第69話 吸血鬼達の反乱 ➄

ビルの屋上から飛び出した人影が、都会の空を駆けて行く。


金砕棒を肩に乗せ鬼神化した正人に、横に並ぶ隼人が声をかけた。


「こんな姿で移動していて大丈夫なのですか?」


「心配ないさ。誰も夜空なんて見ていないから、姿を見たとしても幻か目の錯覚ぐらいにしか思わないよ」


「こうして、正人と一緒に移動できるとは、嬉しいね」と、涼し気な顔で一緒に移動する君人が話す。


「正人さんと君人さんは、昔ながらの友人なのですね」


「友人か、良い響きだが。どうなんだろうな、正人」、チラっと君人は正人の横顔を見た。


「今は、紛れもなく心許せる友人だよ。あの時は、俺の勘違いだったから仕方が無いだろ」と、正人は白い牙を見せた。


「何を勘違いしたんですか? 正人さんの事だから、敵だと思って暴れたとか」


「人聞きの悪い事を言うなよ、隼人」


「ははは、その通りだよ。吸血鬼退治をしていた正人に、僕等は襲われたんだよ」


「勘弁してくれよ、あの時の間違いは、直ぐに謝っただろ」


「そうだったな。でも、隼人君、勘違いとは言え、正人は僕だけでなく祖父にも喧嘩を売ったんだよ」


雰囲気だけで実力が垣間見える相手に喧嘩を売るなんて、本当に怖いもの知らずだなと、隼人は呆れた顔を見せた。


「そろそろだね、二人とも僕につかまって」と、君人は二人の手を取った。


品川から海に出た彼らは、空を飛んでいた。


君人の背中から大きな翼が見える。天使の物とは明らかに違う、彼の黒色の羽は、コウモリの羽だった。


海を越えた先の埋め立て地を目指していた。


そこは、商業施設やテレビ局のあるお台場だ。テレビでしか見たことの無かった風景に、隼人は目を奪われ眺めていた。


真上から青梅中央ふ頭公園の中に降りて来た彼らは、素早く身を隠した。近くには、配送センターやら倉庫が並ぶ。


「情報では、この近くの倉庫に集まっているらしい。連れ去られた人達も、ここに居るはずです」


「どうする、一気に攻め込むか?」


「正人さん。ちょっと、それは無謀な作戦だと思いますよ。せめて、役割分担を決めておきましょうよ」と、隼人は提案した。


「そうですね。隼人君の言う通り、攻撃、サポート、人質の救助を誰がするか決めておきましょうか」


「それなら、俺が攻撃で君人がサポートだな。初めて吸血鬼の集団と戦う隼人には、人質の救出をしてもらおうかな」


「分かりました、それでは行きましょう」


「ただ、最初の攻撃で敵を混乱させたいから、敵陣に飛び込む前に隼人が雷撃をぶちかますで良いな」


「へえー、隼人君は、そんな攻撃が出来るのですか」


「君人、龍神化する人間は、初めてだろ。かなり凄いぞ」


「それは、興味深いですね」と、君人は笑顔で答えた。


反乱を企てる吸血鬼達が集まる倉庫は、直ぐに見つかった。屋根の上から天窓を覗き込むと、いかにもガラの悪そうな男達が楽しそうに騒いでいる。


中央に集められた若い女性達が、身を寄せ合っている姿を見た隼人は、気が急くのか、直ぐにでも飛び掛かりそうな勢いで口を開いた。


「雷撃を食らわせましょうか?」


「まだだ、隼人君。静の姿が見えないから、もう少し待って欲しい」と、隼人の肩に手を置いた君人が、彼を制止した。


まだかまだかと、固唾を飲む隼人に対して、正人と君人は冷静に建物の中を観察していた。男達が女性達をからかう様な態度を取る度に、隼人の体が動く。


隼人がじっと拳を握りしめて我慢をしていると、騒いでいた男達は急に静かになり、整列し始めた。


「お待ちしておりました、静様」と、男達は一斉に声を揃えた。


妖艶な雰囲気に包まれた女性が、男達の前に姿を現した。


長く光沢ある黒髪に燃えるような赤い瞳、花魁の様な姿で肩を出し太ももを露わにする女性は、手にする扇子で口元を隠す。


「お前達、収穫はこれっぽっちか。私を驚かす、男はいないのかね」


「若く健康的な女を五人用意しましたが、少なかったでしょうか」、リーダーを務める派手なアロハシャツを着る男が静かに報告をした。


「甘く見るんじゃないよ」と、彼女は扇子を折り畳み、リーダーの男の顔を叩いた。


「申し訳ございません」と、男が答えると、静は扇子の先を男の額に当てた。


「こんなことじゃあ、本家が出て来たら、あっという間に殺されるよ」


静の姿を見ていた正人がボソッと小声で、「御淑やかで大人しい、大和撫子だったのに」、まるで年の離れた妹の変わり果てた姿に驚く兄のようだった。


「よし! 役者は、全員揃った。一気に攻めるぞ」


正人の掛け声を合図に、隼人は天窓をぶち破り人質にされた女性達の前に降り立った。薄暗い倉庫の中だと、彼の全身を包む光は明るく感じる。しかも、直ぐにでも雷撃を放とうとしていた彼の周りで発生した電気が、パチパチと弾けていた。


「うぉりゃあああ!!! 飛電ひでん


空気を切り裂き、龍が駆け巡る様に倉庫の中を稲妻が走った。

まともに雷撃を食らった男達は、ぶすぶすと体から煙を出す。

それ以外の男達は、感電のショックで動きを止めた。

素早く身を屈めた静は、隼人を睨みつけていた。


「さあ、早く僕と一緒に逃げましょう」と、隼人は女性達を外へ案内する。


「逃がさないわよ! お待ちなさい」、扇子を広げた静の前に、上から落ちて来た金砕棒がコンクリートの床に突き刺さった。


土煙の中から正人が姿を見せる、「久しぶりだな、静。大人しくしてもらおうか」


「あら、正人じゃないか。あんたが、こんな所に居るなんて」


「まさかお前が、問題児になるとは思いもよらなかったよ」


「意外だったでしょ、邪魔しないでね」と、扇子を手に舞いだした。


鋼で出来た扇子を武器に静は、正人の体に傷を付けて行く。


「ちっ、これはお前が得意とする死の舞か」


「美しいでしょ、容赦しないから。血しぶきを上げながら、あなたも一緒に踊って」


扇子を避けながら正人は、金砕棒をグルグルと回しながら攻撃する。

蝶のように宙を舞う静は、高笑いを上げた。


「力任せに金砕棒を振り回しても当たらないわよ、正人。どうしたの?」


金砕棒を静か目がけて投げつけた正人は、宙で一回転する彼女の襟首を捕えようと手を伸ばした。


正人の肩を踏み台にして後ろへ飛んだ静は、壁に突き刺さる金砕棒の上に着地する。


チラっと横目で、静の手下となった男達の首を次々にはねる君人を見た。


「お兄様は、手加減してくれないのね。残念だわ」と、静は首を横に振る。


手下の男達全員を始末した君人が、正人の隣に並んで立った。


「雑魚は、片付けたよ。手こずっている様だから、手伝ってあげるよ」


「有難いな、同時に攻撃を仕掛けるか」、正人と君人は左右に分かれて走り出した。

 

衝突音と笑い声が響く中、女性達を安全な場所に避難させ戻って来た隼人は、床一面の血だまりに足を踏み入れるのを躊躇っていた。


凄惨な光景だなと、思いながら隼人は前を向く。

スピードで勝る静かに苦戦する正人と君人の姿に、隼人は首を傾げた。

二人は、あのスピードに付いて行けないのか?

静を目で追う隼人には、彼女の動きが良く見えていた。


“お前なら余裕であの女を捕まえられるな。もたもたしないで、早く参戦しろ”と、龍は隼人を急かす。


床を蹴り上げ飛び上がった隼人は、静の首に狙いを定め右腕を横に振り龍の爪を放った。


「ちっ・・・」、龍の爪が静の首をかすめた。


手で首元を押さえた静は、頭に血が上り集中力が切れてしまった。

動きが鈍くなった彼女を見逃すほど、正人と君人の攻撃は甘くなかった。

正人の拳が静の腹部に入ると、君人の手刀が彼女の背中を切り裂いた。


「ぐっ・・・はぁ」、前のめりで片膝を床に付いた静は肩で息をする。


「いい加減、観念するんだな」と、正人と君人は立ち止まり静を見下ろした。


「坊やだと思って油断したわ」と、隼人の方を見たが彼の姿は無かった。


息苦しさを覚えた静は、自身の胸元を貫く腕に気が付いた。

「坊やでは、ありませんよ」


「あっ、ははは。三対一では、やはり分が悪かったわね」


歩み寄り静の顎に触れた君人は、彼女の口元から流れる血を拭った。

「これまでだ! お前の処分は、お爺様が決めるだろう」


「はぁー、か弱い人間より強靭な吸血鬼の支配する世界が見たかったのに。・・・皆で私の邪魔をするのね」


「あの大人しかった静が、己の欲望に溺れるとは信じたくなかったな」と、正人は項垂れる静の頭を撫でた。


「バカ・・・、正人は優しすぎるのよ」と、静が蚊の無く様な声で呟いた。


「協力に感謝するよ、正人。後の事は、我々で対処する」


「ああ、分かった。また、何かあったら遠慮なく声をかけてくれ」、君人の肩に手を置いた。


「隼人君も有難う」


隼人は、照れくさそうに軽く頭を下げた。

 

吸血鬼が引き起こした事件は、彼らのルールにのっとって解決する。彼らにとって、今回の様な事件は良く起こるらしい。


人間との共存を選んだ時点で、常に意見の相違や衝突が起こるのは、彼らも覚悟しての事だろうが、人間にとっては迷惑な話だ。


帰り際、正人は隼人に、吸血鬼が絡むと何時も血なまぐさくなるから嫌だと不満を漏らしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る