大学編 第64話


 神宮寺家に喜ばしい出来事があった裏に、俺たちには悲しい出来事も訪れた。


 「ご無沙汰してます、睦月様」


 「真木さん……お久しぶりですね」


 姿を消した水無瀬さんの執事の真木さんが突然に俺の前に姿を現した。丁寧にこれまで連絡を絶っていたことを謝罪する真木さんにお願いして頭をあげてもらう。


 「つい先日、つばめお嬢様は旅立たれました」


 俯いてそんな報告をする真木さんに対して俺は少し空を見上げる、見上げた空は俺の心の中と対照的に馬鹿みたいな青空だった。


 「……そうですか」


 「はい、お嬢様は最期まで睦月様と鳴海様に感謝の言葉を」


 水無瀬さんはもう手の届かない遠いところに旅立ってしまった。この話を蛍に告げなくてはならないことが本当に辛かった。


 「これはお嬢様から鳴海様に受け取って欲しいと」


 手紙と小さな箱を渡された。


 「これは?」


 「お嬢様の実のお母様の遺品です。水無瀬の家に置いといて行方知れずになるよりはどうか鳴海様に持っていて欲しいと仰ってました」


 箱を開けたら古いが綺麗なネックレスが入っていた。


 「高価なものなのでは?」


 「いえ、高価なものではないが良い品物だとお嬢様が仰っていました」


 「わかりました、蛍に渡しておきます」


 「ありがとうございます」


 「真木さんはこれからどうされるのですか?水無瀬家の屋敷に戻るのですか?」


 俺が真木さん自身のこれからを尋ねたら


 「いえ、これで水無瀬家を辞して故郷に戻ろうと思います」


 真木さんもどうやら水無瀬家の連中のこれまでの主人への行いに思うところがあったのだろう、執事の仕事を辞めてしまうらしい。


 「つばめお嬢様が私の為に残してくださったものもあるので大丈夫ですから」


 水無瀬さんは長らく仕えてくれた真木さんの今後のためにきちんとしていたようだ。


 「そうですか、真木さんもお身体をお大事に」


 「はい……あ、そうでした。睦月様、もし鳴海様とご結婚されてお子様がお産まれになった暁には私にご連絡ください」


 「え、何故です?そんな先の話を?」


 「いえ、つばめお嬢様がもし、睦月様達のお子様が世に出る際には力になってあげて欲しいと。長年、海千山千の水無瀬家に仕えていたものですから、この老骨でも僅かながらもお力添えになれるかと……」


 「……世に出るって、そんな水無瀬さんは俺たちの子どもが何者になると思ってるんだか……」


 「ははは」と笑ったのだが真木さんは真剣な表情をしていたので


 「そうですね、そうなったら真木さんの所を訪れますので、俺と蛍に水無瀬さんの昔話を聞かせてください」


 「はい、楽しみに待っております」


 俺は幾つか真木さんに聞きたいことを尋ねて、その場で真木さんと別れた。真木さんは年下の俺にも最後まで丁寧に頭を下げていた。


 今日が金曜日で良かった。これから蛍の家を訪ねて二人で泣かなくてはならないのだから。

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