『腫れ物扱いの先輩が、私には優しい』⑥


 先輩が大学に合格した、喜ばしいことのはずなのに……私の心の中には灰色の何かが存在した。


 先輩が合格したご褒美が欲しいと……私を求めてきた。勿論、私も先輩に求められ嬉しかった。


 「……ごめん」と果てる時の声も表情もとても切なそうで抱き締めたいくらい愛しい。


 普段ならそこで終わる情事も今日は私から「もっと」と求めてしまった。それは先輩と離れ離れの生活が近いことの喪失感からくるものだろう。


 先輩がシャワーに入っているときに小さな箱の中のものに針で穴を開けたら……赤ちゃんができたら……先輩は遠くにいかないでくれるかもしれない……そんなことも考えていた。でも、先輩の努力やお父さんとお母さんの悲しむ姿を考えたらそんなことは勿論できなかったが……


 でも、私がどうしても切なくなって「私も連れていって」と言ってしまった時に


 ……先輩が私にも言えなかった本音を初めて言ってくれた。


 『……俺は幸せな家庭を築く自信がないんだ……』


 ……先輩は幸せな家庭を知らない……だから先輩のお父様の様になって幸せな家庭を作れない不安、それでも私との将来を望み、そして私の両親が悲しい思いをしないように考えて……正しく生きる道を歩もうとしている。


 先輩はご両親がなく、これから生活費も自分で稼ぎ、学費も稼ぐ……それがどれだけ大変なことか恵まれている私には想像もつかないことだ。


 ……漸く、私も気付かされた、先輩に幸せなお嫁さんにしてもらうのを待つのではなく、私が先輩を幸せにしてあげなくちゃいけないんだということに……そんなことに今更、気づくなんて本当に馬鹿だ。


 ……私が先輩を幸せにする。その為にはどうすれば良いか……考えなくてはならない。


 

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