大学編 第4話
講義も終わり、夜に蛍の下宿先に訪れ呼び鈴を鳴らす。開いた扉を潜り中に入って「ただいま」と声をかける。
本来なら「お邪魔します」が正しいのだが、蛍が「お邪魔しますは他人行儀な感じがします」と言うので「ただいま」と言うのが二人のお約束になっている。
俺が玄関で靴を脱ぎ始めたら目の前の女性が
「おかえりなさい、ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?」
そんな風に笑顔で言うので……
「……水無瀬さん、向こうで蛍が凄い目で睨んでいるよ?」
「ほ、蛍ちゃん!冗談だからー」
玄関を開けて出迎えてくれたのは水無瀬さんだった。蛍は台所で料理をしているようだ。
今日は、俺と蛍と水無瀬さんの三人で先日の約束通り蛍の下宿でお酒を飲む、自宅飲みをすることになっている。
「す、凄いよ、蛍ちゃん!料理上手なんだね!」
床に置かれたテーブルの上には蛍の手料理が並び、それを囲むように三人が座布団に座る。水無瀬さんは蛍の料理スキルの高さを知らなかったから、お菓子や乾きものを買ってきてそれで飲むぐらいだと思っていたようだ。
「ほへー、凄い凄い!私は料理はさっぱり駄目だからなぁ」
「ははは、俺もだ」
二人で蛍を褒め称え、照れた蛍に乾杯の音頭をとってもらう。
「「「乾杯!」」」
俺と水無瀬さんはビールを飲むが蛍はビールが苦手なので甘いお酒をちょっと口につける。
「……それにしても、綺麗にしてるね?蛍ちゃんのお部屋」
そう言って水無瀬さんは始めて来た蛍の部屋をぐるりと眺め、そんなことを言う。確かに蛍の部屋は一人暮らしの女の子という感じの可愛らしい部屋だ。
「私はてっきり睦月君のお部屋で飲むのかと思ってたよ、男の子の部屋って面白そう」
水無瀬さんはそんな事を言うのだが……「別に面白いものなんてないよ」と答える。
今回、何故に俺の下宿ではなく蛍の家で飲み会を開いたかと言えば、俺の所は単純に狭いからだ。貧乏学生の俺にはそんな良い所は借りられない、三人が酔って横になるのは不可能な狭さだ。
あとは壁も薄く夜中に騒ぐのは隣に迷惑をかけてしまうので無理だということで蛍の部屋しか無かったと説明した。もう一つの理由は俺のアパートの住人は百パー野郎共で、女の子を二人も連れ込んでいると知られたら押し掛けてきそうな曲者揃いなのでというのは二人には黙っていた。
「それにしても、本当に蛍ちゃんはお料理上手!美味しい!ねぇ、蛍ちゃん!結婚して!」
「おい、水無瀬さん。人の彼女を口説かないでくれるか?」
「ふふん、選ぶのは蛍ちゃんだよ?さぁ、蛍ちゃん!どちらを選ぶ?」
「えっ?えっ?それじゃ先輩で……」
「うぎゃー、振られちったぁ」
水無瀬さんは面白い子だなぁと笑いながら盃を傾ける。そうしていたら……
「ふふ、もう蛍ちゃんの目がとろんとしてきたよ?」
少し飲んだだけなのに蛍は酔いが進んでしまったようだ。
「大丈夫か?蛍。少し横になるか?」
そう尋ねたのだが「だ、大丈夫です」と言うが……
「ふふ、蛍ちゃんが酔って寝ちゃったら睦月君と差しで飲むことになるねぇ……あらぁ?寝ている蛍ちゃんの横で大変なことになっちゃうかも!?」
そんな事を水無瀬さんが言ってしまったので蛍はムスッとして立ち上がったと思ったら、胡座をかく俺の太股を座布団替わりにスポッと収まるように座った。
「……これで先輩の貞操は守られます……」
そんな蛍を見て水無瀬さんは「うわぁー、凄いなぁ」と笑っていた。
蛍の飲むペースは落ちてきたが、俺は強い方だし、水無瀬さんもなかなか酒に強い子のようで飲み続けていたら……
「あら?蛍ちゃん寝ちゃった?」
蛍は胡座をかく俺に向かい合うように抱き付き、うつらうつらしている。
「ふふ、本当に蛍ちゃんは可愛いなぁ」
と、水無瀬さんが言うので「そうだろう」と言ったら「かぁー、惚気やがってー」と笑っていた。
「……まぁ、でもそろそろお開きかな?」
ほとんど寝ている蛍を横にして起き上がってから抱き上げる。水無瀬さんは「うわ、睦月君は力持ち!それに伝説のお姫様抱っこだ!」と騒いでいる。そんな水無瀬さんを横目に蛍をベッドに横たえてタオルケットをかける。
「水無瀬さん、蛍のベッドは広いから横で一緒に寝たら?」
この時間じゃ電車も動いてないし予定通り泊まっていきなと伝えたら
「睦月君はどうするの?」
と聞いてくるので俺は近いから歩いて帰れるからと言ったら「睦月君も泊まれば良いのに」と言うが……
「はは、明日ちょっと用事があるから」
と、嘘を吐いて帰ることにする。流石に寝てる蛍だけならともかくも蛍の女友達と一緒の部屋で寝るのは不味いかなと思ったのだ。
「……はぁ、気にしなくても良いのになぁ」
……どうやら水無瀬さんは俺の意図を察したようだが、誠実な証だと納得してくれたようで玄関まで見送りに来てくれた。
「……それじゃ水無瀬さん、おやすみ。蛍の事よろしく」
「はい、睦月君おやすみなさい。今度は三人で朝まで遊びたいな。お酒を飲むのも良いけど、蛍ちゃんあんまり強くないし……」
「……そうだな、それじゃ今度はジュースとお菓子でゲーム大会にしようか?」
「ほんとっ?それも楽しそう!約束ね!」
水無瀬さんにきちんと戸締まりをお願いして玄関を出た、扉の向こうで水無瀬さんは小さく手を振っていた。
帰り道、夜風が火照った身体に気持ち良かった。
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