第50話 殺人鬼 ③
午前三時、小田川紀夫は薬の切れた中毒者の様に、ソワソワと落ち着きを無くし家の中を歩き回る。
しきりにブツブツと独り言を話す彼は、右こぶしで自分の太ももを何度も叩いた。
「朝になったら、朝になったら・・・獲物を探しに行こう。それまでは我慢だ、我慢、我慢、我慢・・・」
落ち着きのない彼は、連続殺人犯だ。
十代後半から二十代の自分好みの女性をさらっては、子供のおもちゃの様に傷つけ苦しめてから殺している。
その行為に彼は性的興奮を覚え、止められなくなっていた。
認知症を患う母親を施設に預けてから、彼は独りで暮らしている。
近所づきあいの無い彼の殺人に気が付く者はいない。
そう、誰も止める者はいないのだ。
三十代後半の彼は、見た目は人の良さそうな小柄な中年男性。
薄くなった頭を隠すことなく短く揃えた髪の毛、人当たりの良さそうな顔立ち、少し腹が出た体型だ。
元々フリーターだった彼は、母親の介護を機に仕事をしなくなった。
生活費は、亡くなった父親の貯えと母親の年金で十分に賄えた。
そんな彼が殺人を始めたのは、二十代半ばからだ。
不定期に襲い掛かる欲望を抑える事が出来ず、本能の赴くままに女性を誘拐し始めた。
自由気ままに行動する彼にパターンは存在しない。
定期的な衝動に駆られる訳では無いので、時間の経緯もバラバラだった。
殺人を犯してから次の犯行まで、1年以上経つときもあれば、数日で再び犯行に及ぶこともあった。
死体の処理も適当で、今回の様に下水道に捨てることもあれば、切り刻んで生ごみと一緒に捨てることも多かった。
ゴミ回収業者からすれば、まさかバラバラの人間の死体が袋の中に入っているとは思いもしない。
警察は、この連続殺人の存在に気が付いていなかったのも事実だった。
誰も気が付けず、連続殺人犯の小田川を放置していたのだ。
朝の通勤時間になると小田川は、スーツを着て家を出る。
通勤で人の往来が増える通りや駅周辺では、スーツの方が違和感無く人ごみに紛れることが出来るからだ。
二時間ほど駅を中心に好みの
一旦家に帰ると小田川は、半袖のポロシャツと黒のスラックスに着替えた。
近くに居ないのなら遠出をしてでも、好みの女性を見つけたくなる。
はやる気持ちを抑え、畳みの上にの転がった。
目をつぶり先週いたぶり殺した女性の苦しむ顔を思い出しながら、小田川は口角を上げた。
良かった。彼女は、俺を十分に楽しませてくれた。
ナイフの刃が彼女の肌に浅い傷を付ける度に、期待通りの反応を見せてくれた。
ただ、壊れるのが早かった。
殴打した後に暴れるから手元が狂ってしまい、致命傷を負わせてしまった。
せめて後一日は、楽しませて欲しかったのに。
次の
気が付かないまま眠りに落ちていた小川は、目を覚ますと帰宅する人が増え始める十七時になった事を壁掛け時計で知った。
そろそろ出かけるには良い時間だなと、駐車場に停めてある黄色のワンボックス軽に乗り、彼は京都方面に向かって車を走らせた。
小田川は、鼻歌を歌いながら信号待ちをする度に、横断歩道を歩く人を凝視していた。
京都市内に入り暫く車を走らせると、五条通を通り鴨川を渡る。
東山五条を右に曲がり清水通りを少し進むと、突然ガタガタと車体が揺れだした。
何が起きたのか、彼はサイドミラーを見た。車体が少し傾いている様に見える。
小田川は、脇道に入り車を停めた。
後輪のタイヤがパンクしている。
やれやれと、彼はジャッキと工具を出し手早くタイヤ交換を済ました。
ジャッキや工具を片付けていると、車の前にバイクが停まった。
「大丈夫ですか?」、小田川に近づきヘルメットを脱ぐと、長い髪を後ろで結った帰宅途中の茜だった。
「ええ、タイヤがパンクしてしまって」
それは大変と茜は、親切心から何か手伝えることは無いか小田川に聞いた。
思わぬ所で好みの
茜に怪しまれないように注意しながら小田川は、「それなら後部座席にある物を持ってきて欲しいのですが」
「どれですかね」と、無防備な彼女は後部座席に乗り込んだ。
「すいません。もう少し奥の方に置いたかもしれません」
小田川は、ウエストポーチの中に隠し持っていたスタンガンを取り出した。
後ろから茜に近づくと、彼女の脇腹にスタンガンを当てた。
バッチと音が鳴り茜は、気を失って後部座席に倒れる。
小田川は、素早く後部座席のスライドドアを閉めた。
誰かに見られていないか彼は、周囲を確認する。
交通量の多い通りが近い割に脇道を歩く人は居なかった。
運転席に戻ると、茜の単車を避けて車を発進させた。
血走った目の彼は、亡き父親が残した工場に向かう。
京都の端に位置する京田辺市、大阪や奈良に近い場所にある工場は、田んぼに囲まれている。
こは人目に触れる危険が少ない、彼だけの秘密基地だ。
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