第23話 情報収集
「痛ってぇ…… パウラ、お前何も本気で殴らなくてもいいだろ?」
「うっさいわね!! この無神経男、死ね!!」
「お、おい、ちょっと待てよ――」
日も暮れてすっかり薄暗くなった林道を三人と一頭が歩いていた。
辺りは既に日も暮れてすっかり暗くなっていたが、それでも彼らは歩き続けている。
夜に林道を歩くのは危険だ。
だから本来であればこの場でキャンプを張るべきなのだろうが、オルカホ村までは歩いて三十分ほどなので、彼らはそのまま歩いて行くことにしたのだ。
しかし暗い中を無理に歩き続ける理由はほかにもあった。
それはこの時間になっても帰って来ないリタを両親が心配しているからだ。
もしもこれ以上帰りが遅くなってしまえば、幼女行方不明事件として村中が大騒ぎになってしまうだろう。
それは決してリタの本意ではなかった。
そもそも彼女は両親の言いつけを破って一人で山に入ったのだから、これ以上彼らに心配をかけるわけにはいかないのだ。
このまま家に帰っても、きっと両親から大目玉をくらうだろう。
しかし黙って一人で山に入ったのも、オウルベアを遠くまで追いかけたのも、こんな遅い時間まで家に帰らなかったのも、全てリタの責任だ。
だからそのことで両親から叱られるとしても、甘んじてそれを受けようと思っていた。
もとよりそれは、リタの両親に対する反抗心から始まったことなのだが、いまさらそんなものは全く言い訳にはならないだろう。
しかしここで二人の客人を伴って帰れば、とりあえずその場では両親の説教を免れられるかもしれない。
叱られるのは自分のせいなので仕方ないが、やはりそれは嫌なのだ。できることなら、両親から説教などされたくはないのだ
などと、そんな四歳児の身勝手な思惑など一切知らずに、怒りで目と眉を吊り上げたパウラが早足で歩き続けていた。
そして鼻血を出して左頬を腫らせたクルスが遠慮がちに追い縋る。
しかし彼女は背後の相棒を一切振り返ることなく、ひたすら悪態をついていた。
「まったく、あんたって人は…… 純潔!? 処女!? よくもまぁ、あたしに向かってそんなことが言えたものね!! そもそもあたしのそれを奪ったのは何処のどいつなのよ!? ――あんたじゃないの!!」
「お、おぅ……」
「右も左もわからない十五歳の新人冒険者だったあたしに、強引に近づいてきたのは何処のどいつなのよ!?」
「お、俺だな……」
「あの時あたしのパートナーはもう決まっていたのよ!! それを無理やり変えさせたのは誰!?」
「俺だ……」
「あんたとの初めてはお洒落な宿じゃないとイヤって言っていたのに、結局なんであんな草むらだったのよ!! しかも旅の途中で何日も水浴びしていなかったのに!! あたし、凄い恥ずかしかったんだからね!!」
「す、すまん……」
「あれからもう八年も経つのに、一度もあたしを好きだって言ったことないじゃない!! あたしはずっと待っているのに、一言もないってどういうこと!?」
「い、いや、それは……」
「あたしはもう二十五歳なのよ!! こんな行き遅れなんて、もう誰も貰ってくれないんだから、あんたが責任取りなさいよ!! あたしはずっと待っているのに、あんたは何も言ってこないんだから!! そもそもあんたは、あたしをどう思っているのよ!? はっきり言いなさいよ!!」
「いや、あの……」
「あたしはさっき、あんたが死んじゃうって本気で思ったのよ!! あたしを置いて先にいなくなってしまうなんて、気が狂いそうだったわよ!!」
「あ、あぁ……」
「それを……それを……あんたは……あんたは…… うぅぅ……う……うえぇーん、ぐすっ、うぇぇーん――」
遂に感極まったのか、散々悪態をついて感情が高ぶったパウラは、大きな口を開けてそのまま泣き出してしまう。
その姿はまるで小さな子供のように無防備に見えた。
空を仰いで子供のように泣きじゃくるパウラを、背中からクルスが抱きしめる。彼の顔からは直前までの戸惑った表情はすっかり消えて、優し気な微笑みだけが残っていた。
「すまねぇパウラ…… 悪いのは全部俺だ――俺はお前に甘えていたんだ。お前と一緒にいると心地が良くて、気付けばすっかりお前に寄りかかっていた」
「ぐすっ、ぐすっ……」
「おかしいよな。お前よりも俺の方が年上だし、ずっと身体も大きいのに。それなのにお前に甘えていたなんて」
「ぐすっ、クルス……」
背中からクルスに抱きしめられて、パウラは少し落ち着いたようだ。
彼女はしゃくりあげる声を次第におさめると、クルスの胸にその小さく華奢な身体を預けた。
そしてしばらくそうした後、真剣な顔をしたクルスが突然口を開いた。
「なぁ、パウラ。アニエスも無事に見つかったことだし、やっとこの依頼も完了だろう。この後はアルガニルに戻ることになるが、帰ったら……そのぅ…… 結婚してくれないか?」
「えっ……?」
「さっき魔獣にやられて死にかけた時、俺ははっきりわかったんだ。俺はお前が好きだ。お前がいなければ生きていけない」
「クルス――」
「俺は本気だ。決してお前に言われたからじゃない。お前が好きだから、俺はお前と一緒になりたいんだ」
「――あたしなんかでいいの?」
「あぁ、お前じゃないとダメなんだ」
「クルス……」
「パウラ……」
「はいっ、しょこまでじゃ!! しょれ以上は幼児教育にわるいわ、この色ボケどもがっ!!」
「ブヒヒン、ブヒンブフン!!」
せっかくいい雰囲気になっていた二人の間に、
そしてユニ夫も何か言いたげなジトっとした目で見ていた。
両親の説教を避けるためにできるだけ早く帰りたいリタなのに、こんなところで無神経アホ男と行き遅れ釣り目女のプロポーズシーンなど見ている暇はないのだ。
そんなことは、このあと待つであろう両親の説教を回避してからゆっくりとやってほしいと思うリタだった。
とりあえずクルスのプロポーズはあとで仕切り直してもらうとして、村に帰る道すがらリタと冒険者二人は今後の打ち合わせをしていた。
一世一代のプロポーズを四歳児に水を差されたクルスは少々ヘソを曲げていたが、そんな事にはお構いなしにリタは話を続ける。
「しょれで、おまぁらはこのあと、どうしゅるのじゃ?」
「それはあなたの出方次第でしょうね。それでどうするの? 今はまだ国に戻らないんですか?」
「ふむ。しょのまえに、色々とじょうほうが知りたいのぉ。魔国はいま、どうなっちょる?」
「魔国は未だ混乱したままだ。次の魔王が台頭しつつあるようだが、奴らも一枚岩ではないらしい。この先数年は自国内のゴタゴタで手が一杯だろうな」
さすがは冒険者と言うべきだろうか、いざ仕事の話になると直前までの私情などはすっかり横に置いたクルスだった。
「ほう……しょれでは、やちゅらの侵攻はしばらく無さそうじゃの」
「えぇ、恐らくそれどころじゃないのでは」
「ふむぅ…… それでは、ブルゴー王国はどうなっておりゅ?」
ここでやっとリタが一番知りたかった案件を切り出した。
実はリタは情報に飢えていた。
これまで何度も両親から世情を聞き出そうと試みたが、彼らは殆ど何も知らなかったのだ。
それもそうだろう。行商人が行き来する大きな町であればいざ知らず、こんな辺境の村などには人の噂以上の情報など端から入ってなど来ないのだ。
それに天気や狩り、農作物のことにしか興味のない村人が、たとえ噂話だとしても他国のことまで聞き耳を立てる者はいない。
それも遠く離れた魔国や直接行き来もないブルゴー王国のことなどであれば尚のことだろう。
そう考えると、こんな辺ぴな村でブルゴー王国内の状況など知り得ようもないのだった。
「あぁ……噂話程度でしか話せないが、それでもかまわないか?」
「うむ、かまわにゅ」
「わかった。――最近の話だが、ブルゴー王国の宮廷魔術師が変わったらしい。もっとも先代がずっと行方不明なんだから仕方ないのだろうがな。――つまり、あんたの席に別の人間が就いたってことだ」
「ほぅ…… して誰が
「えぇと、誰だっけな……」
クルスが思い出そうとしていると、横からパウラが口を挟んだ。
「イェルドよ。イェルド・ルンドマルク、確かそんな名前だった」
パウラも顎に指を当てて斜め上を見ている。
どうやらその記憶には自信がないようだったが、リタはその名前を知っていた。
「ほぅ、あやちゅか…… あのひよっこが、よくぞあの席を射止められたものじゃのぉ」
「なんでも彼は第一王子派から推薦を受けたらしいわよ。そのせいで第二王子派からは煙たがられているみたい」
「今まで中立の立場だったあんたが抜けたせいで、王宮内のパワーバランスが少々変わってきたようだな。しかし、兄弟で跡目争いなんぞしている暇があるのかねぇ。お隣の魔国だって、いつまでもおとなしくしてないだろうに……」
その言葉を聞いたリタは、その可愛らしい小さな口から溜息を吐いた。
彼女は彼女なりに、現在の王宮の状況に何か思うところがあるらしい。
「ふぬぅ……まったく面倒なやちゅらじゃ…… それでケビン――勇者はどうしておる?」
「勇者ケビンねっ。そうそう、あなたは彼の養育者なんでしょう? 噂では彼って相当のイケメンだって聞くけれど、本当なの?」
「あぁ――確かにあやちゅの面は整っておりゅし、女どもには人気がありゅのぅ…… しかし、あやちゅが寝小便をたれておる頃からずっと面倒をみてきたから、わちには、よぉわからんわ」
「おいおい、お前そんなに面食いだったのか? なんだよイケメンって」
パウラの言葉に我慢ができずに、クルスが横から口を挟んだ。
彼は「イケメン」という言葉に敏感に反応しているように見える。
「いいじゃない、べつに。女の子がカッコいい男に憧れるのは普通でしょ」
「お前、いまさら女の子って歳でもないだろ…… な、なんだよその目は。――へいへい、すいませんねぇ、熊みたいな男で」
微妙に拗ね始めたクルスに、パウラは面倒くさそうな視線を投げた。
「ごほんっ!! えぇと、それでその勇者ケビンだけど、そろそろ第二王女との結婚式があったはず。――えぇと、再来月だったかな、確か」
「ほぉ、ついにあの二人が結婚しよるか――こりは
突然口調が変わったリタの顔に二人が視線を向けると、可愛らしい幼児の顔には何か含んだような表情が浮かんでいた。
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