残り79日
――それは、突然だった。
俺はいつもどおり柏木花蓮と屋上でご飯を食べていた。彼女が来るまでは平穏な時間が過ぎていて、目下の運動場では休憩時間すらも犠牲にして自らの技術を磨く青年達が垣間見える。そこまでして夢中になれる夢を持っていることを羨ましく思う。そんなことを呆然と考えられる空気は、たった一言で一瞬にして崩壊した。
「やっほー、アゲハと柏木さん」
その言葉とは裏腹に、依然として殺気を立てて歩いてきた彼女。その姿から、何かしら嫌な予感がするのは気のせいでありたかった。
「……今度は何しに来た」
「ひどいなー、何もしないよ。本当、反省してるんだぁ」
「じゃあ、ここから去ってくれ」
一度も三島美香を見ること無く言い放ったその言葉に、もはや感情は一切籠もっていなかった。
その事実に彼女は唇を噛む。だが、その顔は沈むどころか一層殺気が増した
「うん、そうするつもりだよ。けど――」
チラッと柏木花蓮を横目で見て、恐らく彼女が一番恐れていた最悪の一言を告げる。
「そこの柏木さんが『魔性の女』っての忠告したくて」
その言葉に柏木花蓮は手に持っていた箸を落とし目の焦点が宙を舞った。
「や、やめ――」
彼女の悲痛な叫びは届かず、その先の誰にも知られなくない噂を、残酷にも彼女は唱える。
「そこの柏木さん、幼い頃から何人もの男と『身体を弄ぶ』関係になってるの」
もはや三島美香は、崩壊したダムの水流のように留まることを知らず口を開いていく。誰も聞いていないのに、自分が世界の主人公かのように雄弁と語る。
「その男って、父親も含まれていて」
俺も柏木花蓮も、あまりの動揺に身体が動かなかった。なぜそんな酷いことを言えるのか理解できないし、理解したくもない。
「結局、母親にも見捨てられた子だよ」
とうとう柏木花蓮は耳をふさぎ、その場に膝を曲げて崩れ落ちる。よほどのトラウマなのか、全身が震えていた。その出来事が真実か否か今は確かめることはできないが、ただ一つ言えるのは、完全に俺の頭の沸点が限界を超えたことだ。
「アゲハに近づいたのも、『その行為』が目的かもしれないから、ワタシは柏木さんをアゲハから遠ざけたかったの」
すると人間の姿をした悪魔は、俺に身を寄せながら腕を絡みとる。こちらを見上げる顔は愉悦に浸っており、勝ち誇ったように俺の事実確認をする。
「だから……もう柏木さんに近づかないほうがいいよ。アゲハなら『嘘をついてない』ってわかるでしょ。私の言っていることが真実だって」
出来れば嘘でありたかったが……彼女の目を見れば嘘じゃないと分かってしまった。恐らく、ここまでも彼女の巧妙な作戦の一つなのだろう。
「そうだな。お前は嘘をついていないらしい」
しかし、そんなことは柏木花蓮に悪いが既に知っていた。そして、この彼女の過去が小さな事実を元に周りが作りに作った架空の事実ということも知っていた。
「でしょ、だからワタシと――」
「それで、俺と何の関係があるんだ?」
だから俺は最悪の展開があったときのために予め準備していた対抗策を決行する。
「……え、いや、だから」
予想と正反対の返事がきて三島美香は俺の腕を離し後ずさる。
「おい、柏木花蓮。お前、俺の身体が目当てなのか?」
まっすぐな目で疑問を投げかける。震えながらも顔を上げて、彼女は学校中に響き渡るくらいに叫んだ。
「ううん……違う!!」
その言葉に俺は頷き、そして殺意を込めた目で三島美香を見返した。
「だってよ。あいつも『嘘をついていない』みたいだぜ。おかしいな、お前の言うことが本当ならどっちかは嘘をついているはずなのに。ということは、行き着く真実は一つ。お前が信じていることは誰かが作ったデマカセで、それをお前は哀れにも信じ込んでいるだけだ」
予想外の展開で、明らかに彼女が動揺している。
「え、いや、だって」
細かく震える手を俺に差し伸ばす。
「てか、それならお前も『魔性の女』になるじゃねえか」
手を払い除けながら、俺は後ろポッケに隠し持っていたスマホを彼女に見せる。
「これお前だろ。別にどうでもいいんだが」
その画面には、スーツ姿の中年男性と腕を組みながら夜の街を歩いている女性の姿が写っていた。
「――え? それどこで」
「これ以上、柏木花蓮を侮辱するなら、俺はこれをバラまくぞ。全校生徒なんて中途半端じゃなく、全世界にな」
もちろん、インターネット上のことだ。これは紛れもない事実なので拡散しても問題はない……とは言い過ぎだが、いい脅しには使えるだろう。
「まって!! それだけは!!!」
もはや殺気を纏っていた彼女はどこにもいない。代わりに涙目で怯えている、か弱い女の子がそこにいた。もはや立ち場が完全に逆転していた。
「じゃあ、俺と柏木花蓮に、二度と関わらないと誓え。もし破れば、これより酷い写真をバラまく。お前なら分かるだろ、俺がやると言ったらやる奴だって」
「うん……うん、分かったから!!」
そうして彼女は、一目散に屋上を去っていった。
「あー、めんどくせ。昼休みが無くなりやがった」
まるで今までのことが無かったかのように、俺は弁当箱を開けて食事を開始した。
「お前は授業に行けよ。教師に目を付けられるぞ」
「う、うん……その、ありがと」
「ああ、気にすんな。また明日な」
これで完全に三島美香は俺らに関わることは無いだろう。やっと、完全なる平穏が訪れるはずだ。……さすがに疲れたし、三島美香も柏木花蓮も顔を合わせるのが何となく気まずいので、今日は仮病を使って帰ることにした。
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