第36話 黒薔薇十字軍 ⑥

賀茂は使役する鬼達を引き連れ、悪魔に憑りつかれた者達をステージの方へと力づくで追いやって行く。


鬼神化した正人は守護天使を呼び出している桜の前に立ち、彼女に危害が及ばないよう身構える。


「長老、あの無鉄砲者に籠手を渡して欲しい」


猫又に変化へんげした長老は、正人が投げた籠手を器用に口で受け取ると、ひらりと群衆を飛び越えてステージへ向かった。


ステージの前で悪魔に憑依された男達に手足を掴まれ動けなくなった隼人は、怒りに満ちた目で宮田と大鎌を持つ男を睨んだ。


「お前は、何者で宮田君に何をした」


「申し遅れましたが、私は黒薔薇十字軍の宣教師、ミハエルと申します。以後、お見知りおきを」


彼は手に持っていた男の首を足元に置くと、丁寧にお辞儀をした。


「もうお前の知る宮田千尋は居ない。私はマモン、強欲の悪魔だ」


薄笑いを浮かべるマモンの瞳は、隼人を初めて見る様な視線を送る。


「儀式とは何だったんだ? 大勢の人を巻き込んだ目的は何なんだ?」


両手両足を掴まれたままじりじりと前に進む隼人に、ミハエルは無駄な抵抗をする馬鹿な奴と思う。


「あなた達の邪魔が入りしましたが、無事私達の目的は達成できましたよ」


「何だと!」


「宮田に憑依した上級悪魔マモンの魂が、不安定でしてね。彼の魂を奪いマモンの魂を定着させるために必要な儀式だったのですよ。同時に更なる上級悪魔を呼び出すために、ここに集まった連中を贄(にえ)にしようと思い集団憑依を試みた所です」


「ふざけるな! こんな事、馬鹿げている」


「あなたには、到底理解出来ないでしょうね。もう、話す事は有りません。そろそろ、あなたも贄になってもらいましょうかね」


ミハエルが隼人に死の宣告を告げると、マモンは自身を覆う禍々しい黒いオーラを刃に変え、隼人に向けて放った。

 

隼人の頬を黒い刃がかすった。


流れ落ちる血を気にする事無く、彼は身動きせずミハエルとマモンを睨み続ける。


完全に頭に血が上った状態だった。


怒りで鼻息が荒くなり、鼓動が激しくなる。


“自我を保て、感情に支配され過ぎだ”、隼人の中の龍が注意する。


「許せない、友人を誘惑し彼を悪魔に変えた奴ら」


“落ち着け、冷静になってから戦え”


隼人は大きく深呼吸してから龍神化すると、隼人の手足を掴んでいた男達は四方に吹き飛んだ。


「小僧、忘れものじゃ」と、長老は銜えていた籠手を隼人目がけて投げた。


吸い付くように籠手を両腕に装着すると、隼人はジャンプしてステージに上がり、ミハエルに殴り掛かる。


「どうして、彼だったんだ」


隼人の拳をミハエルは避けると、大鎌の柄で隼人の背中を突いた。


バランスを崩し床で片膝を着く隼人の背後からミハエルは、大鎌を振り上げる。


隼人は振り返る事無く、頭上の大鎌を左腕の籠手で受け止めた。

 

「チッ、小賢しい奴だな」、殺気を感じたミハエルは、後ろに下がり、「宮田自身が力を望んだ。これは、彼の意思だ」


右の拳に力を溜めながら振り返った隼人は、ミハエルに向かって行く。


「うぉぉぉぉぉぉぉ・・・」


ミハエルは大鎌で隼人の拳を受けたが、放たれた衝撃が刃を通り抜けて彼の体を貫いた。


想像以上にダメージが大きかったのか、ミハエルは血を吐き出した。


「彼の魂は残り少ない。もう直ぐ彼の意識は、消えて無くなる」


「どう言う意味だ、宮田君は悪魔なんかじゃない!」


「もう手遅れだよ、彼は自分の望みを叶える為に悪魔へ魂を捧げたのだ」と、口許の血を拭いミハエルは声を出して笑った。

 


宮田自身の意思で悪魔に魂を売ったなど、隼人は信じたくなかった。


しかし、隼人とミハエルの間に割り込んできたマモンは、姿も言動も隼人の知る宮田では無い。


身体的な変化が嫌でも分かる。


目や肌の色、鋭く獣の様に伸びた爪、それに体が一回り大きくなっているように見える。


「友人と戦うのは嫌か」と、マモンは隼人に殴りかかって来た。


隼人はマモンの拳を右手で受け止め、そのまま腕を掴んで投げ飛ばした。


空中で一回転し、何事も無かった様にマモンは着地する。

 

お互い間合いを取るために動きを止めた。


「見た目に騙される人間は、いつ見ても愚かだな」、マモンは隼人を挑発して来る。


“相手の言葉に惑わされるなよ”と、龍が隼人を案じた。


「人間だから迷うんだよ」、どいつもこいつも、自己中心的な発想しか出来ないのか。


床を一蹴りすると隼人は、一気にマモンとの距離を詰め彼の腹に掌底を入れた。


マモンは勢いよく後ろに飛ばされ、九の字になった体は体育館の壁にめり込む。


急に周囲が明るく照らされたので、隼人は思わず振り返った。

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