大学編 第3話


 「……先輩のエッチ!なんで男の人は……先輩のバカ!」


 先輩と喧嘩した私は頭に血が上っていたのだろう、普段は参加しない大学の飲み会に参加している。成人してお酒が飲めるようになったときに先輩にお願いして居酒屋という所に連れていって貰った。初めて飲んだお酒の味は……覚えていない。いや、味どころか翌朝、目覚めた時には居酒屋での記憶が全く無かった。目覚めたのは自分の部屋のベッドの上で下着姿だった、どうやって帰ってきたかも覚えていない。あれ?先輩は?と見回したら、先輩は部屋の床に横になっていた。何で床に?と思い声をかけたら先輩は目を覚まし、私をジッと見つめ、静かな声で


 「……蛍、酒を飲むときは俺と一緒の時にしてくれ、絶対に外で一人で飲んじゃ駄目だからな!な?」


 私の肩に手を置いた先輩が懇願してきたので、昨夜は何をしでかしてしまったのだろうと思いつつ「……はい」としか答えられなかった。気になった私は何度もその事を先輩に尋ねるのだがその度にはぐらかされてきた。そんな私が何故に飲み会に参加しているのかと言えば


 「ふふ、蛍ちゃん、ご機嫌斜めだねぇ」


 そう言って笑うのは隣に座った水無瀬さんだ。

 先輩と同じ大学に進学はしたのだが、先輩は夜間の学部で私は昼間の学部だった。私としては先輩と同じ夜間部に行こうかなと思っていたのだが、両親と先輩に行けるなら昼間に通った方が安心だと言われたのだ。でも内気の性格の為に大学でなかなかお友達ができなかった時に、大学の講義で隣に座った水無瀬さんが話し掛けてきてくれたことで知り合い、交流が始まり、今では友人として付き合っている女の子だ。彼女をジッと見たら、片手にグラスを持ちつつ「ん?」と首をかしげて笑う姿がとても絵になる、ほとんどの男子は水無瀬さんを目当てに飲み会に参加していると言われても納得できるような美人だ。

 大学で不機嫌そうにしていた私を見て理由を聞いて飲み会に誘ってきたのは彼女だ。一人では先輩との約束もあり飲み会に参加することは無かったと思うが彼女が居るならというのと、先輩との喧嘩もあって飲まなきゃやってられないという気分だったのもあって参加したのだ。


 「ん?ふふ、彼氏さんと喧嘩するなんて珍しいねぇ。詳しい経緯をお姉さんに教えてご覧なさい?」


 水無瀬さんは周りに人を寄せ付けず私だけにこっそり話してごらんというので昨日の先輩との喧嘩の経緯を話したら


 「……それは、蛍ちゃんが悪い!」


 と怒られてしまった。慌てて言い訳をする私に水無瀬さんは


 「どこでも売っているような週刊誌でしょ?それに彼氏さんは講義の資料として友人に借りたって言ってたんでしょ?彼氏さんが嘘ついてるって思ってるの?」


 「そ、そんな事は思ってない……」


 「なにより、勝手に人のものを捨てるのが一番悪い!」


 「そ、それは……捨ててないから!先輩が反省してくれたらすぐに返そうと隠しただけ……」


 そんな私の言葉を聞いて、水無瀬さんはため息を吐いて


 「……てっきり彼氏さんがどこかの女と浮気したり、暴力を振るったり、どろどろした悩みかと思ったら……」


 あれ?がっかりしてる?私にとっては一大事なのに!


 「……それでどうするの?彼氏さんと別れるの?」


 「わ、別れるわけないもん!!」


 水無瀬さんがとんでもないことを言ってくるので、つい大きな声で否定したら、騒いでいた声が止み、周囲の眼がこちらに集中してしまった。あぁ、恥ずかしい!その恥ずかしさを誤魔化すために無意識のうちに目の前のグラスに手を伸ばしてしまった。


 ☆☆☆☆☆


 「……うーん、困った」


 大学生の飲み会というものに興味があったので大学で知り合った小柄で大人しそうな女の子、鳴海 蛍ちゃんを誘って参加してみたのだが……


 「……うぅ、せんぱぁいぃ」


 私の膝を枕にむにゃむにゃ呟く蛍ちゃん、今日がスカートじゃなくて良かったね状態だ。「彼氏と大喧嘩した」っていうから、どんな酷い男なんだ?いっそのこと別れたら?みたいな話かと思ったら……すぐに仲直りしそうな案件だった。

 それより、蛍ちゃんは酒に弱いのに酒癖も悪いと最悪だった。男なら放って帰れば良いものだが、酔い潰れた女の子を放って帰ったら……こちらを見てニヤニヤしている奴等の餌食だわぁと困ってしまった。仕方ないか……


 「……蛍ちゃん、携帯借りるよ?」


 彼女の耳元で呟いて、蛍ちゃんの携帯から彼氏さんと思われる番号を探す、着信履歴は……家族と思われる『鳴海』姓の女性と『睦月』が名字の男性だけ……「人のことは言えないけど蛍ちゃんも友達が少なそうね」と苦笑して迷わず『睦月』という男に電話をかける。


 『……もしもし、蛍どうした?』


 渋い声の男性が電話に出たので


 「ふふふ、お前の大事な恋人は預かった。無事に返して欲しければこちらの要求を素直に聞くことだ」


 『……どういうことだ?蛍はどうしている?』


 そう聞き返してくるので、蛍ちゃんの口許に携帯を当てる前に送話口を押さえ


 「ほら、蛍ちゃんの大好きな先輩に可愛い声を聞かせてあげなさい」と囁いたら


 「……せ、せんぱぁい」


 と切なそうな声を出すので、それを聞いた電話先の彼氏さんは『おい、大丈夫か!?』と慌てた声で問いかけてくる。


 「ふふふ、聞いた通りだ。お前の大事な恋人は今、大変なことになっているぞ。無事に返して欲しければこちらの要求を全て受け入れろ」


 『……わかった。要求は何だ?』


 と彼氏さんが尋ねてくるので、むふふと笑いそうになるのを我慢して


 「……それじゃ、あなたの方から今回の喧嘩は謝りなさい。たとえ自分は悪くないと思っていても……わかった?」


 そう言ったら『はぁ……』と溜め息が聞こえたあとに


 『わかったよ、水無瀬さん』


 と言われ、我慢できず笑ってしまった。蛍ちゃんの彼氏さんとは面識ないはずなのに私のことを知っている、つまり蛍ちゃんが話したってことなんだろう。


 『水無瀬さんのことは蛍から聞いてるよ、蛍と仲良くしてくれてありがとうな。ところで今どこだ?蛍にはあれほど外で飲むなって言ったんだけどな……』


 「それじゃ、お迎えお願いします、場所は……」


 と彼氏さんに居酒屋の場所を教え、私達を狙う男の子をあしらいながら待っていたら、背の高いスーツ姿の男性が私達の目の前に現れた。


 ☆☆☆☆☆


 昼間は仕事をして、夜は大学の講義に出て、講義が終わった後に神宮寺と食事をしていたら携帯電話が鳴った。電話に出たところ、蛍の女友達が蛍に酒を飲ませたら潰れてしまったという話だった。俺は神宮寺に理由を話し謝り、その場の食事代を置いて慌てて蛍の友人の水無瀬さんが教えてくれた居酒屋に向かった。居酒屋に着き、学生達が集まっている座敷に入ると周囲の眼がこちらに向くが気にせずに横になっている蛍の前にしゃがみ


 「……蛍、迎えに来たぞ。帰ろう?」


 蛍はちらりとこちらを見たが意識はあるのかないのかわからないような状態だ、それでも俺が声をかけたら両腕を伸ばしてきたので抱き抱える。蛍を介抱してくれていた女性が友人の水無瀬さんなのだろう、美しい長い黒髪のすらりとした美人さんだった。


 「君が水無瀬さん?蛍が迷惑をかけたね、俺は蛍を連れて帰るけど君はどうする?」


 そう尋ねたら、水無瀬さんは俺の顔を見てにぱっと笑い「私も蛍ちゃんが心配だから帰るね」と周りの学生達に言ったら非難の声が上がった、水無瀬さん狙いの男たちなのだろう。


 「水無瀬さんも、そっちの彼女も頼んだ酒が残ってるし、勿体無いから……」


 そんな理由をつけて引き留めようとするので、蛍をそっと寝かし俺が二人のグラスを飲み干した。おう、随分と人の恋人に強い酒を勧めてくれたなと連中を睨み黙らせ


 「水無瀬さん、行こうか」


 と、蛍を背負いながら声をかけたら、水無瀬さんは唇に手を当てながら少し顔を赤くしていた、少し酔っているのかな?


 蛍を背負いながら水無瀬さんと並び歩く


 「ふふ、蛍ちゃんはお酒弱いんだねぇ」


 水無瀬さんは俺の背中で眠っている蛍を見ながら話しかけてくる。


 「……そうなんだ、俺の居ないときに外で飲んで欲しくないんだが……」


 「……そうか、もう蛍ちゃんとお酒飲めないかなぁ」


 と残念そうに言うので


 「それじゃ、今度、三人で家で飲もうか?それなら蛍が潰れても安心だ」


 「ほんとっ!?絶対だよ!」


 蛍に相談もなく約束してしまったが……これだけ迷惑をかけてしまったので蛍も了解してくれるだろう。


 「それじゃ、水無瀬さん。家まで送るよ」


 と言ったら「ううん、タクシーで帰るから大丈夫、蛍ちゃんの方を心配してあげて。あと、きちんと仲直りすること!」


 そう笑って手を振って駅の方に向かっていった、まだ人通りもあるから大丈夫だろう。さて……


 「……蛍、起きてるんだろう?」


 先程から首に回している腕に力が入っていたので気が付いているんだろうとは思っていた。


 「水無瀬さん、いい子じゃないか」


 そう言ったら首を絞める力が強くなった、もしかして妬いてるのか?


 「……水無瀬さんに関して別に他意はないぞ?それより……昨日のことは悪かった」


 俺の方から謝ったら、蛍は慌てて「わ、私こそ」と話し始めたので


 「いや、蛍がああいう雑誌を気にするって分かっていたなら、必要な資料だけコピーするなり配慮するべきだった、だから俺が悪い」


 そう言ったら蛍も自分の悪かった所を話し始めた。捨てたと言っていたが本当は捨ててなかったとのことで、どうやら神宮寺に借りた雑誌は返せそうだ。


 「……まぁ、今回は俺が悪かったことにしときな、だから許してもらう為に何でも蛍の言うことを聞くぞ?どうして欲しい?」


 そう尋ねたら、蛍は少し考えた後に


 「……それじゃ、百回『愛してる』って言ってください。そうしたら許してあげます」


 そんなことを少し恥ずかしそうに言うので、蛍を背負いながら帰り道ずっと囁き続けた。ちょうど家に辿り着いた頃には手打ちということになった。


 ☆☆☆☆☆


 先輩と喧嘩して、きちんと仲直りできた。喧嘩するほど仲が良いっていうし、お母さんもきちんと彼氏とお互いに言いたいことが言えないのは心配だわと言っていたので


 「私達もきちんと喧嘩して仲直りしたよ!」


 ってお母さんに報告したら


 『……あなた、何を言ってるの?馬鹿じゃないの?』


 って呆れられた。お母さんが言ったのに!!

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る