第7話 息子を溺愛する母


 瞼がゆっくり開かれて俺は意識を覚醒させる。照明の光で目がまぶしい。


 意識を覚醒させたときに俺がいた場所は見覚えのない場所のベットの上だった。


 俺は路地裏で気を失ったはずなんだけど。


「赤森君。よかった。目が覚めて」


 女性の声が耳に入ってくる。声のした方向に視線を向ける。


 そこには朝本さんがイスに座っていた。朝本さんはなぜか安堵した表情をしている。


「朝本さん。いててっ・・」


 俺は朝本さんの存在を認識した後、ベットから起き上がろうとする。だが、起き上がった瞬間、体中に激痛が走る。


「だ、大丈夫?」


 朝本さんは俺を気遣って俺の肩を優しく押してベットに寝転がせる。痛みが出ないように丁寧にしてくれた。


「ダメだよ。寝てなきゃ」


 そう言い俺をたしなめる朝本の目は潤んでいた。


「私、先生よんでくるから。ちょっと待ってて。さっきみたいに起き上がっちゃダメだよ」


 真剣な表情で念を押す朝本さん。


「うん。わかった」


 あまりにも真剣な表情なため2つ返事をしてしまう俺。


 朝本さんは俺の返事を確認すると病室の戸を開けて出て行ってしまう。


 しばらくすると、先生と思しき眼鏡をかけた男性が入って来た。朝本さんもそれに続いて入って来る。


 男性は俺が寝ているベットの近くまで歩いて来る。


「骨が折れているということはないが、背中や腕に何個か重度の打撲があります。最低、1週間は安静にしてないといけませんね」


 先生は俺の体の状況を説明してくれる。


 重度とはいえ打撲で済んでいることは正直驚いた。


 その後、俺が救急車で運ばれてこの病院に来たことを聞いた。


 まあ、予想はしていた。そうしなきゃ、病院のベットで寝ているわけないが

ない。


「あと、ご家族の方にご連絡をさせていただきましたので」


「家族に連絡した?」


 今まで黙って話を聞いていた俺が驚いて大きな声を出して聞き返す。


「はい」


 先生は怪訝な顔をしながらも端的に言葉を返してくる。


 家族に連絡をすることは変なことではない。逆に、しなければならないことだろう。


 だけど、そうしたらめんどくさいことに。


『ガタン』


 病院の戸がすごい勢いで開けられる音がする。


 やはりかー。


 肩甲骨より下まで伸びたロングヘアーの黒髪の女性が駆け足で俺の元までやってくる。


「宏(ひろ)君、大丈夫」


 俺の顔をまじで心配そうな顔で覗き込むように見てくるその女性。


「大丈夫だよ。お母さん」


 安心するように笑顔でそう言う。


「無理はしなくていいのよ宏君。重度の打撲が何個かあるんでしょ」


「うん。少し体に痛みが出るくらいだよ」


 俺の体の状況はお医者さんに聞いたか教えてもらったのだろう。多分、教えてもらった方が正しいと思う。


 俺のことを心配している女性は、赤森奈美恵(あかもり なみえ)。俺の母親だ。容姿は整っていてきれいな女性らしい。お母さんを知っている人はよくそんなことを言っている。


 だが、息子である俺は家族なのか、1度もそんなことを思ったことはない。しかし、世間一般ではそうらしい。朝本さんも無意識なのか、「きれー」という言葉が漏れてるし。


 ちなみに、宏君というのは俺の名前が敦宏(あつひろ)でそれをよびやすくよんで宏君である。


「そう。とにかくよかったわー。宏君が大ケガをしていなくて」


 お母さんは安堵の息を吐いている。お母さんの額や顔には薄っすらと汗をかいていた。汗をほとんどかかないお母さんがだ。


「ごめんねお母さん。心配かけて」


 俺はこれほど心配してくれている母を見て申し訳ない気持ちになり謝る。


「いいのよ。お母さんは宏君が無事なら」


 お母さんはそう言って俺の頭を優しく撫でる。撫でられることでなぜか落ち着いた気持ちになる。これが母親の力なのか?


 お母さんは30秒くらい頭を撫でてくれた。


 そして、俺の頭から手を離す。


 手を離された瞬間、名残惜しいと感じてしまう。なぜだ。


 お母さんは俺から手を離すと、近くにいる先生に視線を向ける。


「それで先生、宏君にこんなケガをさせた子がこの病院にいるんですよね?」


 お母さんは真顔で先生に問いかける。その顔には迫力もあった。


「は、はい」


 お母さんの迫力にひるんだのか、歯切れの悪い返事をする先生。


「会わせてくれませんか?今すぐに」


 お母さんは先生にそのような要請する。


「い、今すぐですか。それはさすがに」


「いいですから。お願いできませんか?」


 お母さんは先生の言葉を遮り鋭い視線で先生を見る。


「わ、わかりました」


 お母さんの迫力と視線にビビった先生が了承する。


 お母さんは先生と一緒に病室を出ようとする。


「お母さん!」


 これから起こることを予測した俺が止めようと声をかける。


「宏君はお母さんが戻って来るまで安静にしておくのよ」


 お母さんは笑顔で微笑む。


 ダメだ。ああいうお母さんは止まらない。俺の話を聞こうとしてないあたりがそれを示している。


 お母さんは病室から出て行く。


 そして、10分くらいが経過した。


 頭に包帯を巻いた男性が病室に入って来た。山西先輩だ。しかもお母さんと一緒に。


 山西先輩は俺が寝ているベットまで歩いて近づいてくる。


「ケガをさせてしまい本当にすいませんでした。もう2度としません」


 俺に高圧的だったあの山西先輩が頭を下げ謝罪してきた。謝罪する山西先輩は涙目だ。


「い、いえ」


 事の経緯をある程度わかっている俺はそういうことしかできなかった。


「2度と宏君にこんなことするんじゃないわよ、いい?」


「はい」


 お母さんの忠告に俯きながら返事をする山西先輩。その返事は高圧的な山西先輩からは考えられないほど弱弱しかった。


 あれはお母さんに説教をされたのだろう。俺を傷つけたり、バカにする人がいたらその人には容赦しない。幼稚園や小学校の低学年のときも俺を傷つけたりバカにしたりした子には容赦なく、ものすごい形相で説教してたからな。山西先輩もその類だろう。


 山西先輩は1人で病室を出て行く。お母さんは連れて来ておいて見送らない。もはや、山西先輩が病室から出て行くのを見てもいない。


 だって、笑顔で俺を見てるし。


 あの山西先輩に対していたたまれない気持ちを抱いてしまう。あれだけひどいことされたのに。


 この後に、朝本さんが警察官の人と一緒に俺を探してくれて、見つけた後に救急車をよんでくれたことを知った俺。


 俺はお母さんと一緒に朝本さんにお礼を言うと、入院する必要はないということで、お母さんが運転する車に乗って自宅へと帰った。

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