大学編 第42話


 朝、目が覚める、今日もスイッチオンしたことに感謝しながら身体を起こす。うん、まだ大丈夫。お風呂に入ってさっぱりしてからお化粧をする、顔色が悪いと友人に心配されてしまうから……


 「真木さん、おはよう」


 「おはようございます、お嬢様。朝食はいかがいたしますか?」


 「ごめんなさい、今日もいらないわ」


 「少しだけでも召し上がっていただけませんか?」


 子供の頃から私の世話をしてくれている真木さん、いつも心配をかけてごめんなさいと思いつつ、首を横に振って私は出かけるのだ。


 理由もなく選んだ大学に不法侵入で通学中だ、最初はスパイ気分で彷徨いていたのだが、しばらく潜り込んでいたら顔見知りもできたり、友人もできた。


 「蛍ちゃん、おはよう」


 「おはようございます、つばめちゃん……顔色が悪くないですか?」


 「ふへへ、寝不足なんだ」


 観察眼の鋭い彼女に嘘をついて誤魔化す。椅子に座ってこちらを見上げる眼鏡を掛けた黒髪でボブカットの小柄で可愛らしい女の子、鳴海 蛍ちゃん。友人というより、親友と言った方が良いと思う。こんなに気が合う友人なんて初めてできた。


 蛍ちゃんの隣に座って講義をぼんやりと聞く、蛍ちゃんは真面目にノートをとっているなぁと思ったらノートの隅っこに落書きをしていた。ふふっ、蛍ちゃんたら。


 「蛍ちゃん、何を落書きしてたの?」


 「な、何も落書きなんてしてませんよ……」


 蛍ちゃんは恥ずかしそうに誤魔化すが私は見ていた、おそらく漫画のネタなんだろう。


 「……そのうちお目にかけますから」


 蛍ちゃんの頭の中に広がる彼女だけの世界。いつかみんながその世界に夢中になるだろう、そんな才能を秘めていると私は思っている。そんな未来を見てみたいな。


 「蛍ちゃん、これからどうする?」


 講義はおまけだ、本命は講義の後に友人と過ごす時間、これが私の宝物だと思っているので、蛍ちゃんに何して遊ぼうか尋ねたら


 「今日は学校で時間を潰しましょう」


 「なんで?」


 「先輩のお仕事が早く終わるそうなのでこちらで会おうって話になってます」


 そんな話を聞かされて私は内心焦っていた。蛍ちゃんの彼氏の睦月君、今、彼に会うのはマズイ。別に彼が嫌いだとか苦手だとかではない。

 本当に思ってもみなかったこと、この前、見知らぬ男に絡まれていたのを助けてもらった日、身体の調子が悪く立ち上がれなかった私をお姫様抱っこして運んでくれた日に、赤い実がはじけてしまったのだ。初めての、慣れぬ感情をコントロールできるまでの時間が欲しい、もっと時間があればきっと隠して騙せるだろう。

 そんなことを思いつつ現れた彼を一目見たら心臓が高鳴ったのを感じた。ヤバいな。


 「蛍、待たせたな。水無瀬さんも久しぶり、元気か?」


 「ふふっ、私は元気だよ。ちょっとお手洗いに行ってくるね」


 私は逃げるようにその場を離れ、心臓の鼓動が落ち着くまで待ってから再び二人の所に向かう。


 座って談笑する二人を見るとほんの少しの淋しさを感じる、本当は愛し合う二人の近くにこんな不埒な感情を持つ私がいてはいけないのかもしれない。でも二人との付き合いがなくなったら私は何も失くなってしまう。だから私は道化を演じるのだ。


 「お待たせ、これからどうする?何か食べに行く?」


 本当は食欲なんてない、でも何も食べないと心配されるから、この為に朝食も昨日の夕食も抜いた。


 「それじゃ、どこかファミレスでも行くか?」


 「はい」


 「それじゃ、行こう!蛍ちゃん、手を繋ごう!」


 「えっ!?つばめちゃん!?」


 「ふふ、睦月君!私と蛍ちゃんはこんなにラブラブなのさ!」


 「もう、つばめちゃんたら!」


 「ほほう、まさか俺と蛍のラブラブ度合いに勝てると思っているのか?」


 「せ、先輩まで!?」


 睦月君は蛍ちゃんの反対の手を繋ぐ、まるで親子か捕獲された宇宙人だ。

 

 「もう!二人とも恥ずかしいです!放してくれないと怒りますよ!」


 「……睦月君、本当にラブラブなら先に手を放したらどう?」


 「……大岡裁きチキンレースか、面白い受けてたつぞ!」


 私は睦月君や蛍ちゃんとのこんなノリが大好きだ。いつまでもこんな時間が続いて欲しいよ、神様。

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