第17話 小さな遊園地で

 待ち合わせ場所で先輩達と合流をした後、電車に乗って目的地に移動をしてきた。


 地元の遊園地で、隣には小さな動物園も併設されている。

 遊具は子供向けの物がほとんどで、小さな子を連れた家族がメインの客層だ。

 若者やカップルなどは、ほとんど見ることがない。

 なので俺たち四人が遊びに来るような場所ではないのだが、ゆったりと散策しているだけでも昔の記憶が蘇ってきて、思いのほか楽しめたりするものだ。

 実際に、先輩と由衣はここでの思い出話に花を咲かせている。

 二人の仲睦まじく会話をしている様子は、まるで本当の姉妹のように見えて微笑ましい。


「何ニヤけてんだ気持ちわりぃ」


 麗しい女子二人のやり取りに頬を緩めていると、隣から冷ややかな言葉が投げかけられる。


「……いいだろ、別に……」


 由衣と先輩がどんどん先に歩いて行ってしまうので、必然と俺の話し相手は弟くんになっていた。

 それでこの憎たらしい弟くんは、口を開けば文句やら嫌味が飛び出す。


「そのキモい目つきで姉さんを見るな。虫唾が走る」


 こんな感じでキツイ事しか言ってこない。

 出会い方が最悪だったのも手伝って、こいつの俺への好感度は最低になっていた。

 こちらから打ち解けようとしても、まともな会話にならない。


「別にを見ていた訳じゃないから安心してくれ」


 俺の視線が追っているのは由衣の姿だ。

 ……まあ、先輩は美人であるから視界に入ると思わず追従してしまう事もあるが……それは男の性というものでな。


「っと……なんだよ……」


 俺の回答をお気に召さなかったのか、弟くんは俺の目の前に立ち、鋭い目つきで見下してくる。


「いいか、この際だから言っておくが、姉さんに気を掛けてもらってるからって勘違いするなよ」


 怒気を含んだ声で――


「変な気を起こしてみろ……お前を殺してやる」


 と、非常に有り難い忠告を受けた。

 まあ、こいつに言われるまでもなく、俺にそんな気が起きるはずもない。


「……そうかい。肝に銘じておくよ」


 さすがにここまで一方的に敵意を向けられるのは、あまり良い気分ではないのだが、だからと言って俺が何かを言い返しても面倒になるだけだろう。


「ほら、置いて行かれる前に行くぞ」


 早々に話を打ち切り、二人の後を追う。

 先に視線を向けると、先輩がこちらの揉め事に気づいたようで、小さく肩をすくめて見せた。



――――――

 


 一通り園内を見て回り、少しばかり先輩と二人きりの時間が出来た。

 由衣と弟くんは飲み物を買いに行き、この場にはいない。

 おそらくは由衣が気を利かせて、俺たち二人の時間をつくったのだろう。

 あの弟くんが進んでそんな事をするとは思えないからな……

 

 俺と先輩はベンチに腰かけ、園内を眺める。

 

「また貴志に何か言われていたでしょ?」

「まあ……いろいろと……」

「ごめんね……私の事となると抑えが利かなくなるみたいなの」


 先輩から謝罪を受けるが、その顔は少し嬉しそうに見える。


「仲良くしてねって言ったんだけど……駄目だったみたい」

「もっと強く言ってくれないと」

「嫌よ」

「どうして」

「拗ねちゃうし」

「……わがままな奴だなあ」


 そう言って俺が大きく溜息をつくと、先輩はクスクスと笑いだす。


「私って愛されてるでしょ?」

「さすがに独占欲が強すぎじゃないかな」

「そんな事ないでしょ」

「そんな事あるんだって……」


 殺すとか言われたんだぞ、俺。


「じゃあ由衣ちゃんに言い寄る男がいたら、優人はどうするの?」

「どうって、そりゃあ………………どうもしないよ」


 どうもしない……

 きっと、どうしようもない。


「由衣ちゃんのこと大好きなのに?」

「……兄妹だからな」

「我慢するんだ?」

「……我慢、じゃないよ……それが当然のことだ……」

 

 そう……

 由衣に男が出来ようが出来まいが俺には関係がない……俺たちは血の繋がりのある兄妹だから、それが当然の事だ。

 もう何度、自分にそう言い聞かせてきただろうか。

 

「そっか……」


 先輩は視線を足元に落とし、短く息を吐く。


「…………ねえ、優人くん」


 吹けば消えるような細い声。


「私と貴志の関係をさ……どう…………思ってるのかな……」


 先輩はたっぷりと間を取り、俺に語り掛ける。


「姉弟同士で愛し合って…………キスしたり…………エッチな事もしたり…………そんな私達を、どう、思ってるのかな……」


 震える声で、俺に問いかける。


「…………気持ち悪いって、思ってる?」


 先輩がどうしてそんな事を聞いてくるのか、どんな答えを期待しているのか、それは分からない。

 真面目に答えるべきなのか、冗談めかして躱すのが良いのか、それも分からない。

 だから俺は、本音を言うことしか出来ない。


「……俺は、先輩達を見て……良いなって……羨ましいなって思って…………由衣とそんな風になりたいって考えてる自分がいて……そんな自分がすごく気持ち悪いって、そう思った」

 

 こういう時、もっと上手く言えたら良いのにって、つくづくそう思う。

 自分の気持ちをちゃんと伝えられているのか、よく分からない


「……そっか」


 先輩は雰囲気を変えるように、作り笑いを浮かべる。


「変なこと聞いちゃったね。今のは忘れて頂戴」


 そうは言われても、くすぶった思いが消えることは無い。

 

 以前、先輩は怖いと――俺に秘密を見られたことが怖いのだと、そう言った。

 それは俺だって同じだ。

 

「先輩は、俺の事どう思ってる?」


 だから聞かずにはいられなかった。

 

「……妹の事を好きになる俺を……気持ち悪いって――思ってる?」


 先輩の瞳を真っすぐに見つめて、された問いをそのまま返した。


「思わないよ。私にとってはそれが普通のことだから」


 そう言ってくれた事に、少しホッとしてる自分がいる。


「……俺は、由衣に気持ち悪いって思われたくない」

「大丈夫だよ……由衣ちゃんは優人のこと『良いお兄ちゃん』だって思ってる」

「……なんの根拠があって、そんなこと……」

「小さい頃の優人の話、いっぱいしてくれたよ。凄く楽しそうに……優人のこと悪く思ってたら、あんな顔できないよ」


 そうは言ってくれても、俺はそんな風に思えない。


「……所詮、表面的なもんだろ」

「そうかな? …………優人はね、肝心なところで下を向くから、大切な事を見逃すの」


 優しい声色で、諭すように――


「目を背けないで、まっすぐに相手の事を見つめたら、分かることもある」


 俺の不安を取り除くように、先輩は穏やかな表情を浮かべ、先ほどと同じ言葉を繰り返す。


「由衣ちゃんは優人のこと『良いお兄ちゃん』だって思ってる」

 

 そして、先輩は距離を詰め――

 

「しっかりしなさい。お兄ちゃんでしょ」

 

 そう言って、子供をあやす母親のように、俺の頭を優しく撫でた。

 ……なんとも恥ずかしい限りなのだが、それのおかげか不安が少し抜けていくのを感じる。

 存外、俺は単純な男なのかもしれない。


「あともう少しだから、頑張りましょう」

「……わかってる」


 いつの間にか強く握りしめていた俺の拳の上に、先輩は優しく手を乗せる。

 あの二人が戻って来るまでの間、先輩はそうやって寄り添っていてくれた。

 

 早まる鼓動が少し、落ち着いただろうか。

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