第22話 生霊 上

 鴨川に掛かる京都三条大橋の近くにある土下座像、高山彦九郎像、の前で隼人は、桜と待ち合わせをしていた。


彼女からの急な呼び出しの電話、隼人の都合を聞くことも無く一方的に話をすると電話を切った。

 

まったく、要件ぐらい伝えてくれても良いのに。


桜の周りを気にしない、我が道を行く性格には参ったもんだな。


隼人は、銅像の前で桜を待ちながらスマホを触り始めた。

チリーンと鈴の音がすると、彼の目の前にボーダーのチュニックワンピースの女性が彼の前に立った。


昼間だし、週末だったので誰かと待ち合わせをしているのかなと思い、隼人は顔を上げた。

肩まで伸びる髪に青白い顔、無表情でじっと隼人を見つめ、彼女の半開きの口が動いた。


「あなた・・・」


「どうかしましたか? 待ち合わせですか?」


隼人が話しかけると、後ろから誰かが背中をつねった。


痛っ・・・隼人は背中に感じる不意な傷みに驚いた。


「誰よ、私と待ち合わせの約束でしょ!!!」

 

桜が隼人の背中を抓っていた。痛みで思わず足元、地面に視線を落とした隼人は前に立つ女性の異変に気が付いた。

 

無表情の女性、足が透けて見える・・・こんな昼間に幽霊か?

 

隼人が桜を見ると、彼女は怒りで体を震わせながら、顔を真っ赤にしていた。


「誤解だよ、桜。俺の知らない人だよ。それに・・・」


「何が、誤解よ。彼女が居るのなら、ちゃんと言ってよ」


隼人はため息をつき、「話を最後まで聞けよ、彼女なんて居ないし、この女性は知らない人だよ。それに足が透けている、幽霊じゃないのか?」


変な言い訳しないでと、桜も無表情の女性の足元を見ると、透けていると言うより足が無かった。


ウッと、自分の間違いに気が付いた桜は、「幽霊みたいね、本当に知らない人のようね」と、話をはぐらかした。


無表情の女性は、「違った、あなた・・・じゃ無い」と話すと、スッと消えた。


隼人は、無言で桜を見た。


「私の勘違いだった見たい、えへ」と、桜は照れ笑いをした。


「・・・、」、無言の隼人は眉をひそめて桜を凝視した。


「ごめんなさい」、桜は小声で申し訳なさそうに縮こまった。


「もう、良いよ。それより、今日は何の用だ?」


「そうそう、今日は、あなたの服を買いに行くの」


「俺の服を買う、どうして?」


「それは、その・・・この間、Tシャツが破けたから、お詫びに・・・」と、桜は普段見せない表情と態度を隼人に示した。

 

この間、悪魔から彼女を助けたお礼がしたいのかな。

 

桜なりの誠意なら、快く受けよう。


「分かった、後、お願いがあるんだけど」


「お願い?私に出来る事なら協力するけど」


「左目の色が元に戻らないから、どうすれば良いかと悩んでいて」


「それなら、カラコンにしたら。違和感なく目の色を誤魔化せるわ」


「良い、考えだな。カラコンを買うから、ついでに付き合ってくれないか」


「もちろん♪」

 

桜は屈託の無い笑顔で答えると、隼人に腕組をしてきた。


彼女はハーフだから、純粋な日本人と違い西洋的なコミュニケーションを取るのかなと隼人は思い、そのまま歩き出した。


三条大橋を渡り寺町京極商店街に入ると、四条方面へ隼人と桜は二人で歩いて行く。


すれ違う人、特に男性の視線が気になり、隼人はショーウィンドーに映る自分の姿を見た。


服装に無頓着な彼、今日のシャツとジーンズの組み合わせは、お洒落とは程遠い。


隣を歩く桜は、白のブラウスが肩から下げる赤いポシェットを引き立たせ、黒の短パンから伸びる細く長い足に、若者達が思わず視線を送っていた。


桜の容姿が目立っているのか、それに比べ俺は彼女の引き立て役だなと隼人は考えてしまう。


隼人にとって馴染みの無いお店が並ぶ商店街で、彼はまるでしもべの様に桜が足を止めると隼人も足を止め、桜がお店に入ると彼も店の中へと入っていった。


「ちょっと、隼人、この鏡の前に立って」


「ああ、これで良いか」


鏡の前に立つ隼人、桜は自分で選んだ服を順番に隼人と合わせて行く。


顎に手を当てうーんと、悩んだ末にこれをお願いしますと店員に服を手渡した。


「はい、これ」と、店を出ると桜は袋を隼人に手渡した。


「有り難う、本当に貰って良かったのか?」


「良いの、私がそうしたかったから」


商店街を歩く桜は、満足そうだった。


始めた会った印象は最悪、一緒にする仕事もぎこちなく心配だったが、仲間として俺を認めてくれたのかなと、隼人は振り向く桜に笑顔を見せた。


隼人の金色の瞳を隠すためのカラーコンタクトを購入した後、歩き疲れた二人は休憩しようと先斗町にあるレトロな喫茶店に入った。


「桜、宮田君の捜査の件、どんな状況なのか聞いて良いか?」


「良いわよ、あれから彼の自宅を賀茂さんと一緒に行ったけど、特に変な物は見つからなかったから」


「見つからなった?」


「そうなの、悪魔崇拝的な資料や怪しい小道具とかも。何もなかったの」


「なら、彼は犯人じゃないと言う事か?」


「まだ、断定できないわよ。老人ホームのアルバイトを辞めてから彼は、行方不明になっているから」

 

行方不明になっている、彼に何があったのだろうか。

 

事件に巻き込まれた可能性もあるし、無事だと良いが。


「賀茂さんは、何か言っていたか?」


「事件の真相を知るためにも、失踪した宮田君の行方を捜すのを優先すると言っていたわ」


そうか、宮田君の無事を祈るしかないかと、腕を組んで大きく息を吸った。

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