第30話 ワーウルフ ④
鬼神化した正人は金砕棒を手に前を指さして俺について来いと、ゴルフコースに入って行った。
正人と並んでフェアウェイを歩く隼人は、コースを仕切る木々や背の低い藪に身を潜ませながら辺りを警戒して進む兵士達の為に、ワーウルフをおびき出すための囮になった気分だった。
二人は周囲に警戒しながら真っすぐ歩いて行くと、グリーンの奥は、木々が生い茂った林だった。
怪しいなと隼人が思うと、テレパシーで自分の考えが伝わったかのように正人が足を止めた。
「見えたか?」
正人の言葉に隼人は、林を凝視した。
ゆっくりと歩く足音が聞こえ、木々の奥に二つの赤く光る玉が見えた。
あれですか、隼人が正人に確認すると、左側から銃弾が撃ち込まれた。
動体視力も向上している隼人には、銃弾の一つ一つが見える。
遅れて小銃の銃撃音がすると、二つの赤い光が兵士の居る方向に滑る様に移動した。
『オーマイガー!、ぐわぁ・・・ひっ、ひぃー』、ガッガガガガガガガ・・・。
兵士たちの叫び声と小銃の音が響き渡った。
「ワーウルフだ、行くぞ」と、正人は林の中に入っていた。
遅れまいと隼人も林の中に飛び込むが、発光している人間を敵と認識したのか、数名の兵士が隼人目がけて小銃を撃ち込んできた。
『ば、化け物だ!、怯むな、撃て、撃て―』
隼人は、慌てて両腕をクロスに構え、顔を隠す。
バチバチバチ・・・と、強風に運ばれてきた小石が胸や腹に当たった感覚がしたので、自分のTシャツを見ると見事に穴だらけになっていた。
地面には、銃弾が転がっていた。
龍の鱗に護られた体は、銃弾をも弾き飛ばす優れものだが、服は護れない。
正人がシャツを脱げと言った意味を理解した。
Tシャツを台無しにされ、
“目障りな兵士たちを威圧しろ”
「どうやって?」と、隼人は銃撃から逃れるため、近くの木を盾にして身を屈めた。
“怒りだ、全身に力を溜めて一気に放出させる”
やってみる、隼人はそう言うと兵士たちの前に姿を晒し、服に穴を空けられた怒りを溜めに溜め、一気に放出した。
まるでソニックブームだった。
周りの草木を大きく揺らすと、隼人を攻撃していた3人の兵士は後ろに吹き飛ばされ意識を失った。
林の奥では、銃撃が続いていた。
兵士たちの叫び声とオーゴッドやファックなどの言葉が聞こえ、衝突音の後に木々が倒れて行く。
隼人は音の方に走って行くと、ワーウルフと正人は互いに両手を取って力比べをしていた。
ワーウルフは、グレーの毛に覆われ濃いベージュ色のズボンを穿いていた。
赤く光る眼、大きく前に突き出した鼻、口からは鋭い犬歯がむき出しになっていた。
顔を見る限り狼だった。
正人はワーウルフの腹を蹴ると、彼の横に突き刺さっていた金砕棒を手にした。
ワーウルフは地面引きずりながら衝撃に耐えると、鋭い両手の爪を無造作に振りかざしてきた。
爪の攻撃を紙一重で正人は避けたが、鋭い爪は顔や胸に傷跡を残していく。
隼人はワーウルフと戦う正人の背を死角にして近づくと、正人を飛び越えワーウルフの顔面を右手で殴った。
殴られた衝撃でワーウルフは左側に飛ばされ地面に跪いた。
彼は口から血を流し折れた歯を吐き出すと、正人と隼人に背を向けて逃げ出した。
「隼人、あいつは目が赤い、狂人化しているから手加減するなよ」
「分かりました」と、隼人は正人と共にワーウルフを追いかけた。
今の正人と隼人にとって暗闇など何の障害にもならない、林の奥へ逃げようがワーウルフの姿を確実に捉えていた。
ワーウルフは潜んでいた兵士達の銃撃を受け、彼らと交戦を始めたが兵士達は、あっけなく彼の鋭い爪の餌食となってしまった。
「逃がさないし、遅い」と、追いついた正人は金砕棒を横に振りワーウルフの腹に打ち込んだ。
“この機会を逃すな、龍の爪を使え”
龍神のアドバイスを受けた隼人は、吹き飛ばされて地面に座り込むワーウルフ目がけて、球を投げるように右手を振りかざした。
籠手の先から出た鋭い光の爪が放出され、ワーウルフの体を切り裂いた。
そのまま、突進した隼人は、ワーウルフの胸に左の籠手から出ていた光の爪を突き刺した。
ゴフッ、赤い血を口から吐き出したワーウルフの姿が変わっていく。
茶色く短い髪の男性、彼の顔を見た正人は驚いた表情を見せ、声を掛けようとした。
しかし、何処から現れたのか同じ飛行機に乗っていたジャンが、後ろから正人の肩を掴み、話をしようとした彼を制止した。
『すまない、正人。最後は、俺にけじめを取らせてくれないか』
何も言わず、正人は後ろに下がった。
『ダン、何故、軍に協力した?』と、ジャンは悲し気な顔で、横たわるダンの横に片
膝をついてしゃがむと、彼を見つめた。
『お前と一緒に戦いたかっただけだ。うっ・・・強い力、本来持っている力を得たかった。俺の考えが甘かった、すまないジャン』と、ダンは血まみれの体を無理に起こし、正人の方を見た。
ダンは獣人、ワーウルフの血を引く者だったが、その血はあまりに薄く獣人化することは出来なかった。
そこで、人の何倍もの力が出せる獣人をベースに強化人間を作ろうと目論んだ軍の人体実験に彼は、参加してしまったのだった。
『正人、お前にも迷惑をかけたようだな』
『ダン、お前と一戦交えていたとは、勘弁してくれよ』と、正人は夜空を見上げた。
『ジャン、最後はお前に面倒を見て貰えて、良かったよ』と、ダンはジャンの手を握りしめた。
ジャンはゆっくりとダンを地面に横たわらせると、彼が握っていた手を離した。
立ち上がると、彼は目を閉じたダンに向けて銀の弾を込めた銃を構えた。
パーン、一発の銃声が林の中で木霊(こだま)した。
彼らの話す英会話の意味を理解出来なかった隼人は、呆然と立ち尽くし彼らを見ていた。
終わったから帰ろう、そう話す正人と一緒にその場を離れた。
「正人さん、知り合いだったんですか?」
「そうだな、ワーウルフはダンだった。彼は、ジャンと同じアメリカ支部で働く仲間、ジャンのパートナーだった男だよ」
「どうして、こんな事に?」
「力を欲した者の末路だ、それと、軍なんかに協力するから」と、悔し気に正人の口調が強くなった。
正人の横を歩く隼人は、事の顛末が複雑だったので、何を聞いて良いのか分らなくなっていた。
「お前は、力に溺れるなよ」と、正人は実の弟を諭すように隼人と肩を組んだ。
お茶目な所はあるが、頼りになる。
この人なら、もし俺が間違いを犯しても全力で止めてくれるだろうと隼人は思った。
「此処に来る前、メールを見て笑っていましたけど、何かあったのですか?」
「おお、忘れていたよ。仕事は、終わったので、今からはお楽しみの時間だ」
「お楽しみの時間ですか、男二人で観光でもするんですか?」
「茜と桜が、今日から沖縄に来ている。仕事が終わったら合流しようとの連絡だったんだよ」
「これから、皆と合流するんですか」
「そうだよ、慰安旅行みたいなものだな。福利厚生の一環だよ」
さすが支部長と、正人は自分を褒めたくなった。
茜から連絡を受け、全員の旅費を福利厚生の経費として計上しようと、算段していた。
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