第35話-④ 総督代理・柳井義久

 治安維持艦隊

 第三三一戦隊司令部


「あれは帝国暦五七四年のことでしたね……」


 柳井はコーヒーを飲んでからさらに続けた。


「当時、私は第一二艦隊の戦艦アドミラル・ラザレフで副長の任に就いていました――」



 帝国暦五七四年三月一〇日

 ハーフート自治共和国

 惑星ライヴァン 第四衛星カロイ


 ハーフート自治共和国の首都は木星型惑星ライヴァンを周回する第四衛星カロイに置かれていた。ここで起きた叛乱は当初星系自治省治安維持軍により鎮圧されるかと思われたが、当初叛乱主体だったカロイ解放戦線に加え、辺境惑星連合の増援を得たため戦闘が長期化。帝国軍が投入される頃には市街地戦となり手が付けられない状態となってしまい現在に至る。

 

「第一小隊、無反動砲用意、撃て!」


 柳井は戦艦アドミラル・ラザレフ陸戦中隊長兼第一小隊長として、その戦場の真っ只中に居た。


 三門の携行無反動砲が、抵抗派の築いた急ごしらえの陣地を吹き飛ばす。粉々になったのは、果たして土嚢か、それとも人か。それさえも分からない爆炎の中、柳井は部下達に前進を命じた。


「叛乱軍の戦力は残り少ない。落ち着いていけ」


 艦艇や航空機の性能がいくら高くとも、対人戦闘用の兵器はこの数世紀、大した変化を見せていないが、それ以上に人間はもう数万年と進化していない。進化の袋小路に立った人類の、血生臭い地上戦が繰り広げられる惑星ライヴァンの衛星カロイでの戦闘は、未だ終結する気配を見せていなかった。


 序盤こそ帝国軍が数の利で押し込んだものの、抵抗派は帝国軍に対してゲリラ戦を展開するという、ありふれたといえばありふれた非対称戦争の典型例に陥っているのも拍車を掛けていた。


 敵は不時着した戦闘艦や市街地のビル群を要塞化して、こちらを待ち構えていた。第一二艦隊司令部は陸戦の主力である軌道降下兵団の投入と、展開中の艦艇に対する陸戦隊派出の命令を下し既に半年過ぎたが、衛星全土に広がった戦火は収まるどころか、辺境惑星連合の支援を得たカロイ独立諸派部隊の反撃に遭っていた。


「柳井隊長、隣のブロックの巡航艦コーラル・シー陸戦隊が救援を求めています」

「こちらに余剰戦力はない、まずはこのブロックの制圧を完了させよう」


 柳井が指揮する戦艦アドミラル・ラザレフ陸戦隊はカロイの首都、カルカノの歓楽街の制圧を担当していた。部隊の戦力はまだ八割を維持していたが、私のような陸戦の素人が指揮している以上、どこかで綻びが生じかねないと考えていた。


「しかし、友軍部隊を見殺しには出来ません」


 通信兵はまだ艦内でも若い部類に入るオリバー・サーストン一等兵だ。こんな時でなければ、彼は艦内の整備を担当しているのだが、今は陸戦隊に編入されている。陸戦慣れしていないのはお互い様と言ったところで、柳井にも一等兵の顔にも疲労の色が濃くなっていた。


「曹長、どう思う?」

「我が部隊も余剰戦力がありません。私もこの区画の制圧を完了させるべきと考えます。双方共倒れになるよりはマシです」


 中隊付副官の川西英治曹長は以前、軌道降下兵団の強襲突撃艇の艇長を努めていたということで、航海技術はもちろん、陸戦兵としての技量も極めて高く、臨時で陸戦隊の指揮を取る柳井の副官としてよく働いている。


「サーストン一等兵、返信だ。我、余剰戦力なし。コーラル・シー陸戦隊においては地区の制圧より、部隊保全に努められたし、以上」

「はっ……」


 柳井は通信機を操作する兵長から、目線を周囲に展開する部下達に向ける。何れの顔にも、嫌悪、疲労、恐怖、色々なものが綯い交ぜになって、それが顔面の筋肉を硬直させているのが見て取れた。


「曹長、敵の姿が少ないようだが」

「接近戦を挑んでくる可能性もあります。無理に進まず、どこかのビルを確保して拠点とすべきでしょう」

「第三小隊、そちらはどうか」

『こちら第三小隊、B39のビル、確保しました』

「よし、そこを仮の陣地とする。一旦休息を取ろう」

『はっ!』


 性風俗店や賭博場が多いこのブロックには珍しいオフィスビルの屋上からは、戦闘が繰り広げられる首都の様子が一望できた。散発的に聞こえる銃声が抵抗派と帝国軍、どちらの命を奪ったのかは柳井にも分からないが、今、ここは命を奪い、奪われる戦場だった。


「柳井隊長、糧食や弾薬の残量も、そろそろ危ないところです。一旦後退すべきかと」

「そうだな……上空を飛んでるラザレフからは、何も言ってこないか」


 上空には、カロイ制圧のために送り込まれた帝国軍第十二艦隊の構成艦艇が浮かんでいたが、それらの火力は地上制圧のために使うには強すぎた。よって、今のところ出番はなく、ただ宙に浮いているだけだ。


 しかし、それらの放つ威圧感というのは無視できないもので、事実帝国艦隊の姿を見ただけで投降したり、自決したり、あるいは無謀な突撃を敢行する抵抗派もいたというから、心理作戦としては効き目のあるものかもしれない、と柳井は考えていた。


「今頃ボルツマンのオヤジは寝てるか、自室でマスかいてるかでしょう」


 柳井の言葉に答えた陸戦隊でも古株のグエン・サン・フエ伍長の軽口に、柳井は思わず吹き出した。硝煙と汗と埃に塗れた顔の筋肉が軋むような音を立てたような錯覚を覚えたからだ。


「まあ、艦長は俺に死んで来いと言うことなのだろう」


 本来陸戦隊の指揮は、専任の陸戦隊長が執るものだが、アドミラル・ラザレフでは一ヶ月前の陸戦隊長戦死に伴い、柳井に隊長代理が廻ってきた。今こうして柳井が水を飲んでいられるのは、陸戦隊歴の長い曹長の補佐があってのことと柳井自信が一番理解していた。


「士官がそういうことを言うものではないですよ。部下が不安がります」


 歴戦の川西曹長の言葉には、上官へ対する敬意が感じられた。


「すまない…曹長はもう長いのか、陸戦隊は」

「ええ、ラザレフに来たのは、もう一〇年位前になりますか」


 艦艇附属の陸戦隊は、平時はそれぞれの部署で仕事がある。つまりは停泊中や着上陸作戦時の予備兵力としてのものだが、適任者というのは限られているだけに、川西曹長のように長年陸戦隊に所属している軍人は珍しくない。


「その前も、他の艦で……タバコ、飲みます?」

「貰おう」


 何年か振りに吸った煙草は、曹長の好みなのかキツイものだったようで、柳井は軽く咽せていた。宇宙艦艇乗り組みになると、自然とタバコを吸わなくなるものだが、その点では曹長は変わり者と言えた。


「軌道上での戦闘後、下手に降伏までの猶予時間を設けたのが仇になったな」

「すぐに陸戦隊を降ろさせてくれれば、数時間で制圧できたものを……」


 曹長が口から吐いた煙の香りは、この都市に充満する硝煙やホコリ臭さを覆い隠すほどだった。イライラとした口調で上空の艦隊を見上げて、曹長は続ける。


「柳井隊長だから言いますが、こんな戦闘やるべきではないんですよ。独立したいと言うなら、させておけば良いんです。こんな辺境の衛星、一〇日と経たずに日干しになっちまうんですから」

「そうも行かないのが国家というものなのだろう」

「ですが」

「指導将校の居ない部隊で良かったな、曹長。もし居たら、今頃眉間に大穴が空いていたぞ」


 柳井は手でピストルの形を作って見せて、川西曹長の額に向けた。


「失礼しましたっ! 小官が軽率でした!」


 柳井は出来る限り軽い口調で叱責したつもりだったが、実際に指導将校から処刑された例は無いと聞いている。無論、あくまで公式には、だが。


 その時、一発の銃声が、ビルの中から響いた。柳井はピストルの形にして見せた自分の右手を見つめてから我に返る。


「隊長! 五階の……サーストンが!」

「報告は明瞭にしろ! 敵か?!」


 曹長のがなり声のあとに聞こえた報告は、柳井の臓物の温度が、一層冷え込むものだった。


「あいつ、突然通信機を置いたと思ったら、拳銃で頭を……」


 カーマイン伍長の震える声が、部屋の中に響く。つい三〇分ほど前、柳井と会話していたはずのサーストン一等兵――だったもの――は、物言わぬまま、床に転がっていた。無造作に置かれた通信機からは、恐らく先程救援を要請してきたコーラル・シー陸戦隊の断末魔が聞こえていた。


「……通信を切れ。伍長」

「は、いえ、しかし」

「良いから切れ!」


 柳井が通信機のスイッチを叩き込むと、ヘッドフォンからの呻き声と銃声は途切れた。


「サーストン、すまん。私がもっと早く撤退する腹を決めていれば……」


 まだ前途のある若いサーストンのきれいな顔を見ながら、見開いたままの目を閉じてやった。なぜ、彼が自ら命を絶たなければならなかったのか。


「……柳井隊長、既に戦闘に出て二日経っています。皆、疲れています。撤退しましょう。このブロックの制圧は、ほぼ済んだと見て問題ないはずです」


 サーストンの自殺は、既にラザレフ陸戦隊の中に伝わっていると見て間違いなかったし、隠し通せるものでもない。川西曹長の言葉は尤もだったが、柳井にその決定権は与えられていなかった。


「だが、上から撤退の命令が出ていない……通信を入れてもなしのつぶて。休息を取って――」

「それでは誰かがサーストンの二の舞になるだけです! 既に二一名の戦死者が出ています。部隊の規模としても、これ以上の戦闘継続は無駄な犠牲を増やすだけです」

「……」

「撤退の責任は、私が取ります。航海長は気にしないでください」


 その言葉通り、無断で戦線を離脱したあと艦内での軍法会議では、曹長は自分が無断で戦線を離れたため、部隊撤退を招いたと証言し、状況が状況だったので、三日間の独房入りを命じられただけだった。柳井は指揮統制が取れていない、ということで当初更迭を艦長であるボルツマン大佐が主張したが、陸戦隊の小隊長らが経験不足から来るやむを得ない事態だと擁護したことで、厳重注意となった。その後、独房に入った曹長は、柳井に諭すようにこう言った。


『あなたが果たす責任は、もっと大きなものでなければならない、それがあなたの責任だ』と。



 帝国歴五八八年四二日

 治安維持艦隊

 第三三一戦隊司令部


「――とまあ、そんなワケで私は曹長に助けられてしまった。あのときはまさか、自分が果たす責任がこんなに大きくなるとは思っていなかったですがね」


 従兵が持ってきたコーヒーを一口飲んでから、柳井は溜息をついた。


「だからこそ、もうあのようなことを起こさぬように、我々皇統のみならず、全帝国臣民は心せねばならないのです……」

「本当に、そう思います。しかし閣下にそのような軍歴があったとは……」


 呼延少将は陰鬱そうな顔でコーヒーカップの液面を見ていた。


「我が星系自治省でも、あの叛乱鎮圧は失敗だった、と珍しく認めるほどです。帝国軍の損害も大きかったですから……」


 この重たい空気を造り出す元となってしまったキプロティチ准将は、心底申し訳なさそうな顔で柳井を見ていた。


「まあ、そのために我々がいるわけです。お二人とも、今後ともよろしくお願いします」

「はっ!」「はっ!」



 センターポリス宇宙港

 巡洋艦エトロフⅡ

 艦橋


「なんだ? 休息中だというのに出かけてもいなかったのかホルバイン」


 自治政府側から宿を用意すると言われていた柳井だが、今日までは座乗艦であるエトロフⅡで過ごすことにしたのだが、艦橋を覗くと艦長のホルバインが艦長席に収まっていた。


「市街地は戦闘の余波でどこも後始末で休業中でしょう? 艦内に居る方が快適ですよ。宇宙港の売店は動いてたんですが」


 そう言ったホルバインの手にはこの辺りで出回っているらしい缶ビールが握られていた。


「どうでした、イステール自治共和国政府は」

「全面的に協力してくれる、とは言ってくれたよ」

「それはよかった。閣下の名声、いや増すばかりと言うところですか?」


 柳井があちこちの組織の折衝と緩衝に気を配っているというのにホルバインは随分と気楽な様子で茶化すと、柳井は憮然とした表情で艦長席に引っかけられた売店の袋からビール缶を取り出して蓋を開けた。


「ホルバイン、君にも適当な官職付けてやろうか? 防衛軍参謀総長とか」

「いやいや、私はエトロフⅡの艦長席に根っこが生えてますんで」

「まったく……明日から私は各所の視察で不在だ。基本的に星系自治省の治安維持艦隊に任せておいてもいいはずだが、不測の事態が起きたら君の判断で自由に行動してくれ」


 柳井から見たホルバインは有能な部下だ。ある程度の裁量を委ねてもその範囲内で最大限の働きをしてくれる。ホルバインにとっても事細かに行動を拘束してこない柳井はよい上司と言えた。


 柳井の総督代理の仕事は始まったばかりだった。

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