奪われた努力


雫は制服に着替えて駅近くのカフェへ行き、花梨が来るのを待った。

すると、数分後に花梨はやってきて、雫に声をかけた。


「お待たせ」  

「来てくれてありがとう」

「んで?美味しいチョコの作り方だっけ?」

「そう」

「んー、蓮先輩なら高級なチョコ渡しとけばいいんじゃない?手作りって言ってもバレないよ」

「て、手作りじゃなくてもいいものなのかしら」

「雫先輩がどんな想いで渡すチョコかによるんじゃない?」

「......」

「そんな顔赤くしてー、どんな想いなの?」

「か、花梨さんには関係ないわ」

「は?んじゃなんで私に頼ったんだし」

「な、なんとなく......」

「いいや、私帰るね」

「どうして?」

「頼む側の態度じゃないから。雫先輩さ、完璧人間のふりして、気抜くと大したことないよね」

「......ごめんなさい」

「ラストチャンス。どんな想いで渡すの?」

「......言うから、外に出ましょう」

「了解」


二人でカフェを出ると、雫は両手で顔を隠しながら小さな声で言った。


「......好き」

「はい?私に告白してるの?ごめん無理」

「わ、分かってるわよね」

「はいはい、とりあえず本屋に行こう」

「なぜ本屋?」

「バレンタイン向けとかの本、それなりに見たほうがいいでしょ」

「そうね、行きましょうか」


本屋に行き、バレンタイン特集コーナーで、花梨は一冊の本を手に取った。


「ダメよ花梨さん」

「なにが?」

「立ち読みは泥棒よ?」

「え、なに言ってんの?」

「この本を作るのに努力をした人間がいるの。立ち読みは努力泥棒よ」

「ん、んじゃ、目次だけ見て、いいのがあったら買うしかないね」

「きっと全部、いい情報が書いてあるわ、全部買いましょう」

「そういうとこ、本当アホっぽいよね」

「失礼ね」

「全部とかどうやって運ぶの。適当にこの二冊でいいよ」

「適当で大丈夫かしら」

「あ、あとこれも」


花梨はウーパールーパーの写真集を雫に渡した。


「そうね、頼みを聞いてくれたお礼に買ってあげるわ」

「ありがとう!あと、蓮先輩が好きな本あるよ」

「そ、それも買っておこうかしら......」

「来て来て、こっちにあるから」


花梨はグラビアコーナーに雫を連れてきて、巨乳の写真集を雫に渡した。


「蓮くんって......本当にこれが好きなのかしら......」


雫は蓮に胸を揉まれたことを思い出し、とっさに胸を隠すように腕を胸に当てた。


「え、今なにかを思い出したような顔したけど......」

「も、揉まれてなんてないわよ!」

「......」

「......」

「マジ......?」

「事故で......」

「な、なーんだ!あはは......さすがに事故だよね」

「......」


その後、変に気まずい空気が流れたが、バレンタインの本二冊とウーパールーパーの写真集を購入し、二人は花梨の家に向かった。


「お邪魔します」

「え⁉︎雫じゃん!」

「あら千華さん、お邪魔するわね」

「遊びに来たの?遊ぼ遊ぼ!」

「いいえ、千華さんに用はないわ。千華さんがこの世の人間の中で1番頼りにならないことをしに来たから、大人しくしててちょうだい」

「なにそれ!」

「はいはい、お姉ちゃんは部屋で同人誌でも読んでな」 

「同人誌のこと言うな‼︎」

「家ではお姉ちゃんって呼んでるのね」

「よ、呼んでない!」

「今呼んでたわよ?」

「マジでそれ以上追求したら協力しない」

「ご、ごめんなさい。花梨さんのお部屋に行きましょうか」

「うん」


二人を見た千華は体を震わせた。

(花梨が......雫を手懐けた‼︎)


二人は花梨の部屋で本を読みながら、どんなチョコがいいか話し合いを始め、隣の部屋に居た千華は、二人が気になって壁に耳を当てていた。


「この猫の型取り可愛くない?」

「本当ね」

「蓮先輩、レックスのこと大好きだから、猫の形にしたら喜びそう」 

「その形はどこで手に入るのかしら」

「100円ショップだってさ」 

「100円で買えるなんて、危ない店じゃないわよね」 

「黙れ金持ち」

「だって100円よ?あっ、一回しか使えないとかかしら」 

「はぁ......とにかく形は猫で決定ね」 

「そうね」

「あとは味だけど、チョコ作ったことは?」

「ただ、牛乳を混ぜて作るやつと生チョコぐらいなら作ったことがあるわ」

「生チョコでいいじゃん」 

「美味しいって思ってくれるかしら」

「大丈夫大丈夫。そういうのは気持ちだから。あ!肉球の型取りもある!完璧!今から買い出しして、実際に作ってみる?」

「そうしましょうか」


二人は買い出しに行き、ついでにエプロンも買って家に戻ってきた。


雫はピンクのエプロン、花梨は黒のエプロンを身につけた。


「私が黒を選んだのよ?」

「気にしない気にしない!記念に写真!」

「ちょっと!勝手に撮らないでちょうだい」

「私達のツーショットとか初めてじゃない?」

「そうかもしれないけれど、SNSとかに投稿しちゃダメよ?」

「分かってるって」


それからレシピ通りに生チョコを作り始め、作り始めてしまえば、生チョコを作ったことのある雫は完璧で、花梨が手伝う間もなかったが、顔にチョコが付いているのを見て、花梨はこっそり写真を撮った。


「あとは冷やすだけね」 

「うん、出来上がるまでなにする?」

「お話でもして、ゆっくりしましょうか」

「いいよー」


その頃蓮は、雫が蓮のことで頭がいっぱいとは知らずに、瑠奈と林太郎と一緒にボーリングを楽しんでいた。


「ストライク‼︎」  

「凄いよ蓮!」

「次は瑠奈の番!」

「頑張れー」

「よし!そーれ!」


瑠奈が転がしたボールは、ゆっくり曲がってガーターに落ちてしまった。


「あー‼︎」

「もっと軽いボールにしたら?」

「1番軽いの選んでるもん」

「瑠奈には才能がないんだよ」

「林太郎、今なんて言った?頭もいで転がしてやろうか!」

「なにそれグロい......」


この二人、本当に両思いなのか疑いたくなるぐらい仲悪い時あるよな......


それから3時間後、生チョコが出来上がり、雫と花梨は味見をした。


「美味しいじゃん!」

「これで大丈夫かしら」

「問題なし!バレンタインの前日、学校終わったら作りに来なよ!」

「いいえ、自分の家で作れるわ」


すると、千華が勢いよくキッチンに入ってきた。


「えー!隠し味入れてあげようと思ったのに!」

「うん、自分の家で作った方が良いかもね」

「絶対にそうするわ」

「それ、どういう意味?」

「それじゃ花梨さん、今日はありがとう」

「どういたしまして」

「え、無視?」


そしてバレンタイン前日、雫は深夜までチョコレートを作り直し、納得のいくチョコができると、最後に父親に渡すチョコレートを作って眠りについた。


翌朝雫は、朝食の時間に父親にチョコを持っていった。


「お父様、今日はバレンタインだから、チョコを作ったわ」

「嬉しいよ!毎年ありがとうな!」

「どういたしまして」

「それで、もう一つは誰に渡すつもりだ?」

「......も、もう一つなんてないわよ?」 

「情報が入っている。無いと言うならカバンの中を見せてみなさい」

「......」


雫は朝食に手を付けず、慌てて家を出ようとした。


「待ちなさい!」

「まさか婚約者がいながら、他の男に恋なんてしてないだろうな。会長だった時の雫はどこにいった。もっと現実を見なさい」

「卒業までの間ぐらい、好きにさせてください......」

「ダメだ。今すぐその男と縁を切るんだ」


そして雫の父親は、無理矢理雫のカバンを奪い、中からチョコレートを取り出した。


「返して!」


雫は父親からチョコレートを取り返そうと父親の腕を掴むと、父親は痛みで顔をしかめ、チョコレートから手を離してしまい、チョコレートはそのまま床に落ち、雫は父親から手を離して俯いた。


「恋愛なんかしたって、卒業したらすぐに結婚するんだ。それに、雫が他の男と恋愛してるって噂が相手の耳に入ったら大変だ。分かったね?」

「......はい、ごめんなさい......」

「そ、それじゃ朝食の続きにしようか」

「いりません......」


雫は床に落ちたチョコレートの入った箱を拾って家を出ていき学校に着くと、花梨に屋上に呼び出された。


「雫先輩、ちょっとだけ私の話聞いて」

「なにかしら」

「私、本当は蓮先輩にチョコを渡そうと思ってた。でもやっぱり、雫先輩に譲るよ」

「......どうして?今からでも買って渡すべきよ......」

「雫先輩は、私の中の幸せになってほしいランキング二位だからね」

「一位は?」

「蓮先輩......かな?だから、私が諦めた分も、絶対にチョコを渡してね」

「......ごめんなさい。チョコは......渡せなくなったわ......」

「......は?」

「ちょっと落としてしまって、学校に来る時に中を確認したらぐちゃぐちゃになっていたの......ごめんなさい......」

「......ふざけんな......ふざけんなよ‼︎」


花梨は雫に掴みかかったが、雫は一切抵抗しなく、無気力に胸ぐらを掴まれるだけだった。


「やっぱり私は幸せになってはいけないの......決められた人生を歩んでいくしかないのよ......」

「知らねーよ。人生も自分で決められない先輩だったなんて......」


花梨は校内に戻っていき、雫は静かにベンチに座り込んだ。


「お困りのようだね」

「梨央奈さん、いつから見ていたの?」


梨央奈は物陰から姿を現し、雫の隣に座った。


「最初から!チョコ落としちゃったんだって?」

「そうよ」

「でも頑張って作ったんじゃないの?」

「......いつもよりは頑張ったかもしれないわね、多分」

「んー、なにかいい方法はー」

「もう......諦めたから大丈夫よ」


その時、ガチャっと音が聞こえ、ドアの方を見ると、そこには千華と乃愛と結愛が立っていた。


「馬鹿千華!なに開けてんの!」

「誰が馬鹿だ!」

「盗み聞きバレた」

「本当だよ!」

「みんな、何しに来たのかしら」


乃愛は雫の前に立ち、雫の両肩に手を置いた。


「全員で雫の力になる!」

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