第60話 迎撃

 お梅達から離脱した又兵衛等十騎余の騎馬兵は、村の出口で敵

の一群が出で来るのを待ち構え、これを鉄砲で迎え撃った。

 出口は柵で道幅が狭まり、多くの騎馬隊が追撃の勢いを削がれ

ようやく飛び出た所で又兵衛達の狙撃を受けて落馬していく。

 弾が尽きると又兵衛は長槍を持って敵兵を次々と打ち払い、大

声を張り上げて敵兵達を震え上がらせる。

「命の惜しくない者はここに来い!この又兵衛の槍の錆びにして

やるわ」

 又兵衛達の猛攻に恐れをなした後続は、大勢を立て直そうと一

旦出口の手前で立ち止まり、鉄砲を用意し始めた。

「そろそろ潮時じゃな。行くぞ!」

 一転して又兵衛達は線戦を離脱し、脱兎の如く素早く馬を駆って

真田丸へと帰還した。



 大助は藤次郎達と入れ替わりに馬に乗り、後続の前田勢が来る前

に篠山を後にする。

 お梅達を追って池の東側に向かった軍勢と反対に西側から大きく

迂回して真田丸の近くまで辿り着いた大助達は、間一髪軍勢が真田丸

に到着する前に砦の中に滑り込んだ。

「大助!」

 先に真田丸に戻っていたお梅が駆け寄り、大助の手を取る。

「良かった、無事で‥‥‥」

 涙ぐむ姉に気恥ずかしさを感じ、お梅の手を振り解き大助はぼそり

と礼を述べた。

「皆、姉上の事を褒めておりました。此度もまた姉上に救われてしま

いましたな」

「まだ藤次郎殿達が敵方に残っている。又兵衛様達も此度の陽動に協

力してくださりまだ戻らぬ。無事に戻って来れれば良いが」

 お梅がまだ帰還しない者達の心配をしている所へ、又兵衛達が全員

無事に戻ったとの報せが入り、安堵の表情を浮かべる。

「後は藤次郎殿達が戻れば良いが‥‥‥」

 焦燥を滲ませるお梅を見て、もし藤次郎達の身に何かあればきっと

優しいこの姉は、自分を責めるかも知れないと大助は思った。

『藤次郎達を何としても無事に連れ帰らねば』

 大助は再び城を出て戦に赴く覚悟を決め、父信繁の居る櫓へと向か

った。



 篠山から登った火の手を見た前田勢は、麓の部隊が敵方を落とし進

軍したと思い込み、慌ててその後を追って真田丸へと攻め込んだ。

 これは事前に利常より伝えられた「大阪城より火の手が上がったら

進軍せよ」との命令を勘違いし、先走った前衛の武将達が手柄をたて

ようと先を争い出陣してしまった為である。


 騎馬歩兵合わせ千以上の大群が真田丸へと押し寄せたが、まだ暗い

うちの進軍に当たりの様子も分からずに進んだ兵達は、夜明け前立ち

込める霧の中から忽然と現れた巨大な船の様な砦の外壁に圧倒された。

「な、なんじゃ‥‥この壁は‥‥‥」

 初めて間近で見る真田丸の異様な外壁は上に行く程反り上がり、足

場の無い土壁の上部には無数の穴が空いている。

 南に張り出た舳先の様な高台にも厳重な囲いが造られ、火矢や鉄砲

を凌げる様に木の柵の上から土嚢を積み上げていた。

 真田丸の外側には二重の堀が設けられ、それぞれに先端を尖らせた

丸太が組まれ、騎馬では容易に渡れない様になっていた。


「これはこれは、この様な朝早くから物々しい事ですな皆様」

 真田丸の目前に辿りついた先陣の軍勢は、声のする砦の先端を仰ぎ

見た。

 そこには甲冑も兜も着けず狩衣姿で、悠然と先端の高台に立つ信繁

が居た。

「はてさて、皆様その様に慌てて何かお探しですかな?狩りの獲物が

見つかりませぬか。手ぶらでお帰り頂くのもお気の毒故、この真田信

繁がお相手つかまつろう」

 信繁は鉄砲を徐に構えると、先陣の指揮を取る武将の側の旗を目掛

けて撃った。弾は見事に命中し、旗の柄が真っ二つに粉砕した。

 旗を持っていた男は小便を漏らしその場に蹲り、近くの兵達も頭を

下げて屈み込む。

「おのれー愚弄しおって、許さんぞ!」

 信繁の挑発に色めきたった将達は自身の歩兵を先に進ませ、侵攻を

阻む堀の障害物を取り払おうとするが、外側の堀に辿り着いた途端に

真田丸の城壁から鉄砲で撃たれ、次々と足軽達が倒れていく。

 何とか障害を乗り越えて次の堀に向かう者達もいたが、真田丸の壁

に設けられた無数の穴から雨霰の如く弾丸が放たれ、堀の内外に多く

の屍が増えていく。

『何と愚かな、これでは無駄に兵の数を消耗するだけだ』

 信繁は敵方の将達の無策な攻撃に眉を潜め、無能な彼らの為に死に

逝く大勢の命を悼んだ。

 しかしこちらも手を緩める訳にはいかない。

『この戦で完膚なきまでに敵勢を退け、家康の方から和睦を求めさせ

られればしめたものだが––––– 』

 信繁は彼方の後方に本陣を置く家康と秀忠の大軍を見据え、後ろの

本体が動く前に短時間で勝敗を決したいと考えていた。

『やはりもう一押し必要か』

 信繁がそう考えていると、側で父の采配を憧憬の目で見ていた大助

が初陣を願い出た。

「敵方の将の首を必ずや取ってまいります。どうか次の出撃の一陣に

加えて下さい」

「こちらから打って出るにはまだ時期尚早じゃ。だが、そうだなお前

もそろそろ戦場を知っておいても良いかも知れぬな」

 信繁はこの一年余りの間に、逞しく成長した息子をじっと見つめた。

 本来ならきちんと元服の儀を済ませてから、初陣に送り出してやり

たいと親心として思ったが、明日をも知れぬ互いの運命を慮り信繁は

大助に命じた。

「大助、これより木村重成殿の元に行き、を上げる様に伝えよ。

その後は木村殿の命に従い出陣せよ」

「はいっ」

 大助は顔を輝かせて頷き、信繁が仁左衛門を伴う様に伝えると、

仁左衛門に駆け寄りその手を取って言った。

「仁左衛門、よろしく頼む」

 仁左衛門は守役だった清庵を思い浮かべながら、今ここにあの男が

居たら感涙で言葉にならなかっただろうと心の中で苦笑した。

『お前に代わり儂がしっかり大助様をお守りするでな』

 仁左衛門はその決意を込めた眼差しを信繁に見せ、深々と頭を下げ

ると大助の後を追った。

 

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