第11話 赤のエクソシスト ②

今日は全休の日、大学の授業が無い曜日だった。


あの日以降、勇樹は雨宮さんと会う頻度も増え、上手くいっている様だ。


俺は、駄目だな。


このままだと、長期休暇は一人で過ごすか、バイト漬けになるかも。


一日、布団を抱きしめながらベッドで悩むのも変だし・・・


日が暮れるまで、一回は外に出よう。


少しは、気晴らしになるだろうから、そうしようと決めた。


アパートのドアのカギを閉めようとしたら、DDから呼び出しが来た。


事務所に入ると、茜さんが今まで見たことのない軽快なタイピングを見せている。


鼻歌交じりでかなりご機嫌な様子だ。


「お疲れ様です、仕事ですか?」


奥の給湯室からコーヒーを入れたマグカップを片手に、正人さんが出てきた。


「お疲れ、仕事だよ」


そうか、この二人のお出かけは成功したのか。


でも、若輩者は大人の恋愛に口を出さない方が良い、聞かないでおこう。


自分の机にボディーバッグを置いた。


「妖怪ですか、悪霊ですか?」


「うーん、悪魔だな」


「悪魔ですか、・・・え、・・・悪魔っているんですか?」


正人さんは、ソファに座りコーヒーをひとすすりした。


「居るよ、人に寄り添って耳元で悪意をささやく厄介な奴が」


悪魔も居るんだ、それに、その対処もここがするのか。


机の椅子に座り、引き出しから俺の拳銃を出した。


「悪魔とは、どうやって戦うのですか?」


「厄介でね、人に入り込むから物理的な攻撃が出来ない」


「入り込む?・・・悪霊に憑りつかれるのと同じですか?」


「見た目はね、でも、悪魔に憑依されたら攻撃力が半端なくてね」


「半端ないって?」


「悪魔の力をフルに使って攻撃してくるし、憑依されている人の体を傷つけないように注意しながら戦わないといけない」


「じゃあ、どうやって戦うんですか?」


「今、専門職を呼んでいるから、待っている」


長老が、いつもの場所に居ない。


茜さんの机の方、隠れるようにして、こちらを覗き見ている。


「小僧、専門職のエクソシストが来るのだよ」


「エクソシスト?長老は、どうして隠れているのですか?」


「そのエクソシストのまとう光は、儂にとって強すぎるからな。それにあの、生意気な小娘は好かん」


「小娘?今から来るエクソシストは、女の子ですか?」


「そうだ、シャーロット・桜・マクベイン。バチカンから正式にここへ派遣してもらったエクソシストだ。彼女も京都支部に勤める仲間だな」


どっかで聞いた事がある名前だな。


とりあえず、手に持つ拳銃をガンホルダーに収めると、ドアが開いた。


「おまたせ、正人。私の出番ね!」


入り口に立つ、白いシャツにひざ丈の赤いスカートをはく女の子。


「シャーロット、遅いぞ」


「その名前で呼ばないで、正人」、桜は口をとがらせ小声で呟いた。


「お、お前、桜!」


「ああ、あんた、お持ち帰り君ね。どうしてここに居るのよ?」


「ふざけるなよ、誰が、お持ち帰り君だ!」


「私の友達を自宅に持ち帰ろうとしたくせに」


正人さん、茜さん、長老が、面白そうに俺たちを見ている。


「小僧、女の子を襲おうとしたのか?不届きものじゃな」


「隼人君、駄目だよ、女の子には紳士的に行動しないと」


「そうだよ、正人君。女性を襲っては駄目だ」


どうして、俺が悪者になっているの?


女の子を連れて帰っていないし、襲っていないよ!


何を言っても、言い訳していると捉えられるのだろうな。


―――――もう、良いや!


正人さんは、マグカップをテーブルに置くと、立ち上がった。


「喧嘩はそこまでだ、二人とも仕事に行くぞ」


車に乗り込もうとすると、桜が、身体で俺を押しのけた。


「助手席は、先輩が座るのよ。あんたは、後ろ」


「分かりましたよ、お嬢様」


出発すると車は、大阪方面に向かう。


「正人さん、今回の仕事は?」


「まだ、説明していなかったな」


「着いた場所で、悪魔祓いしたら良いだけでしょう」


「そう言うな、桜。チームで仕事をするのだから、今回の現場は、大阪の吹田市だ。分かりやすく言うと、近畿自動車道の吹田ジャンクションから摂津北インターチェンジの間になる。そこで、悪魔に憑依された人が暴れている」


何てたちの悪い人、いや、悪魔だ。


高速道路で大暴れしているのか、どれだけの人に迷惑をかけているのか、分かっているのかな。


車は、京都南インターチェンジで名神高速道路に入り、吹田へと向かう。


「正人さん、近畿道は、通行止めになっていますね」


パトカーでバリケードを作る警官が、車の窓を軽く叩く。


「すみません、通行止めで一般車両は入れません」


正人さんが、スーツの内ポケットから手帳を出し警官に見せた。


それを見た警官は、無線で何やら話をしている。


「関係者の方ですね、どうぞ」


パトカーが、動き近畿道への道が開かれた。


「現場に到着だ、二人とも気を抜くなよ」


暫く車を走らせると、対向車線で車が燃えている。


「対向車線に人の姿があります」


「始めようか、隼人君と俺は桜のサポートだ」


車を止め、俺達は中央分離帯を乗り越え、反対車線に立つ男性を前にした。


俺と正人さんは、桜を守る様に数メートル前で銃を構えた。


「桜、良いぞ。始めてくれ」


正人さんの掛け声で、桜がポケットからロザリオを取り出し祈り始めた。


「我が、守護天使カマエルよ。悪魔を払いたまえ」


悪魔に憑依された男が、両手を天高く上げ吠えた。


グ、グッ、グッガアアアアアアア!


燃える車が宙に浮かび上がり、俺と正人さんを狙って飛んで来た。


俺は、転がる様に車を避けたが、正人さんと後ろの桜は?


―――――無事だ、良かった。


「隼人君、よそ見をするな」


「はい」、男の方を見直すと、姿が無い。


どこだ、どこに行った?


驚異的なジャンプ力で、俺の目の前に現れる。


本当に悪魔だな、一番、弱そうな俺を狙って来たよ。


銃を構えると、正人さんが制止する。


「駄目だ、撃つな!」


撃っちゃ駄目なの?


なら、どうしたら良い?


考える間もなく、男は俺の首に手をかけた。


ぐ、苦しい。俺を絞め殺そうってか!


必死に男の手を首から外そうとするが、力負けする。


鬼神化した正人さんが、男の後ろから俺の首を絞める両腕を掴んだ。


「隼人君、今だ、こいつから離れろ」


俺は、起き上がると桜の方へ後退した。


正人さんは、男の両手を持ち、投げ飛ばした。


「桜、まだか?」、俺は目を閉じて祈りを捧げる桜を見た。


「うるさいわね、もう直ぐだから」


投げ飛ばされた男が起き上がり、黒い槍?を手にしている


いや、ピッチフォークを手にしている。


武器か?・・・あれが悪魔の武器。


「早く、桜、あれを投げられたら・・・」、正人さんが焦っている。


これは、本当にまずい状況になっているのでは?


そう思うと、鐘の音が聞こえて来た。


最初は、どこか遠くで鳴っているような小さな音だったのに。


耳を塞がないと耐えられないほどの大きな音へと変わる。


突然、空からラッパの音が鳴り響いた。


「さあ、始まるわよ!天使の攻撃が」


そう桜が話すと、空から飛来する天使の軍勢が見えた。


天使が降りてくるのか?・・・足元の巨大な影は何だ。


振り返り、桜を見ると後ろに巨大な天使が立っていた。


大天使カマエル、神を見る者。


14万もの能天使の指揮官、1万もの破壊の天使を率いる大天使。


背中に大きな白い翼、右手に杖、左手に金の杯を持つ。


赤い豹、大天使カマエルの通り名。


そうか、桜の通り名は自分の守護天使と一緒か、笑えないな。


大天使カマエルが杖を天に向けると、天使の軍勢が一斉に槍や弓を放つ。


一般人が見ると、雲の切れ目から差す斜光に見えるだろう。


光が男を照らす、違う放たれた槍と矢が男に降り注いでいる。


男がうつ伏せに倒れると、苦しむ黒い影が取り残された。


あれが、悪魔か?・・・真っ黒な、異様な形の塊。


頭の両脇に角が生えた姿、両手で頭を抱えて苦しむと丸い塊に変化する。


様々な形に変わりながら、ズルズルと地面に沈んでいった。


「終わったわよ、お疲れ様!」


終わった?


圧倒的な力の差だったぞ、辺りの空気が変わったように感じる。


この圧倒的な攻撃は、悪魔だけでなく周りに存在していた邪悪なものも一緒に浄化したのか。


「悪魔には天使だよ、専門職だろ」


鬼神化を解いた正人さんが、俺の肩に手を置いた。


「悪魔だけでなく、天使も初めて見ました」


「帰りは、正人の奢りでレストランに寄って食事したい」


「分かりましたよ、シャーロット」


「その名前で呼ばないで」


なぜ、その名前で呼ばれると、恥ずかしそうにするのだろう?


変な奴だな。


「もたもたしないでよ、隼人。帰るわよ」


呼び捨てかよ、まあ、お持ち帰り君よりかは良いけど。


俺と一緒に働く女の子は、可愛いけど癖がありそうで先行きは不安だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る