第35話-③ 総督代理・柳井義久

 〇八時二三分

 アスファレス・セキュリティロージントン支社


 三時間ほどの仮眠の後、柳井は再び支社に戻ってきた。


「ホルバイン達は?」

「先ほど自宅に帰られました。万が一の時は呼び出してくれ、と。護衛艦隊全艦、即応体制のまま待機中、とニスカネン課長補佐より言付けが」

「そうか。ありがとう」


 事務所にいたのは現地雇用の事務員だけで、柳井はある意味ホッとしていた。ホルバイン達幹部も疲労が溜まっていては正常な判断を出来ない。


「それと、近衛軍司令部より連絡がありました。部長が出勤してからでいいので、折り返し連絡してほしいとのことでしたが」


 自宅でなく、会社に連絡を入れたのは公爵殿下なりの優しさなのだろう、と柳井は納得した。


「ああ、分かった」


 支社長室に入り、一度鏡を見る。寝起きの顔でないことを確かめてから、柳井は近衛軍司令部へと連絡を取った。受付の近衛士官も事情は把握していたようで、あっさりと近衛軍司令長官が通信画面に出てきた。


『少しは眠れたかしら、男爵閣下』

「殿下は随分お元気そうで」

『総督代理に仕事を押しつけられるかと思ったら楽しみでね、眠っている場合じゃなかった』


 またも柳井は分不相応な役職が自分の閲歴に追加されるのかとげんなりとしていた。


『そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃない……まあ冗談よ。星系自治省、国防省と情報共有と詰めの打ち合わせをしてたのよ。資料送ったから見ながら聞いていなさい』


 柳井は送信されてきたデータを開く。イステール自治共和国をはじめとする旧ルガツィン伯爵の担当宙域のデータだった。


『まず、総督代理の任務だけれど、当然ながらイステール自治共和国の治安回復。これは現地の治安警察の支援でどうとでもなるわね?』

「はい。気になるのはイステール自治共和国の防衛です。防衛軍が叛乱に加担したのなら、当面動かせないのでは?」

『防衛軍の裁判は東部軍管区とイステール自治共和国の合同で軍法会議を開くらしいから、そこに任せておいて。その間の星系警備についてはあなたの会社に依頼を出す』

「はっ。護衛艦隊はすでに出動準備を終えています」

『早いわね。あなたのとこのフネだけで足りるかしら?』

「どのみち辺境惑星連合が本気で侵攻してきたら、ナンバーズフリート以外では足止め程度にしかなりません」

『それもそうね。まあ、出動命令自体はあなたのとこの本社からの指示で動いてちょうだい』


 そこで一旦公爵は従兵の持ってきたコーヒーを口にしていた。柳井も近所のコンビニで買ってきたミルクコーヒーを飲んでいた。珍しく甘ったるいものを飲んでいるのは、未だ柳井が徹夜のダメージが抜けきっていないことと無関係ではない。


『あなたも知っての通り、ルガツィンが受け持っていた宙域は辺境部でも特に辺境惑星連合との勢力圏が近い場所。まだ開拓が進んでいない惑星も多いわ。ルガツィンはその辺りについては堅実だったから、あまり口出しせずに、現地の官僚に任せておいても上手くいくでしょう』


 確かに柳井の見ているデータでも、イステール自治共和国のみならず、周辺星系の中には地球型居住可能惑星、有力な鉱山惑星候補などが多数確認されていた。


「では私は不要なのでは……?」

『放置しておくと不正の温床になるわ。それにヴィルヌーブ事件のこともある。皇統に対しても厳しい視線が注がれる今だからこそ、きちんと皇統貴族や企業に範を垂ることが必要よ』


 ヴィルヌーブ事件とは、西部軍管区の一星系を開拓していたヴィルヌーブ皇統子爵が脱税、違法な開拓、私兵組織の設立、そのほか運営していた児童福祉基金などの不正経理などをまとめたもので、一時騒然となったものだ。


「それはそうですが……私は惑星開拓の業務など素人ですが」

『要は中央の目が届いてることを現地に知らしめることよ。サポートに腕利きを用意するように要請しておく』

「承知いたしました」

『では頼むわよ、私はもちろん、陛下や他の皇統もあなたに期待している』


 それと、と公爵は付け加えた。


『総督として行政、軍政にも関わるから、あなたに近衛軍中将相当官。星系自治省特任高等開拓参事官。東部軍管区行政特任監察官の役職が付くようにしたわ。そろそろ発行される筈だから、一応官報見といてね』

「はい!?」

『当たり前でしょ。帝国の国家事業に携わったり、機密情報を触れるには資格が居る。この場合の資格は役職よ』

「それは、そうですが」

『じゃ、あとはヨロシク。妙なことがあれば私か、すぐ隣の宙域を管轄してるオデットに相談なさい。証明書は官報発行と同時に有効化されるでしょ。あとはよろしく』

「あっ、殿下……面倒なことになったな」



 四月二日

 〇九時一二分

 イステール自治共和国

 首都星ガーディナ センターポリス宇宙港

 巡洋艦エトロフⅡ


 三月三一日に起きた叛乱は四月一日中に叛乱軍の降伏という形で収束しており、ガーディナでは現在治安回復のために星系自治省治安維持艦隊と、帝国軍第一二艦隊陸戦隊、イステール治安警察による叛乱軍の武装解除、協力者の検挙、捜査が続けられる最中である。


 その最中、柳井は麾下の護衛艦隊を率いてガーディナ宇宙港に降り立った。


「そういうわけで、私は今から行政庁に行ってくる。艦隊のほうは補給と整備が済み次第、三六時間の休息に入った後、衛星軌道上に展開して次の指示を待て」

「了解。では男爵閣下、お車の用意が出来ております」

「まったく……」


 ホルバインが恭しく一礼したのを見て、柳井は肩を落とした。



 行政庁ビル

 三階 大会議室


「本国から既にお聞き及びかとは思いますが、私がイステール自治共和国をはじめ、第二三四宙域の管理監督を引き継ぎました総督代理の柳井義久です」


 随員も連れずに訪れた総督代理に、首相が立ち上がって握手を求めた。


「イステール自治共和国首相のアマンダ・ヘリ・アイディットです。男爵閣下のお噂はかねがね……アスファレス・セキュリティには我が共和国も何度か鉱産資源の輸送時の護衛をお願いしました」

「それはまた、ありがとうございます。ルガツィン伯爵蜂起時には拘束されていたとか。ご無事で何よりです」


 柳井は握手の後、現地当局によるアイディット首相への聴取記録を見ていた。この首相については特に問題なかったので、彼女はこの地位に留まるのだろうと考えていた。


「叛乱を止めることも出来ず、恥じ入るばかりで……しかしお早い到着で。まだ事後処理のまっただ中で、閣下にはお見苦しいモノを……」

「いえ、それも含めて私が陛下より勅命を賜った理由です。監督権や全権掌握権が付与されていますが、それは最終手段。基本的に自治政府の方々の判断が最優先です」

「わかりました。既に警察局が不穏分子の検挙を行なっております。状況は随時、閣下にも」

「よろしくお願いします。ところで、私のサポートに付いてくれる者が行政庁にいるとのことでしたが」

「ああ、そうでした。ロベール君」


 首相に促され、列席の官僚が一人立ち上がった。


「行政府開拓局所属、カミーユ・ロベール主任開拓官です」 

「わかりました。ではロベール主任、昼食を挟んでミーティングとしましょう」



 職員食堂


「いやあ、辺境で柳井と言えば男爵閣下のことですよ。ご一緒に仕事出来るなんて光栄です」


 ロベールは柳井の顔を見て満面の笑みを浮かべていたが、柳井としてはまた妙な噂が出回っているのかと溜息をつきたいところをグッと堪えていた。


「どんな噂が広がっているのかな?」

「そりゃあもう、叛乱をスクラップ寸前の駆逐艦だけで鎮めた魔術士とか、辺境惑星連合を退けた名将とか」

「過大評価だ。それに帝国においては、辺境で何が起きようが中央の公文書にどう書いてあるかが真実だよ」

「中央の公文書がどうなっていようが、辺境では見たこと起きたことが真実、でしょう?」


 自分より二回り近く若い官吏の言葉に苦笑いを浮かべた。その通りだと言って柳井は話題を変えることにした。


「ロベール君はなかなか辺境慣れしているんだな。この辺りの出身かな」

「生まれはヴィオーラ伯国のマーギュリットです。父が開拓業者だったもので、あちこち転勤族で、ようやく落ち着いたのがガーディナでした」

「なるほど。それじゃあ私よりよほどこの辺りの事情は詳しいな」

「お任せください。この宙域は庭のようなものです」


 若い官僚にありがちな頭でっかちではなく、実地の経験から来る自信を感じて柳井は安堵した。


「今日はとりあえず各所の報告を聞くことが主となるが、宙域全体の監督が私の役目だ。大いに役立って貰うから覚悟しておいてくれ。明日以降、よろしく頼む」

「はっ!」



 警察局


 ロベールを資料集めのために政庁へ残しておいて、柳井は警察局の視察に訪れた。叛乱軍決起に際してはパトカーをバリケードに抵抗を続けていたといい、正門前にスクラップになった車体が積み上げられていた。


「警察局ではすでに不穏分子一四〇名を検挙拘束し、取調べを行なっているところです。それにしても帝国軍や星系自治省治安維持艦隊は動きが遅くて……総督代理からハッパをかけてやってほしいものです」


 ムウェブ警察局長の説明に柳井は頷いた。警察局ビルの籠城を指揮していたという局長は、疲れも見せず精力的だった。


「善処しましょう。ところで、ルガツィン元伯爵の身柄はどうなっているんです?」


 柳井がこの地に来る時点では、まだルガツィン元伯爵は行方不明だった。もし生きているなら彼に皇統爵位の剥奪を宣告するのも柳井の役目だった。


「自害され、遺体は帝国に引き渡されないように処分せよと命じられた、と叛乱軍の連中は証言していますが、不審な点がありましたので現在も捜索中です」

「不審な点とは?」

「降伏受諾の宣言は、叛乱軍の士官のものだったんですが、何故ルガツィンではないのかと問うてもその時点では答えなかったのです」

「……降伏時点では既にルガツィンは死んでいた?」


 柳井の推測に、ムウェブ局長は頷いた。


「あり得ることですが、降伏勧告を受諾した者は現在でも行方不明、捕縛した連中も行方を知らないと言っています」

「ふむ……不可解ですね。遺体の捜索は続けてください。地下司令部から運び出す時間はなかったと思いますが」

「全力で捜査に当たります。新たな情報が入りましたら、閣下にもお知らせします」

「よろしくお願いします」



 治安維持艦隊

 第三三一戦隊司令部


 第三三一戦隊司令部は、イステールを中心とした第二三四宙域の治安維持に当たる星系自治省治安維持軍の部隊で、司令部は叛乱軍に襲撃されボロボロの有様だった。無事だったオフィスで柳井は駐留部隊司令官のキプロティチ准将と面会していた。


「閣下にはご足労をおかけして申し訳ございません。おまけにこんな場所で……」


 黒々とした顔には疲労が見え隠れしているだけでなく、包帯が巻かれて痛々しい。キプロティチ准将は叛乱軍の襲撃を受けた際、殴打され捕虜となっていた。解放されてからは即職務復帰とは熱心な人だ……などと柳井は感じていた。


 応接間として使っているのも、荒らされなかった倉庫として使われていた部屋だ。


「いえ、これが仕事ですから。第三三一戦隊の機能回復はいつ頃に?」

「目下、叛乱軍に破壊された施設の復旧と人員の補填を進めていますが、当面は増援の第三四、四八、一二九戦隊が機能を代行しています。これも三日後までには三四戦隊を残して任地に戻す予定です」

「わかりました。しかし准将も捕虜となって負傷されているというのに、大変ですね」

「まあ、かすり傷のようなもので。それに大変とは言え閣下ほどではないですよ。あのギムレット公爵の下でお仕事をされるなんて、並の人間には務まりません」

「そうでしょうか?」


 心配するつもりが心配されて、柳井は怪訝な顔で聞き返した。


「正直、あの頭の回転の速さにはついていけませんよ。閣下にはなにかコツがあるようで」

「兵站本部で鍛えられましたから。特に賊徒の攻勢期は、頭が三つあればいいのにと思ったものですよ。それに比べれば、まだまだ」


 柳井の言葉に嘘は無く、前線部隊からひっきりなしに送られてくる補給物資の要請には兵站本部ご自慢のコンピュータ群も人間の無秩序な要請には応えられず、これを人間がカバーすることで対応していた。


「准将、第二三独立戦隊の呼延龍こえんりゅう少将がお見えです」

「おお、丁度良い。閣下、どうせ帝国艦隊の臨時司令部にも行かねばならんのでしょう。ここで同席していただければ幸いですが」

「わかりました」


 しばらくして、呼延少将が副官も連れて臨時の応接室に訪れた。


「申し訳ない呼延少将。このような場所で」

「いや、キプロティチ准将お気になさらず。ところで、そちらの方は……」

「四三二宙域の総督代理を拝命した柳井義久です」

「皇統男爵閣下とは。失礼、帝国軍第一二艦隊、第二三独立戦隊司令の呼延龍少将です」


 このあと、呼延少将は副官に現状の説明を行なわせた。


「なるほど。では宙域全体の平穏は保たれている、と」

「はっ。国境宙域でも不穏な動きはありませんので……総督代理の連れてきた艦隊が居るなら、我が戦隊も予定を繰り上げて任地に戻ることができそうです」

「明後日には作戦行動に移れますので、子細は宇宙港のエトロフⅡに問い合わせて貰えれば大丈夫です」

「分かりました。しかし、今回の叛乱はすぐ降伏してくれて良かった」


 呼延少将の言葉に、キプロティチ准将も頷いた。


「私も治安維持軍に入って二〇年になりますが、カロイの乱に次ぐものとなるのではないかとヒヤヒヤものでした」

「叛乱軍の投降が早くて助かりました。アレをもう一度、とはさすがに……」


 柳井は自らも従軍したカロイ鎮圧作戦のことを思い出していた。


「カロイの乱ですか……私も艦の陸戦隊を率いていました。アレは酷い戦いでした……」

「おお、閣下もカロイに従軍されていたとは、ぜひお話を伺いたいものです」


 キプロティチ准将の屈託の無い願いに、柳井は封印していた過去の記憶をひもとくことにした。




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