰り返されただろうか。

 さすがの国王もケビンを諫めようとしていると、遂にその暗殺者は悲鳴を上げたのだった。


「ぐぎゃー!! も、もう勘弁してくれ!! もういやだ!! 痛いのは嫌だ!! お願いだ、いっそのこと殺してくれぇー!!」


「で? 話すのか?」


「は、話す話す話す!! 話すからもうやめてくれ!! お願いだぁ……もう嫌だ、痛いのはもう嫌なんだぁ……頼むからもう殺してくれぇ――」

 

 息も絶え絶えに、気が触れる一歩手前まで追いつめられた暗殺者は、遂にその全てを話し始める。

 依頼主の名前からその内容、奪えと言われた品物や第二王女エルミニアとその息子の誘拐、そしてケビン一家の殺害まで、自分が依頼された内容を全て話したのだった。


 そのあまりの光景を地面に座り込んだまま見つめていたコンラート侯爵は、遂に観念したようにがっくりとその肩を落とした。

 そして次はお前だぞと言わんばかりにケビンに睨みつけられた彼は、まるで操り人形のようにその企みの全てを話し始めたのだった。




 まるで独白のようなコンラートの言葉に、その場の全員が凍り付く。

 涙を流しながら、それでも淡々と話し続けるコンラートの顔には完全に全てを諦めた者の表情が浮かんでいた。

 その様子を周り者たちは固唾を飲んで聞き入っていた。


 コンラートの告白が進むにつれて、会議場内の反応が幾つか分かれていることに気が付いた。

 それはもちろん、それぞれの派閥による反応だった。


 

 この話が事実であれば、第一王子セブリアンが王位継承権を失うのは確実だ。

 さらにハサール王国ムルシア侯爵殺害容疑で訴追されるうえに、罪人としてハサール王国に移送されれば間違いなく処刑されてしまうだろう。


 そんな人物の派閥に属していれば、一体どんなことになるのかは目に見えている。

 下手をすればその協力者として自分達まで訴追されかねない。

 ここで真実を聞いてしまった以上、この会議が終わった後には、セブリアンの派閥に属する者たちが一斉に逃げ出すのは間違いなかった。


 第一王子派閥の対抗勢力の中でも最大なのが、第二王子イサンドロ派だ。

 セブリアン派から逃げ出した者の中にはそちらへ合流する者もいるのだろうが、直前まで対抗派閥に属していた者たちを彼らがそう簡単に受け入れるとは思えない。


 仮に受け入れたとしても相当不利な条件を飲まされたうえに、その派閥内での地位は最底、そしてこの先にも全く希望は持てないだろう。


 もしそうであれば、第三の勢力――第二王女エルミニアと勇者ケビンの後ろ盾に加わる道もあるのだろうが、自分自身を誘拐し、あまつさえ一家全員皆殺しにしようとした連中を、彼女が簡単に受け入れるとも思えなかった。



 それでも所属する貴族も少なく、力で言えば弱小とも言える彼らは後ろ盾が増えることを嫌うとも思えないので、飴をチラつかせて言葉巧みに近づけば何とかなるだろうと思ってはいた。


 しかしここに来てケビンの正体を見てしまったのだ。

 彼が魔王討伐の英雄であり「魔王殺しサタンキラー」であることもすっかり忘れて、これまで勝手に腰抜けだと思い込み、その存在を軽んじてきた。


 しかし正義のためであれば彼はどんな困難をも成し遂げ、無慈悲に躊躇なく人を斬り、そして絶望的なまでの凄まじい強さであることを知ってしまった。

 そのうえ、現国王の信頼も絶大だ。

 少なくとも彼に最愛の末娘を与えるほどには。



 もしも自分たちがこんな男の派閥に参加した場合、そこでどんな目にあわされるのかはお察しだ。

 柔らかい物腰と丁寧な口調に隠されてはいるが、その裏には裏切り者を一人で皆殺しにできるほどの実力を隠している。

 

 そんな男の軍門に下らなければならないのかと思うと、最早もはや絶望しか見い出せない貴族たちだった。




 ――――




 ケビンが提出した証拠品――国王アレハンドロの正妃ローザリンデとカルデイア大公国大公オイゲン兄妹による手紙と手記によって、第一王子セブリアンの出自が明らかになった。

 そして彼がブルゴー王室の血を引かないという事実が確認されたことにより、その王位継承権は消滅した。

 

 さらに裏で実の父――カルデイア大公国大公オイゲン・ライゼンハイマーと連絡をとっていた事実も明るみに出たこともあり、さらに国家反逆罪でも裁かれることになったのだ。

 あとはハサール王国内の話にはなるが、将軍バルタサール・ムルシア侯爵殺害容疑及び、カルデイア大公国軍と共謀した外患誘致罪で裁かれることにもなるだろう。


 これだけの罪状が重なってしまった以上、いまや彼は死刑以外の運命は考えられなかった。

 そして部下や関係貴族の反乱、逃亡の危険を鑑みた国は、裁判と刑の執行が終わるまで彼を厳重に保護――という名の幽閉をしたのだった。



 セブリアンの出自の秘密を知りながら、長年に渡り黙っていた。

 その事実を国家に対する反逆と見なし、宰相コンラート侯爵始め有力貴族家の当主数名は死罪となり、その家は取り潰しとなった。


 そしてその後も第一王子の派閥に属する貴族家には、厳しい調査と取り調べが続き、さらに数名の当主が国外追放処分、領地の没収、莫大な賠償金の支払いなど、その締め付けはとても厳しいものだった。



 今回の事件では、長年続いてきた貴族の腐敗が図らずも明るみに出る結果となったが、それでも前世のアニエスが心を痛めていた国に蔓延する膿を全て絞り出すには程遠かったし、今回の粛清でも最後まで逃げおおせた者も多かった。


 しかし国王アレハンドロがこれまで頭を悩ませてきた次期国王の問題は解決し、貴族間の軋轢もかなりの部分で目立たなくなったのは僥倖だろう。


 それはまさに国を揺るがす大事件の中での数少ない明るい話題と言ってもよく、その最大の功労者として、勇者ケビン・コンテスティの名はさらに揺るぎないものとなったのだった。

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