大学編 第34話


 今日は宇佐川さんに場外馬券売り場に連れていかれた、宇佐川さんは馬券を買いたいらしいが、俺は競馬には興味がない。では、なんで付いてきたんだと聞かれれば


 「睦月君、ご飯奢ってあげるから一緒に行こうよー」


 って宇佐川さんに誘われたからだ。なんだろう、俺にはご飯を奢ればオーケーって皆さん思っている節がある……


 「睦月君は競馬は初めて?」


 「あー、知り合いに連れていかれたことはありますが、自分では買わないですね」


 場外馬券場には死に戻る前の『組』にいた時に龍崎さんに付き合わされた。そんな龍崎さんの博打の才能だが、龍崎さんはあまり競馬の予想が当たっていたイメージがないな、豪快に張って大きく負けていたイメージが強い。


 俺は、きちんと競馬をやっていなかったので死に戻る前の競走の結果は覚えていない、辛うじて一般人でも知っているような有名な馬は覚えているけど……もし、俺が金に目が眩んでその馬に大きく張ったら、その馬は来ない気がする。神様ってのがいるならそんな金儲けのためにもう一度人生をやり直させてくれたんじゃないと思う、きっと、鳴海 蛍という少女の為に生きろとチャンスをくれたんだと思うので俺は競馬や宝くじは買わないと決めているのだ。


 「俺は何か適当に食ってますから、宇佐川さんは気にせず買ってください」


 「ふふっ、勝ったらみんなにご馳走するよー」


 競馬新聞を片手にモニターを見つめる宇佐川さん、俺はそんな宇佐川さんの後ろ姿を眺める。穂積さんが「宇佐川は博打の天才だ」って言っていたけど、本当かな?と自分では少し疑っている。博打で勝ち続けることが本当に出来るなんて……


 俺は競馬を見るというより宇佐川さんを観察していた、宇佐川さんはパドックのモニターを見ながら競馬新聞に印をつけている。パドックを見て予想するのが宇佐川さんの攻略法なのかな?


 売店で買った唐揚げとビールを飲み食いしながら宇佐川さんを見ていたら


 「うーん……」


 と迷いながらも何か印を競馬新聞に書き込んでいたので「おっ、とうとう買うのかな?」と思ってみていたのだけれど結局は買わなかった。


 そんなことが数レース続いた、宇佐川さんはせっかくここまで来たのにずっと買わずに見ている『見』という状況だった。


 穂積さんが言うところの宇佐川さんの博才を見ることなく帰ることになるかもなぁとぼんやり思っていたら、メインレースの一つ前のレースでおもむろに宇佐川さんがマークカードを手に取り鉛筆で塗り始めた。


 俺は宇佐川さんに話しかけずじっと観察していたら、すぐに買うわけでなくパドックの後の返し馬も見て……


 「……睦月君、外したらご馳走できなくなっちゃう、外したらごめんね」


 そう言ってきたので「気にしないでください」と返したら、笑ってマークカードを投入して馬券を購入し始めた。しかもその一枚のマークカードに数万円放り込んでいたように見えた、貧乏学生の俺には驚くような大勝負だ。


 「宇佐川さん、何番の馬買ったんですか?」


 「2番だよー、睦月君も応援してよー」


 「はい」


 二人並んで立ってレースをモニターで観戦する。順番に枠入りする馬が全頭おさまって……スタートした。


 宇佐川さんが買った2番はスタートから勢いよく枠から出て逃げた、内枠だったから囲まれないように前に行ったのかもしれない。他の馬は牽制しあっているのか2番を交わすような勢いでは追いかけず「このまま行け」と俺は念じていたが、流石に4コーナーでは他の馬も2番を捕まえようと脚を伸ばしてきた、でも2番も頑張って粘っている!


 「「差せぇ!差せぇ!」」


 周囲のおっさんのそんな声に負けず宇佐川さんも


 「そのままー!そのままぁー!」


 実に楽しそうに叫んでいた。そんなモニター前のおっさん達の応援が届いたのか、先頭の2番を追い掛ける差し馬の中から10番が2番を外から抜き去ってしまった。


 「あぁ、差された……」


 俺が買っているわけでもないのについ声が出てしまった。そのまま10番が一着に入り、2番はもう一頭にも抜かされて結局は三着という決着だった。


 「……宇佐川さん、残念でしたね」


 俺が宇佐川さんを慰めようと声をかけたら


 「ふふっ、複勝だから当たりだよー!」


 どうやら一着から三着に入れば当たりの馬券を買っていたようで宇佐川さんはきちんと所持金を増やした、倍率は 1.8倍 だったらしい。


 「それじゃ、買い物して帰ろう!焼き肉でもみんなで食べようー」


 宇佐川さんは増やしたお金でその後のレースを買うこともせずに帰ろうと言ってきた。


 「もう買わなくて良いんですか?」


 「ふふっ、退き時が肝心だよー。今日は流れが無さそうな日だったしねー」


 俺はなんとなく穂積さんが言っていた宇佐川さんの博打の才能ってものがわかったような気がする。天才的な予想家とかではなく、勘と退き時を弁えた立ち回りが上手い勝負師なのかなと感じた。


 二人並んで歩く帰り道に


 「宇佐川さん、もし本当に借金に困った時があったら働ける所を紹介しましょうか?」


 もし多額の借金を背負った時は叔父の組の代打ちとして雇ってもらえるように話してあげようかなと思い浮かべてそう言ったら宇佐川さんは俺を見て少し考えて


 「……うーん、辞めとくね」


 ニコッと笑ってそう言った。うん、やっぱり宇佐川さんは勘が冴えてるな!

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