第83話 訪問の理由

「お待たせいたしました。フェルディナンド様とエメラルダ様、そしてリタ様が参りました」


 エッケルハルトの言葉とともに、ソファに座っていたギルド員三名が立ち上がる。

 そしてドアから姿を現した親子三人に視線を向けた。


 最初に姿を現したのは、スラリと背が高い銀色の髪と銀色の瞳が特徴的な中々の美丈夫だった。

 年の頃は二十代中頃の男性で、それはご存じの通りリタの父親のフェルディナンドだ。

 ひょろりとした体形は相変わらずだったが、この二ヵ月でかなり体重が増えたらしく全体的に健康的に見えるようになっていた。


 貧しい田舎暮らしだった頃は農作業のおかげで日に焼けて真っ黒だったし、食糧事情のせいでかなりやせ細っていたが、今のように髪を整えて貴族の装いをしていると、まるで別人のように見えた。

 

 

 次に部屋に入って来たのは、輝くようなプラチナブロンドの髪と透き通るような青い瞳が目立つ美女だった。

 いや、美女と言うにはいささか童顔すぎる。

 人妻に対して失礼を覚悟で言うならば、それはまさに「美少女」とも言えるような女性だ。


 見たところお世辞にも背が高いとは言えず、身長150センチのパウラよりも少しだけ高い程度だ。

 そしてその小柄な体格が、より一層の美少女感を引き立てていた。


 そんなリタの母親――エメラルダだったが、彼女の中で一番目を引くのがその大きな胸だ。

 その胸は装飾の少ないあっさりとしたドレスの上からでもわかるほどに盛り上がり、少しでも身体を動かすとたゆんたゆんと揺れるほどだった。


 さらに彼女はその胸の肉付き具合からもわかる通り身体全体も何気にムチムチしており、同じような低身長童顔系人妻のパウラとは少し系統が異なるようだ。


 そんなエメラルダを一言で言い表すなら、それは「むちロリ巨乳」だろう。

 オルカホ村時代は貧しい食糧事情のためにずっとやせ細っていたが、この屋敷に住むようになってからすっかり本来の体形に戻っていたのだ。



 そして最後に、母親に手を引かれた一人の幼女が姿を現した。


 それはまさに天使だった。

 母親譲りのプラチナブロンドの髪は光り輝き、透き通るような灰色の瞳と薄く紅を引いたような小さな唇が真っ白な顔に映えている。

 それはまさに「天使」としか表現できないような愛らしい姿で、その他の誉め言葉が全て陳腐に聞こえてしまうほどだった。


 ピンクのフリルがあしらわれた可愛らしいドレスに身を包み、小さな足に黒い革靴を履く姿は、オルカホ村で出会ったあの少女だと言われてもにわかには信じられないものだ。


 あの村で出会った彼女は日焼けで顔を真っ黒にしていたし、彼方此方あちこちが擦り切れた粗末な襤褸ぼろ布のような服を着て、その美しい金色の髪はいつもクシャクシャだった。


 さらに直前に森の中を駆けていたこともあり、その全身は泥と枯葉でとても汚れていたのだ。

 その汚れ具合は、リタを初めて見たクルスとパウラが思わず浮浪児か野生児かと思ってしまうほどだった。


 しかしまるで天使のような今のリタは、以前の彼女とはまるで似つかなかった。

 だからよくこれでクルスが気付いたものだと、パウラは本気で感心していた。



 とは言え、今のリタの姿は本当に天使の様だったし、その顔はまさに母親に瓜二つだった。

 レンテリアの灰色の瞳こそ違えど、その髪の色も整った目鼻立ちも、その全てが母親のミニチュア版と言っても過言ではなく、その姿は紛れもない血の繋がりを感じさせるものだ。


 今でこそリタは年齢相応の体つきをしているが、恐らく年頃になった彼女は母親同様に「むちロリ巨乳」と言われるようになるのかもしれない。


 ――いや、リタの場合は「むちロリババア巨乳」という表現になるのだろうか。

 いずれにしても、彼女はなんとも一言で表現できないキャラクターになりそうだった。


 そんな天使のような幼女が、胡乱な顔で三人に視線を投げていた。




「ようこそおいで下さいました。私はレンテリア家の次男、フェルディナンドと申します。そしてこちらが妻のエメラルダ、この子が娘のリタです」


「本日はお忙しいところお時間をいただき、感謝いたします。私は冒険者ギルド、ハサール王国支部のギルド長、ランベルトでございます。そしてこちらがクルス、こちらがパウラです。二人とも我がギルドの優秀なギルド員ですので、以後お見知り置きを」


 などと初めは形式通りの堅い挨拶が交わされる。

 しかしクルスとパウラは何か微妙な顔をしていた。


 それもそうだろう、目の前にいるのが間違いなく見知った人間であるにもかかわらず、互いに余所余所よそよそしい挨拶をしているのだ。

 その光景は、ともすればこの場の全てが茶番にしか見えなかった。


 それでも今回目の前にいる三人は紛れもない貴族であり、以前のような田舎の農夫親子ではないのだ。

 だから相手の方から態度を崩してこない限り、勝手にクルス達の方から気安く接することなどできるはずもなかった。

 もしも彼らがこちらの態度を気に入らなければ、それだけでも不敬になってしまうからだ。


 そんな事情もあり、初対面のランベルトはさておき、クルスとパウラはどういった態度で接すればいいのかその距離感がわからずにモジモジしていた。

 するとそんな様子に気付いたフェルディナンドが、突然笑い出したのだった。




「ふふっ、ははは…… あはははは!! いやぁどうも、その節はお世話になりました。――憶えていますよ。あなた方はオルカホ村で迷子になったリタを保護してくれた方たちですよね? どうぞ肩の力を抜いてください」


「あ、はい……そ、その節はどうも」


「ふふっ、いいのですよ。今はこんな格好をしておりますが、以前はただの農夫だったのですから。あの頃と同じ態度で接していただいて結構です。どうぞ気楽になさって下さい」


 フェルディナンドに続いてエメラルダも同じ言葉を口にする。

 その態度にはお高くとまった貴族の姿は微塵も感じられず、目を閉じてさえいれば、あのオルカホ村での出会いを思い出させるものだった。


 その言葉に少しホッとしたのだろう。

 緊張のためにそれまでずっと口を閉じていたパウラが、素早く身を乗り出した。



「ご、ご無沙汰しておりました。実は馬車に乗るリタ様の姿を夫が偶然目撃したのです。それで一目であの時の女の子だと気づいたものですから……ぜひご挨拶をと思いまして」


 パウラが目の前のフェルディナンドたちとの距離感を確かめるように、恐る恐る話を始める。

 いくら彼に気安くしてほしいと言われたところで、そう易々と真に受けるわけにもいかなかった。

 だから彼女は当たり障りのない会話に終始しつつ、その距離を測っていたのだ。


「夫……? あぁ……」


 そんな彼女の「夫」という言葉に反応したエメラルダが、パウラに声をかける。

 彼女の青い瞳は、身を乗り出したパウラの下腹部の膨らみを見つめていた。


 

「あの、失礼ですが、そのお腹はもしかして…… それに夫って……」


 遠慮がちなエメラルダの言葉に、パウラの頬が染まる。

 そして隣のクルスの腕を引っ張りながらその熊のような大柄な男の紹介を始めると、クルスは恥ずかしそうに頬をかいていた。


「え、えぇと……実はオルカホ村から帰った後に、この人と結婚をしまして。このお腹には彼の子供が……」


「あらぁ!! それはおめでとうございます!! ――いま何か月ですの?」


「あ、ありがとうございます。……やっと六か月になりました。最近はお腹の中から蹴飛ばしてくるようにもなりまして……」


「まぁ、いいですねぇ。私もあの頃が懐かしいです。そうそう、私はリタをオルカホ村で生んだんですけれど、周りに頼れる人はいないし、私は初産だし、夫はオロオロするだけだし…… 本当に大変だったんですよ――」


 などと女性同士の話に花を咲かせ始めた妻に、少し困ったような顔のフェルディナンドが声をかける。


「エメラルダ、逸る気持ちはわかるけれど、まずはこの面会の目的を……」


「あぁ、そうでした。申し訳ありません。まだ皆さまの訪問理由を聞いておりませんでしたね。それで今日はどのようなご用向きで?」


「えっ? ……あっ……あぁ、えぇと……その……」



 ニコニコと屈託ない笑顔とともに問いかけられたエメラルダの質問に、ギルド員三名の顔が強張った。

 そして互いの顔に視線を動かす。


 実はいま思い出したのだが、リタがアニエスの生まれ変わりだという事実は彼女の両親は知らないのだ。

 だから本来の目的である「アニエスへの暗殺者の警告」をこの場で伝えることはできない。


 かと言って四歳児と話をするために両親を遠ざけたり、人払いをするのも不自然すぎる。

 それどころか、そんなことをリタの両親が許すわけがない。



 そんなことを考えながら三人が互いに目配せをしていると、その様子を不審に思ったフェルディナンドが声をかけてくる。


「あの……本日のご訪問の理由を伺っても? なにか目的があっていらっしゃったのではないのですか?」


「あぁ、えぇと……そ、そうだ!! この度はお嬢様の婚約が決まったと伺いまして、そのお祝いを伝えたくて伺いました。オルカホ村で出会った少女が、まさかあのムルシア家の将来の奥方に請われるとは…… と、とにかくおめでとうございます!!」


「そ、そうだ、おめでとうございます!!」


「お、おめでとうございます」


「あ、いえ。ど、どうもありがとうございます。確かにそのお話はいただいておりますが、未だ婚約の儀は執り行われておりませんので……まだ正式には……」


 まるで取って付けたような訪問理由に、リタの両親が怪訝な顔をする。

 その視線を向けられた三人は、咄嗟のこととは言え、あまりに苦しい訪問理由に思わず顔が強張ってしまう。

 そして次の言葉が出てこずに、その場に沈黙が訪れてしまう。


「……」


「……」



 その沈黙のまま何秒過ぎただろうか。

 さすがにこの重苦しい空気に耐えられなくなったパウラが、何とか別の訪問理由をでっち上げようとする。

 そして彼女が口を開きかけると、それを先回りするかのように甲高い声が響き渡った。


「そのようなお祝いのお言葉をいただき、大変に痛み入りましゅる。しかしそのお話は未だ正式に決まったわけではありましぇぬので、これ以上はご勘弁くだしゃいませ」



 その声はリタだった。

 彼女は大人三人に鋭い視線を向けると、ゆっくりと声を出す。


 その言葉は、彼女がこの場に姿を見せてから初めてのものだった。

 この部屋に入って来てからというもの、リタはずっと訝し気な顔で三人を見つめるだけで一言も声を発していなかったのだ。


 その理由は彼女の両親と同じだった。

 懐かしい姿を見たから挨拶に来た、まさかたったそれだけの理由でわざわざ貴族に面会を申し入れるなどあり得ない。

 だからリタは、この三人が何か特別な理由を持ってここに来ていることに気付いていた。

 ということは、彼らの要件とは恐らく両親には聞かせられない内容なのだろう。

 そこまで察知したリタは、咄嗟に彼らに対して助け船を出していた。


「あ、いえ、す、すいません……」

 

 そんなリタの視線に気圧されるように、ランベルトが謝罪の言葉を口にする。

 彼とても百戦錬磨の冒険者あがりなので、この程度のことには慣れているつもりだった。

 しかし何故かリタの視線にたじろいでしまっていると、そんなギルド長の様子には一切構わずリタは話を続ける。

 彼女としても、ここはなんとか両親を遠ざける理由を作り出さなければならなかったのだ。


「それよりも、わたくちは皆さまにお見せしたいものがあるのでしゅ。是非ご覧になって頂けましぇぬでしょうか?」  


「見せたいもの……?」


「はい。じちゅは最近、魔術師としての修行を始めまちて。それで、その成果をお三方に見ていただきたいのでしゅ。――ととしゃま、これから魔法練習場に行って来てもいいでしゅか? 練習場にはフィオレッティ先生がいましゅので、ととしゃまとかかしゃまは、ここでおやしゅみになっていてくだしゃい」


「――まぁ、かまわないが…… それでは練習場まで一緒に行こう」





 屋敷の裏庭に作られた魔法練習場に到着すると、その場を家庭教師のロレンツォに任せて両親は屋敷の中へ戻って行った。

 そして二人の姿が見えなくなったのを確認すると、徐にリタは口を開く。


「しょれで、おまぁら、ここに何しにきたん? ましゃか本当に祝いの言葉を言いに来ただけではなかろう? さぁ、教えてもらおうかのぉ」


 急に口調を変えながら、その愛らしい片眉を上げて胡乱な顔をする姿は、クルスとパウラが以前オルカホ村で出会ったリタ――アニエスそのものだった。


 その姿を見た冒険者二人は、何処かホッとした顔をするのだった。

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