残り30日


「お、お前……どうしたんだよ」


「どうしたって、何が?」


 いつものように屋上に上がると、髪をバッサリ切った花蓮が座っていた。今までトレンドマークのような長い髪はすっかり無くなっている。たまに吹く風でユラユラ揺れる黒髪はもう見れないわけだ。ずっと見てきた姿なので少し寂しい気持ちがある。それに、後ろ姿があまりにも違ったので、別の人が来ているのかと思った。


「その髪だよ。なんか嫌なことがあったか?」


「別に……なにも」


 そんなはずはない。あそこまで伸ばした髪を切るなんて相当の理由がないとしないだろ。嫌なことがあったら気持ちの切り替えのために髪を切るという話は聞いたことがあるので、花蓮も何かあったのではないかと心配した。


「それで、何か言うことはないかしら」


「言うこと……相談なら乗るぜ」


「はぁ。思い切った私が馬鹿みたい」


 どうしてか、急に不機嫌になる。個人的には優しくしたつもりなのだが、求められた答えでは無かったらしい。


「でもこの暑い中、あんな長い髪は暑かっただろ」


「そうね、かなり涼しくなったし、手入れもだいぶ楽になったわ」


 前の髪はもはや腰くらいまで伸ばしていたが、その髪はしっかり手入れされていてサラサラだったのは覚えている。いい加減に扱っていないことは俺でも分かるほどに。


「後は……そうだな。似合ってると思う。長い髪も良かったが、今は今で可愛いと思うぞ」


「なっ!? か、かわ!? ……そ、そう。……ありがと」


 顔を背けながらも……その顔は笑みをこぼしていた。


「ああ、今まではせっかくの美人と言われてもいい顔が隠れて見えにくかったからな。勿体ないとは思っていたさ」


「あ、ちょ、もういいから、もういい!! それ以上は言わないで!!」


 完全に俺に背を向けて叫んでいた。いったいどこに向かって言っているのか。いきなりイメチェンしたから、まだ恥ずかしくて顔を見られたくないのかもしれない。俺も仮に……坊主にした日は、似合う似合わない関係なしに恥ずかしくて誰にも会いたくないと思う。普段から坊主の人は全く気にしないだろうけど。


「それだったら、道端の誰かにナンパされるかもな。運命の王子様って人も現れるかもしれないぜ」


 冗談交じりにからかうと、ピクッと花蓮が反応する。


「……そんな人、必要ないわ。鬱陶しいだけよ」


 するとこっちを振り向き、晴れたかな笑顔で命令する。


「絡まれた時は助け出してちょうだい、私の王子様」


 頬を赤めながら笑う花蓮に、脈拍が一瞬だけ跳ね上がった。


「ふふ、冗談。早く教室に戻るわよ」


 椅子から立って颯爽と去っていく花蓮を見ながも、俺はしばらく、そこから動くことができなかった。

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