第66話 吸血鬼達の反乱 ②

「これで、何をするつもりなの? まるで吸血鬼退治をする見たいじゃない」


正人から頼まれて聖水を持って来た桜は、二リットルのペットボトルを二本、テーブルの上に置いた。


「その通りだ! 吸血鬼退治の仕事が入ったんだよ。どうやら、大阪市内の繁華街に潜んでいるらしい」


「どうやって、吸血鬼を退治するのですか? 吸血鬼は知っていますが、詳しい知識が無いので、分からない事だらけですよ」と、隼人はペットボトルに入っている聖水を水鉄砲に入れた。


彼が手にする水鉄砲は、通販サイトで見つけた1500ミリリットル入る大容量の水鉄砲だ。エアー圧縮式で、飛距離は10メートルと説明書に書いてあった。


「ふーん、私も詳しい事は知らないけど。聖水と十字架やニンニクが嫌いだとか、杭で心臓を突くと死ぬとかじゃないの?」と、桜は、机で資料を読む正人を見た。


「吸血鬼は、だな。映画とかの題材に良くなるから、そこからの知識が正しいと思いがちになるが、実は少し違うんだ」


正人が話す吸血鬼は、こうだ。


ニンニクや強い香草などは、苦手としているだけ。

日光を嫌うが、浴びても灰にはならないし、死なない。

聖水を浴びせると火傷を負わせる事が出来るが、簡単には殺せない。

十字架を見せても、触れさせても、それだけでは何の効能も無い。それを使う者の信仰が、重要らしい。

確実に殺す方法は、心臓に杭を打つ、首を切り落とす、死体を燃やす、銀の弾丸を心臓に撃ち込む。


「十年ほど前に退治したことあるが、その時は、首を落として燃やしたよ」


「うーん、聞いていると、残酷な方法を取るのね」、桜はブルッと身震いした。


「それじゃあ、桜が持って来た聖水だけでは、倒せませんね」と、隼人は手にする水鉄砲のトリガーを少し引いた。


水鉄砲から勢いよく水が飛び出ると、天井から水滴が落ちて来る。コラッと、茜は隼人を叱った。


「何をやってんだか。まあ、聖水は、奴の動きを止めるために使うのさ。吸血鬼を捕まえたら、素早く首を切って四郎に燃やしてもらおうかと考えていた」


「今日は、私も正人も、二人とも夜勤になるのかしら」


「お願いできるか? 深夜手当を付けるから」


「僕は、大丈夫ですが・・・。夜勤だけでなく、肉体労働になりそうだけど、桜は良いのか?」


「もちろん、任せて。私、こう見えても運動神経は良い方だもの」と、肘を曲げて小さな力こぶを作って見せた。


「今晩の九時から現地に入ろうか。それまでは、準備をお願いする」


「先に晩御飯を食べてから行きたいけど、正人の奢りで何か食べさせてよ」、おねだりをする桜は、後ろから椅子に座る正人の肩を揉んだ。


「俺にたかるのかよ。仕方が無いな、中華だぞ。それ以外は、高くつくから駄目だぞ」と、正人は、懐の財布を取り出し悲しそうに中身を確認した。 

 

大阪市北区の商店街は、平日だと言うのに多くの人で賑わっていた。


つなぎ姿で水鉄砲を背負う隼人は、目立っている様に感じ、気恥ずかしそうに商店街の中を歩いていた。


そんな彼に周囲は、全く関心を示さない。彼らの姿は、仮装したバカなカップルとしか目に映っていないのだ。


それに比べ桜は、何とも思っていないのか、堂々と闊歩する。


「しっかり、周囲を見ていてね。怪しい、奴が居たら教えて」


「ああ、分かった。けど、会社帰りの人が多いね」


「でも若い人が中心ね。大学生らしい人の姿も多いわよ」


すれ違う人と肩がぶつからないように、気を付けながら並んで歩く二人の前で、金色のネックレスを胸元で光らせる若い男が、会社帰りの女性に声をかけていた。


怪しいと言えば怪しい雰囲気の男だが、ただ女性をナンパしているだけなのかと、何気なく隼人は彼を見つめた。


女性を追いかける彼が近づいて来ると、すれ違いざまに嫌な匂いが鼻に付いた。

香水で誤魔化している様だったが、彼が漂わせる匂いは死臭だ。


「桜、今の人、普通の人じゃないよ」


「えっ、誰? どの人なのよ」、慌てて桜は、振り返り人混みを見た。


「さっき、女性をナンパしていた若い男だよ」


立ち止まり注意深く人混みを凝視する桜は、しつこく女性に声をかける男性を見つけた。


「居た! 彼ね、あの、今女性に声をかけている男性ね」


「そうだ、彼だよ」


耳のイヤホンを手で押さえながら桜は、「正人、怪しい奴を見つけたわよ」


「分かった、直ぐに行くから。二人とも、深追いして悟られるなよ」


「了解!」と、隼人と桜は声を揃えた。


チェーン展開する居酒屋の前で待っていると、正人がやって来た。いつもの黒色のスーツ姿の彼は、人混みに馴染み過ぎて二人とも傍に来るまで気が付かなった。


「報告のあった怪しい男は、今どこだ?」


「女性と二人で、この店に入って行ったわ」と、桜は居酒屋の看板を見上げた。


「入ったばっかりなので直ぐ出てこないと思いますが、此処で待ちますか?」


ポケットに両手を突っ込む隼人は、まだ自分の格好を気にしているのか、俯きながら周囲を見渡した。


「いや、二人は居酒屋に入って男を監視しろ。俺は、此処で長老と四郎と一緒に見張っているから」


明らかに乗り気でない隼人は、気持ちが顔に出てしまった。そんな事には、お構いなしの桜は、彼の腕を掴み強引に引っ張った。


「分かったわ。じゃあ、中に入ろうか」


猫の姿の長老は、呆れた様子でニャーとネコらしい鳴き声を出すと、のそのそと入り口近くの物陰まで移動して箱座りした。


「あの二人、だいじょうぶかな」と、正人の肩に乗る四郎が彼の耳元で呟いた。

 

店の中に入った隼人と桜は、女性を口説く怪しい男の後ろの席に案内された。

隼人は、椅子にもたれながら聞き耳を立てていた。


「何にする? 私は、抹茶和風パフェにしようかな」、桜は話しかけても返事をしない隼人を見た、「ちょっと、聞いているの? 隼人は、何にするの」


「ご、ごめん。僕は、コーラで良いよ」と、隼人はメニューも見ずに適当に答えた。


「もう、仕事バカ。じゃあ、注文するからね」


「ありがとう、でも少し声のトーンを下げて欲しいな」と、桜を嗜めるような仕草を取った。


「ふん、知らない」と、膨れっ面になった桜は、顔を横に向けた。


イヤホンから聞こえる隼人と桜の会話を聞いた正人は、「本当に隼人は、鈍感だよな」と、小声で話した。


「人のことは、言えないよ。正人もじゅうぶんドンカンだし、仕事バカだよ」と、四郎は正人の頭を撫でた。


「言葉遣いは悪くないけど、四郎は、痛い所を突くね」


長丁場にならなければ良いがと思いながら正人は、シャッターを閉める店先でしゃがみ込み、銜えたタバコに火を付けた。


待ちくたびれた正人が、大きな欠伸をした時、イヤホンから隼人の声が聞こえた。


「男が女性を連れて店を出ます。今、レジで会計をしています」


立ち上がった正人は、「店から出て来たら、そのまま彼らを尾行するから、お前達も直ぐに来てくれ」


「分かりました、僕たちも会計後に直ぐに追いかけます」と、隼人の声の後に桜の声が聞こえる、「待ってよー。直ぐに食べちゃうから」


隼人のため息が聞こえ、「どうしてこんな時に、そんなものを頼んだのか」


「仕方が無いでしょ、限定よ。今しか食べられないこのふわトロプリンが、どうしても食べたくなったの」


「もう、分かったから。早く食べて、正人さんを追いかけようよ」


イヤホンから聞こえる二人の痴話げんかに、吹きだしそうなるのを我慢して正人は、店から出て来た男女の後を追いかけた。


男は足元のふらつく女の肩を抱きながら、アーケードに覆われた商店街の通りを歩いて行く。途中で道の端の方へ移動して行くと、左に曲がり路地裏へと入って行った。


正人は、気付かれないように注意しながら路地を覗き込むと、足を止めた男は女を壁にもたれさせて、彼女の髪を掻きあげていた。


追いついた隼人と桜は、正人と同じ様に路地裏を覗き込む。


「どうですか、正体を現しましたか?」と、隼人が声をかけると、シーと正人は指を口に当てた。

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