残り8日
「いらっしゃい、アゲハ君。何も気にせずくつろいでいいからね」
玄関を開けると、そこには優しい雰囲気の女性が笑顔で出迎えてくれた。
「お、お邪魔します!」
「なに緊張してんのよ。ほら、あがるわよ」
花蓮はモアイみたいに固まっている俺の横を抜け、リビングルームへと案内してくれた。
今日は放課後に花蓮の家へお邪魔する日だ。なぜかお母さんが俺に会いたいとうるさいらしいので、仕方なく連れてきたのだ。
どんな話をされるのか少々怖さもあるが、あの笑顔を見たら徐々に緊張も溶けるというものだ。
「お茶とコーヒー、どっちが良いかしら?」
「わざわざありがとうございます。ではコーヒーでお願いします」
一応、世間術もある程度は景兄から教えてもらっているので、失礼にあたる行動はしない自信はある。しかし話題に何を振って良いかまでは知らない。さて、沈黙は気まずいから避けたいところではあるが……。
「花ちゃん。ちょっと買い出しに行ってくれるー? 今日の晩ご飯は好きな物を買ってきていいから」
「なんで私が――。わかったわ、今日は我慢してあげる」
途中でお母さんの意図を察したのか、花蓮はさっさと家を出て行った。
おいおい、2人きりは困る。俺も一緒にいけば良かったのか。
「……まずはアゲハ君に、お礼を言いたいの」
「お礼、ですか?」
別にお礼をされるようなことをしたつもりはないが……。
「花蓮が貴方と友達になってから、目に見て分かるくらい明るくなったの。家に帰ったらアゲハ君アゲハ君ってうるさいくらいに。ふふっ」
その光景を思い出して微笑ましくなったのか、顔が緩みっぱなしだ。
「……私には、感情を失くした花蓮に何もしてやれなかった。いや、する資格がなかったと言うべきかしら。それくらい酷いことをした自覚はあるの」
でも、と続けて言葉を紡ぐ。
「あの子は変わったわ、本当に。他の誰でもない、貴方のお陰だと知っています。だからお礼が言いたかったの。あの子を救ってくれて……ありがとうございます」
深く、長い、心の籠もったお辞儀だった。それだけでお母さんがどれほど感謝しているのか十分に感じ取れるほどに。
しかし――
「それは違いますよ、お母さん」
えっ、と驚いた顔でこちらを見返す。
「救われたのは僕のほうです」
俺は花蓮を救おうなんて気はなかったし、そもそも話しかけてきたのもアイツからだ。
「僕は花蓮さんに会うまで、ずっと独りでした。別にそれが苦痛ではなかったし、抜け出そうとも思わないほどに。その世界を変えてくれたのが花蓮さんです」
花蓮と出会ってからというものの、毎日が楽しみになっていった。それまでは生ける屍のように学生生活を送っていたのに。
「……神様に、花蓮が貴方と出会えたことを感謝しなくちゃいけないわね」
その言葉に、俺は何も言えなかった。なぜなら花蓮は数日後に――
「花蓮を……よろしくね」
いや何を弱気になっている。運命なんぞに負けてたまるか。
「はい、任せてください」
改めて俺は決意を固めた。これから例の日まで、全力で対策を練り続ける。花蓮の指示に従うのが一番だが、別の何かをプラスαで足して損はないはずだ。
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