案件04~公爵殿下の懐刀(?)

第33話 公爵殿下の懐刀(?)


 帝都ウィーン

 ラインツァー・ティア・ガルテン

 ギムレット公爵帝都別邸

 中庭

 

「本日は園遊会へのお招き、ありがとうございます」

「皇統男爵となれば、この程度は当然よ。今日はゆっくりしていきなさい」


 皇統貴族、それも公爵ともなれば帝国貴族、皇統貴族、そのほか大企業の経営者や高位官僚を招いての園遊会などは日常茶飯事であり、柳井も皇統男爵となれば招かれて当然ではあった。


「ただし、先に仕事の話をしておきたい。アリー、いっしょに来なさい」

「はっ」


 近衛軍参謀長、アレクサンドラ・ベイカー少将が付き従うのを見た柳井は、またも厄介な仕事を任されるのかとうんざりした面持ちで、飲みかけのシャンパングラスを空けた。


 

 応接間


「DSAの情報、ですか……」


 柳井も民間軍事企業業界に身を置く者として、その社名には聞き覚えがあった。ドレーク・スター・アライアンス、四社の合併により誕生した民間軍事企業はすさまじい速度で業績を伸ばしていた。


「帝国軍情報部とか国防省にも情報を照会したんだけど、型通りの情報しかありゃしない」

「DSAといえば、我々の業界でも有名ですが……私掠船事業の規模だけなら、ビッグスリーにも匹敵するとか。我が社のような零細では太刀打ちできる相手ではありませんね」


 幸い、アスファセレス・セキュリティが行なうような辺境部での物資輸送護衛や帝国軍の下請けとしての業務では食い合うことがないので安堵していたが、それでも無視は出来ない。


「で、問題はここからよ。これを見て」


 公爵が机のパネルを操作すると、壁面からモニターがせり出してくる。そこに映し出されたのは、何隻かの艦船がランデブーしている様子だった。撮影者は交通機動艦隊や星系自治省治安維持艦隊、帝国艦隊と雑多だ。


「DSAの艦艇と、船籍不明の何者かが辺境宙域で幾度もランデブーしてる。物資の受け渡しのような場面も見られる」

「柳井、あなたの見立てではどう思う?」


 ベイカーの問いに、柳井は数秒考えてから返答する。


「有り体に言えば、辺境を航行中に辺境惑星連合軍や海賊に捕まり、命と航行の安全保障のために物資を渡していた、ということだろう。だが、陣容を見ても独自に撃退できそうなものだ。大人しく物資を渡しているとは思えない。密輸か?」

「私もそう思う。両者の船にほぼ損傷がないのも不思議だわ」


 柳井はコーヒーを飲んでから私掠船事業のスキームを思い出していた。アスファセレス・セキュリティでも一時事業展開を考えたことがあったが、所有する艦船が少なすぎることから断念した経緯がある。


「収奪物資は一旦帝国に売却して、税金をさっ引かれた額が私掠船事業者に支払われる。私掠船事業者の取り分は収奪物資が多ければ多いほど良いし、私掠船事業者助成金も収奪物資の量で算定される。奪われるのを指をくわえてみていられるほど、DSAがザルな経営とも思えない」


 そもそもよほど食い詰めていない民間軍事企業でない限り、どの企業も帝国軍の下請けであり、監査も入るので経営実態としては堅実なものがほとんどだった。


「義久、あなたの会社ならライバル企業の情報くらい溜め込んでるでしょ」


 柳井は社内データバンクに腕のコミュニケーターからアクセスした。これは果たして社内機密の漏洩ということになるのか、それとも筆頭株主の要請に基づいた情報開示なのか迷ったが、社長からはギムレット公爵の協力について要請通り応じるようにとも言われており、断る理由が無いと判断した。


「これが弊社で持っているDSAの情報です」

「穴だらけじゃない」

「同業他社とは言え、なんでも筒抜けというわけではないんです。ただ、DSAは収益の多くを私掠船事業で得ていることは事実。所有艦艇の大半も巡洋艦以下の、通商破壊戦向けの中小型艦です」


 柳井はここでDSA所属艦艇のリストに切り替えた。これは交通管制局や運輸局に問い合わせれば誰でも見られる資料でもある。


「所有艦艇の多くが、ドレーク・シップビルダーズの建造です。これもDSAの急進に繋がっています。帝国軍退役艦艇の改良型を建造しており、補充部品の確保も容易、弊社のように雑多な艦で数を揃える必要も無いので訓練も効率的で羨ましい限りです」


 民間軍事企業はよほどの大手でもなければ、中古艦艇で数を揃える。基本的には同クラスで戦隊を組むのが基本とはいえ、数が揃わなければバラバラの艦艇を組み合わせて使うしかない。


「オマケにドレーク・シップビルダーズ系列企業への納入だから他社への売却に比べれば安値で仕入れ可能。アスファレス・セキュリティも造船所買収したら?」

「まあそれはともかく、DSAは経営効率化が推し進められた結果、現在の地位を確保している、というのが表の姿」

「裏があるって言うの?」

「これはあくまで、我々の業界に流れる噂話ですが……賊徒に船を売っているのではないか、と」


 柳井の言葉に、公爵とベイカー准将は眉をひそめた。


「まさかそんな」

「しかし、帝国軍艦艇や民間軍事企業艦艇で申告された鹵獲数や撃破数より、連中が運用している帝国型艦艇の運用数が多いのも事実です」


 柳井は自分が派遣され、指揮をしたラ・ブルジェオン沖会戦のデータを表示させた。素体不明の改造艦艇が主力ではあるが、中にはオデーサ級やタランタル級と思しき艦艇も確認されている。タランタル級はドレーク・シップビルダーズでも改良型が建造された記録があり、賊徒による投入数と帝国領内で運用されているタランタル級の数を比較すれば、鹵獲だけで賄いきれる数ではないことが明らかだった。


「なるほどね……」

「しかし殿下。DSAの不正を暴いて、どうするおつもりで?」


 柳井はここにきて、ようやく公爵の本心を問いただすことにした。


「この事業、今は国防省が主体となって管轄してて、その監督はフリザンテーマ公爵がやってるのよ。これを分捕ってやろうと思って」

「何故です?」

「辺境惑星連合領内の詳細な情報、民需、軍需、それだけでなくて文化・風俗習慣の情報を手に入れたい。私掠船を使った情報収集ね。今はただの追い剥ぎじゃない。助成金出してまでやる事業じゃないわ」

「しかし、通商破壊の効果は出るのでは?」


 柳井は以前、辺境惑星連合内の物資輸送についてのレポートを公爵に提出していた。その際も、帝国の私掠船事業によるダメージは軽微なものではない、と分析していた。


「私掠船事業助成金は年間おおよそ五兆帝国クレジットの予算。連中の生産力の推計にはブレがあるけど、生産力の一割程度と見込んでるわ。もちろんダメージゼロとはいかないまでも、わざわざ国家予算の何割かを割いてまでやる事かしら?」

「まあ、飽和状態にある民間軍事企業業界の雇用確保、という一面もあるのでしょうが……」


 民間軍事企業はその設立の経緯が帝国軍の不足する戦力の補助であり、おいそれと減少されては帝国軍が困るという背景がある。だからこそ数々の補助金制度が作られていて、アスファセレス・セキュリティのような中小零細の企業が生き残ることが出来ている。


「無駄よ無駄。だったら帝国領内の警備でもさせときゃいい。自治共和国に防衛軍を自前で整備なんてさせるから、独立だ脱税だ整備のための減税をとかなんとか碌でもないこと考え出す。アウトソーシングさせりゃいいのよ。どのみち私が実権を握ったら、現在よりも自治共和国の防衛軍の規模は縮小させて、その分を民間軍事企業で補うのだから」


 分かってはいても、柳井は公爵の言葉に周囲を見渡してしまう。帝国において工程になるためには皇帝選挙を経る必要があるが、あまり表立って帝位を狙っているとは吹聴しないのが不文律となっている。


「ところで殿下。私掠船事業の管轄を奪うといっても、どうするので? 皇統会議に掛けますか? 管轄の事業の不正が明るみに出れば、現在の責任者は退くしかないでしょう」

「そうね。そのためにはこの写真の真相や、あなたの聞いたDSAについての噂の真相を確かめなければいけないのだけれど、私がその調査を表立って行なうのはあまりにも管轄から逸脱しすぎる」


 数秒ほど黙考した公爵が、笑みを浮かべた。柳井にはそれが新しいイタズラを思い付いた子供のような無邪気なものに見えた。


「特別徴税局にやらせましょう」

「特別徴税局、ですか?」


 柳井はその組織のことをチェリー・テレグラフやニュース・オブ・ジ・エンパイアの紙面で見ていた。武装艦隊でもって同じく武装した税金滞納者に強制執行をしていくというド派手かつ常識外の組織だという認識だった。


「収奪物資を帝国に黙って売り渡しているのなら、あなたが言ったように私掠船税の脱税が疑われるわ。艦船を売って、それを帳簿に載せてなければ法人税脱税にもなるし、そもそも賊徒に兵器を売ることは重大な背信行為。特別徴税局なら脱税方面でそのことを切り込んでいけるはず」

「しかし、特別徴税局がDSAに調査を行なうよう仕向ける必要があります」

「え? 直接データを渡せばいいんじゃない?」


 柳井は首を振った。公爵が直接動くことは避けた方がいいという判断からだった。


「特別徴税局に匿名の告発という形でデータが渡るように、フロイライン・ローテンブルクに手配して貰うのはどうでしょうか。特別徴税局の局長とも懇意だそうで」

「ああ、その手があったか。フロイラインには私から伝えておくわ。あなたは分かる範囲でいいからデータを揃えてちょうだい。今週中に頼むわ。あとの細かい調査は、フロイラインに任せることにする」


 一通りの陰謀の企ては終わったとばかりに、公爵は立ち上がる。


「さあ、せっかく園遊会に来たのだから、あなたもたまには羽を伸ばしなさいな」

「はっ、お言葉に甘えて……」


 この頃から、帝都皇統貴族界では柳井のことを『公爵殿下の懐刀』と呼ぶ声が徐々に増えていったと言うが、とうの柳井本人は毎度その渾名を聴く度にゾッとしたような表情で、あるいはうんざりしたような表情で項垂れたという。

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