第45話 海と磯女と座敷童③

老若男女の様々な年齢の人たちが訪れる夏の海、トラブルの一つや二つ必ず起こる。


そんなトラブルの一つを解決した隼人は、ボーと海を眺めていた。


お腹が膨れると、暫く動きたく無くなる。

 

浮き輪が波で上下しながらプカプカと浮かんでいる。


それは、沖の方で気持ちよさそうに漂う子供の姿だ。


沖まで流されているなら危ない、あの子の親は近くに居ないのかなと思いながら隼人は目で追いかける。

 

子供の後ろから髪の長い女性が、水面から顔だけ見せた。


彼の母親かなと隼人が注視し続けると、浮いたり沈んだりを繰り返していた。


あからさまに変な動作をしている。


しかし、子供自身も周りの大人達も怪しい女性に気が付いていない。

 

そうこうしている内に浮き輪を残し、子供は海の中に引きずり込まれた。


隼人、妖の気配がしますよ。注意してくださいと、姿を現したてんの四郎が彼の耳元で囁いた。


鼬の四郎は怪我が治った後、兄弟達の元には帰らず、隼人の傍で仕えたいと嘆願した。


命を救われた事に恩義を感じたのだろう。


そんな四郎の申し出を隼人は快く受け入れたのだった。


それ以来、四郎は常に姿を隠し隼人と一緒に行動していた。


「やっぱり、妖怪なんだな」


一難去ってまた一難か、頭を掻く隼人はため息が出そうになる。


「海の妖怪ですかね、僕は初めて見ます」


「有り難う、四郎。あの子を助けて来るよ」

 

海に入ると直ぐに龍が隼人に語り掛けて来た。

 

“力をまとえ、子供の命が危ない。あれは、磯女いそおんなだ”


「磯女? かなり危険なのか?」

 

“危険だな。人の生き血を吸う妖怪だからな”


「それなら急がないと」


龍神化した隼人は、海の中に潜るが苦しくない。


水中なのに息が出来る。


泳ぎは得意としない彼だったが、体は軽く自由に動ける感覚を覚えた。


「水中でも息が出来るよ」

 

“龍だからな。水中はお手の物だよ!”

 

イルカの様に高速で水中を移動すると、自らの髪の毛を子供の足に絡ませる磯女を見つけた。


磯女は良く見るとかなりの美人だったが、相手は人に危害を与える妖怪だ容姿に惑わされてはいけない。


隼人は素早く子供の手を掴むと、磯女ごと力づくで水面へ浮上する。


負けじと磯女は抵抗するが、力負けしてしまった。

 

意識が朦朧もうろうとしている子供を隼人は、浮き輪の上に乗せた。

 

磯女は諦める事無く、今度は隼人の足に長い髪の毛を絡ませてきた。


「しつこい妖怪だな」


「ヒッヒッ、人間よ。諦めてわらわにお前の血を吸わせろ」

 

磯女の長い髪は意思を持つかの様に、シュルシュルと足元から上半身へ伸び、隼人の体を締め上げた。


「ここまでよ、観念するんだね。若い男の生き血は楽しみだね」

 

磯女の髪の毛が束になると、鋭い槍の形へと姿を変える。


髪の槍は隼人の体を突き刺すが、龍の鱗に護られている体に傷一つ負わせない。


何度も何度も生き血を吸おうと髪の槍を隼人の体に突き刺すが、全て弾かれてしまった。


「いつまで、髪の毛を突き刺すつもりだよ」


「お前、人間ではないな。何者だ・・・」


「人間だよ。お前こそ、しつこいよ」と、隼人は力を込めた両腕を外側に広げ、巻き付く磯女の髪の毛を引きちぎった。


隼人の足元から磯女は上を向いて睨みつけると、大きな口を開け鋭い叫び声を上げる。


細かい泡と一緒に衝撃波が隼人に襲い掛かり、水面では水柱が上がった。


鼓膜は破れなかったが、かなり強烈な声だった。


「いい加減にしろ!」

 

磯女の体を両手で掴むと、隼人はそのまま潜水し彼女を海底に押し付けた。

 

抵抗する磯女は、隼人の薄っすらと金色に輝く瞳と鱗に気が付いた。


「止めろ、お・・・お前、龍だな。龍が何故こんな所に居る・・・放せ、放すのだ」


「覚悟しろ、命乞いしても遅いよ」

 

弱音を吐くふりをしながら磯女は、海流を上手く利用して揺らめく髪を死角から伸ばし、隼人の首に巻き付ける。


「う、ぐぅ・・・」

 

苦しそうな声と共に隼人の口からブクブクと泡が出る。


水中で息が出来ても首を絞められると、流石に息苦しくなる。


隼人は、磯女の髪の毛を掴み龍の爪で切り裂いた。


磯女は、この隙に逃げようとする。

 

隼人は左手で掴んでいた髪の毛を力いっぱい引き寄せると、磯女の顔面に拳を入れた。


三、四発殴ると磯女は、全身から力が抜け海底へと沈んでいく。


隼人は海底でぐったりと横たわる磯女に龍の咆哮を食らわせた。

 

重くのしかかる衝撃波で、磯女は消滅した。


衝撃波の反動で隼人は、水面へ浮上するとそのまま海の外に投げ出された。

 

空から隼人が落ちてくる姿を目撃した人達は、あり得ない光景を否定し、幻だろうと決めつける。


隼人は何事も無かった様な素振りで、救出した子供を浮き輪に乗せ浜辺へ連れて行った。

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