第64話 事故物件の幽霊 ➄

深夜、藤崎の暮らすアパートの駐車場に、正人達は車を停め中で段取りの確認をしていた。

 

桜は血で染まったように見える白いシャツを着て、顔が青白く見える様に化粧をする。

 

美玖は、殺害時に鮎川が着ていたのと同じルームウェアを着ている。既に鮎川は、彼女に乗り移っていた。

 

隼人は、万が一に備えて両腕に籠手を装備した。


「みんな、準備は出来ているな。俺が部屋の鍵を開けたら、鮎川さんが最初に入って奴を驚かす。美玖に接しながら体から抜け出ると、幽霊が見えない人でも見えるはずだから。その後は、桜が血まみれの幽霊を演じる」


「了解です」と、桜と鮎川は正人に敬礼した。


「正人さんと僕は、どのタイミングで部屋に入りますか?」


「それはだな、臨機応変に対応するって事でどうだ」

 

やっぱりと、声には出さなかったが、行き当たりばったりの作戦になると、隼人の予想していた通りだった


二階にある藤崎の部屋の鍵を正人が開けると、音を立てないようにドアを開けた。

 

鮎川は、そろりそろりと部屋の中に入る。

 

藤崎は几帳面なのか2LDKの部屋は、綺麗に片付けられていた。

 

ダイニングキッチンを通り抜け、鮎川が洋室の部屋のドアを開けると、ベッドに横たわる男の姿を確認した。

 

何が起こるか分からないので、隼人は先に洋室に入ると、見えないように壁際でしゃがみ込んだ。

 

足音を立てずにベッドの脇まで近づいた鮎川は、男の耳元で大声を出した。


「きゃー、人殺し!」

 

藤崎は、驚いてベッドから転がり落ちた。


「だ、だ、誰だ。・・・お前は、誰だ。何なんだよ一体」、暗闇に立つ女性に驚いているのか、藤崎は枕を抱きしめていた。


「二年前にあなたに殺された女よ、覚えていないの?」


「そんなバカな、お、俺は誰も殺していない」


「じゃあ、この私の姿を見ても同じことを言えるかしら」と、美玖の体から上半身だけ鮎川は姿を現した。演出にこだわったのか、彼女は目からは血の涙を流し、口からも血を流していた。


「お、お前は、鮎川明美か」


「ほら、どうして私の名前を知っているの。あなたが、包丁で私を刺したのよね」


「俺の物にしようとしただけだ。お前を愛していたのに、全然振り向いてくれなかった。俺ならお前を幸せに出来ると、思っていたのに。手に入らないなら、お前を殺して、俺の中で生き続けさせたかった。今も俺の中で、お前と愛し合っている」

 

恋愛感情を鮎川に抱いた藤崎は、彼女をストーキングしていた。


思いを募るだけでは、彼女に彼の偏った愛は伝わらない。


精神が病み妄想と現実の区別が出来なくなると、彼女を殺せば自分のものになると彼は思うようになった。


「自分勝手な男、復讐してやるから」

 

ひっ、ひーと、藤崎は立ち上がりリビングへ逃げた。


「まだ、分からないの!」、血まみれのシャツを着る桜が立ちふさがった。


「や、止めてくれ、俺は悪くない」と、藤崎は暗闇の中をテーブルや棚にぶつかりながら手探りで逃げ回る。


「殺されたくなければ、警察に自首しなさい」と、洋室から出て来た鮎川が藤崎に迫った。

 

藤崎は、台所の水切りラックにあった包丁を手にした。


「もう一回、死んでくれ。君は、永遠に俺の中で生きるんだ!」

 

包丁を振りかざして藤崎は、鮎川に向かってくる。


危険を察知した隼人は、鮎川を抱き寄せ、籠手で藤崎の包丁を受け止めた。

 

龍神化する隼人の体から金色の光が放たれる。


「うわぁ、ひ、光っているのか、ば、化け物だ」

 

尻もちを付いて、包丁を床に落とした寺崎は、四つん這いで逃げようとする。


「男らしく無い奴じゃな、儂にありがたく喰われろ」

 

猫又姿の長老は、前足で寺崎の背中を踏みつけた。

 

うぐっ、寺崎はそのまま床にうつ伏せになった。

 

寺崎の目の前にトコトコと四郎がやって来ると、ぶわっと炎を身に纏った。


「逃げるの、食べるなら、焼いた方が美味しいよ」


「嫌だ、止めてくれ・・・、うぐっ、誰か、誰か助けてくれー」

 

涙目で訴える寺崎の髪の毛を鬼神化した正人が引っ張り上げ、彼の顔を見る。


「お前は、このまま地獄に行くんだ。永遠に焼き尽くされ苦しみ悶えよ」


「うわぁぁぁぁぁぁぁ、お、鬼だ、鬼・・・」

 

気を失いそうになる寺崎の頬を正人は、平手で叩いた。


「今すぐ警察に行って自首するか、此処で喰われるか、地獄に行くか選べ」


「警察・・・、行きたくない、でも死にたくもない、どうしたら良い、どうする・・・、どうしたら良い?」、パニックになる寺崎は、恐怖で決断できないのか、同じ言葉を繰り返す。


「えええい、我慢ならん、こいつを頭から喰う」と、寺崎を踏みつける足に力を入れた長老は、舌で彼の顔を舐めた。


「ぐえっ、うっ、う・・・う、自首する、自首するから、助けて・・・苦しくて息が出来ない」

 

えずく寺崎の襟首を片手で持つ正人は、玄関へと彼を引きずって行った。


「早く行け、俺達はお前をずっと見ているからな。嘘をついたら、お前の命は無いものと思えよ」


「分かりました、ごめんなさい・・・」、裸足のまま寺崎は玄関を飛び出して行った。


「有り難うございました。これで何も思い残すことは、ありません」


「これで良かったのかな」、隼人は、物足りなさを感じていた。


「進、いえ、早川の無実が証明され、彼が自由になれるのですから」


「もう、思い残す事は無いな」と、正人は鮎川に話した。


「はい。何か、気持ちが落ちついて安らかな感覚になるので、これで良いのだと思います」、美玖の隣に立つ鮎川の姿が薄くなっていく。

 

鮎川の魂は、薄明りに包まれる。丸い小さな光の玉が彼女の周りに漂い始めた。


「じゃあね、バイバイ」


「美玖ちゃん、体を貸してくれてありがとう」


「さようなら、幽霊の鮎川さん」


「桜さん、元気でね。隼人君を美玖ちゃんに取られないように気を付けてね」

 

口を開いた桜を鮎川は抱きしめ、耳元で何か話した。


「分かったわ、有り難う」と、桜が答えると鮎川は離れた。

 

光と一緒に、鮎川の姿は消えた。


最後に彼女が桜に何を話したのかは、桜にしか分からないが、満足して成仏してくれた。


「最後に何を話したのだ?」


「正人には、関係無い事よ」


「なら、隼人の事か?」


「男性には分からない、女性だけの秘密よ」と、後ろ手を組む桜は、笑いながら答えた。

 

女性だけの秘密と聞いて、正人と隼人は、どうせ男には理解出来ない内容だろうと、それ以上深く聞かなかった。


寺崎は、約束通り近くの交番で二年前に殺人事件を起こしたことを告白した。


顔面蒼白の彼は、アパートに化け物が居るから直ぐに保護してくれと訴えていたらしい。不審に思った警官が、確認のために彼のアパートを訪れたのは、正人達が去った後だった。


寺崎の自供によって、当時のずさんな捜査が、白日の下に晒される。

 

状況証拠だけを重視し、被疑者の言葉に耳を傾けず、捜査員の思い描く裏付けを取りたいが為に、強引な取り調べを推し進めた結果がもたらした冤罪だった。

 

早川は、突然面会にやって来た弁護士から真犯人が自首してきた事を聞いた。

 

彼は再審請求をし、これから弁護士と共に無罪の主張と即時釈放を求める。

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