第68話


 食欲の秋と言うように秋は美味しい食材が豊富だ。


 「先輩、秋刀魚が焼けました」


 「美味そうだ、やっぱり秋と言えば秋刀魚だな」


 蛍が安く売っていた秋刀魚を買ってきてくれて焼いてくれた。白いご飯に味噌汁と秋刀魚に大根おろし……もう何も言うことはないだろう?


 「蛍、いつも料理してくれてありがとうな」


 「……いえ、なんでもないですから」


 照れる蛍に感謝して食事をしていた時にふと思い出したので


 「すまん、蛍。テレビを点けてくれないか?」


 「え?はい……」


 蛍にお願いして、うちのリモコンの無いテレビを点けに行ってもらう。蛍が屈むと……前は見えたのになぁ……残念。


 蛍のお尻を見ながら指示してチャンネルを替えてもらう。


 「……演芸番組ですか?落語って書いてありますけど」


 「ん?言ってなかったっけ?落語観るのも好きだぞ」


 テレビの中の噺家さんが話しているのを二人でぼんやり観ているのだが……蛍はあまり興味がないようだ。


 「……先輩、落語って面白いんですか?」


 「そうだなぁ……古典落語とか普遍的な人の業ってものが描かれていて今の人間でも当てはまるなぁって思う噺もあるんだよ」


 「……そうなんですか?」


 「あとは古典落語なんて同じ噺を他の人もやるわけだから……噺家さん達は比較されるんだよね……観客に」


 漫才とか他のお笑いはそのお笑い芸人のオリジナルで勝負をしてるわけで……そのオリジナルの武器が他の人のオリジナルより面白いか、そして飽きられてないか……という勝負になるが。


 落語とか講談は他の人も同じ噺をする、自分も何年も同じ噺をする……他の噺家さんとの比較もされるし、過去の自分とも比較をされる……大変な芸なんだ。


 「噺家さんは六十歳越えた頃が油がのってるって思うくらい深い芸だと思うよ」


 若い勢いのある噺も良いけど、年を重ねて肩の力の抜けた自然な噺が素晴らしいんだと蛍に説明する。


 「……あとは生で観ないと伝わらない部分もあると思うから、いつか寄席に行って二人で観るのも良いかもな?」


 都内の寄席ならお弁当食べながら見れるところもあるからと蛍に言ったら「……そうですね、そういうデートも良いですね」と言ってくれたので一度は行きたいな。


 「……そういや、蛍。この秋刀魚は何処で買ったんだ?」


 「……近所のスーパーですけど?」


 「そうか、蛍。秋刀魚は近所のスーパーに限るな」


 俺がそう言うと蛍は不思議そうに首を傾げた。


 

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