2人とも救ってあげる


「はーい、みんな席につきなさーい」


今日から授業時間が9月にある修学旅行に関する話になり、瑠奈と林太郎くんに誘われて同じ班で修学旅行に行くことになった。


「修学旅行で行く場所は東京です!」

「林太郎くん、青森から東京ってどれくらい?」

「三時間ぐらいじゃないか?」

「ねぇねぇ、新幹線の中でトランプしようよ!」

「気が向いたらねー」

「......なんかさー、蓮ずっと元気ないよね」

「確かにな」

「だって、失恋したばっかりだし」

「......ん?」

「乃愛先輩と別れたの⁉︎」

「夏祭りの日に振られた」

「それはなんとも残酷な......」

「本当だよ、失恋した日に2人が付き合っちゃうんだもん。呪うしかない」

「やめてくれ」


それから修学旅行に関しての話し合いをして、昼休みも乃愛先輩に会わないように、瑠奈に頼んでパンを買ってきてもらって教室でお昼を済ませた。


それからなるべく教室から出ないようにして、放課後になり、僕が靴を履き替えようとした時、瑠奈が心配そうに話しかけてきた。


「生徒会行かないの?」

「うん」

「怒られない?」

「怒られてもいいかなって」


僕がそう言うと、耳を疑う言葉が聞こえた。


「キモ」

「え」

「わ、私言ってない!」


瑠奈が慌てて首を横に振ると、その声は僕の後ろから聞こえてきた。


「私が言った」

「美桜先輩でしたか」

「振られたんだって?」

「はい......」

「そうやって怒られてもいいとか、ガキみたいなこと言ってるから振られたんじゃない?」

「蓮の気持ち分からないの⁉︎なんでそんなこと言うの‼︎」

「瑠奈、僕は大丈夫だよ」

「分からないね。私、振られたことないし」


嫌味な先輩だなーと思っていると、そこに林太郎くんがやってきた。


「瑠奈、帰ろ」

「うん!いい?蓮をいじめたら許さないから」

「いじめたりなんてしないよ」

「ならいいけど。んじゃ、蓮......」

「バイバイ、気をつけて帰ってね」

「ありがとう」


瑠奈と林太郎くんが帰っていくと、美桜先輩は僕の左足を踏みつけて、鋭い目つきで睨んできた。


「いじめないんじゃなかったんですか?」

「アンタの顔見てるとイライラしてくる」

「んじゃ見ないでください」

「随分と生意気になっちゃって、いろいろ吹っ切れたってこと?」

「そうですね」

「自分が1番不幸ですみたいな顔して、周りに心配されてたら満足かよ」

「辛い時に辛そうな顔しちゃダメなんですか?辛いのに笑顔でいたら、次は素直になりなよとか無責任なこと言うじゃないですか」

「......」

「足退けてください」


美桜先輩は何も言えなくなって足を退かしてくれた。


「雫にもそんな態度とれんの?」

「雫先輩は関係ないじゃないですか」

「雫はきっと蓮を心配してる。今はなにも言ってこなくても、雫はそういう人だから」

「ニャ〜」

「あ、レックス」

「捕まえて捕まえて!」


そう言って慌てて走ってきたのは乃愛先輩だった。

僕はレックスを抱き抱えて乃愛先輩の顔を見ないようにした。


「蓮......」


無言でレックスを渡すと、乃愛先輩は一歩下がって悲しそうに言った。


「ごめん......」

「いえ」

「生徒会室来ないの?みんな待ってるよ?」

「気まずかったので。でも、今乃愛先輩と話しちゃったので大丈夫です。行きます」

「うん、行こ」

「ねぇ、こんな男のどこが良かったわけ?」

「全部」


乃愛先輩はレックスを抱えて俯いたまま歩き出し、僕はその後ろを着いて行った。


「昨日、無断で帰ったの怒られますかね」

「怒られないよ。ねぇ......」

「はい」

「蓮と話せなくなっちゃうのは嫌だ。自分勝手だけど、私を拒絶しないで......」

「それじゃ、どうして振ったんですか?」

「幸せにしたい人がいたから」

「新しい彼氏ですか?」

「違う。私、そんなに最低じゃない」

「僕、まだ乃愛先輩が好きです」

「......ごめんね......」


暗い雰囲気のまま生徒会室に入ると、昨日無断で帰ったことには触れず、雫先輩は普通に話しかけてきた。


「ちょうど良かったわ。蓮くんはどう思うかしら」

「な、なにがですか?」

「学園祭の出し物、なにがいいか話し合っていたのよ」

「え、えっとー、レックスのお触りコーナーとか」

「乃愛さんと同じことを言うのね」

「さっき、ストレスが溜まるからって却下されちゃった」

「んじゃ、適当にミックスジュース売るとか」

「学園祭でいいところ見せておけば、次の生徒会選挙が有利になるのよ?」

「僕、選挙には出ません」


生徒会のみんなの視線が僕に向けられ、雫先輩は握っていたペンを筆箱に入れて立ち上がった。


「今日は解散しましょう」


僕は速やかに生徒会室を出て帰宅する途中、涙を我慢しながら歩き続けた。

(このままじゃダメだって分かってるのに......)


その頃雫は、屋上のベンチに座って黄昏ていた。

そこに二つのイチゴ牛乳を持った乃愛がやってきて、一つを雫に渡して隣に座った。


「生徒会長は花梨にしてもらうことになるのかな」

「花梨さんでも務まるでしょうけど、経験が浅すぎるわ」

「ごめんね......」

「私が蓮くんに逃げてもいいと言ったのよ。蓮くんとやり直す気はないの?」

「......逆にさ、雫は付き合う気ないの?」

「ないわ」

「本当に卒業したらあの男と結婚するの?」

「そうなるわね」

「あんな男、雫には似合わないよ」

「似合う似合わないじゃないのよ。私達の結婚で大きな額のお金が動く。結婚した方がいいのは確かだわ」

「愛ってお金で買えるんだね」

「馬鹿にしないでちょうだい。私はあの男を愛することはない」

「......話逸れたけどさ、結局、次の生徒会長どうする?」

「蓮くん一択よ」

「でもやらないって言ってたじゃん」

「まだ時間はあるわ。学園祭での出し物は、私達で決めましょう。それと、しばらくは無理に生徒会に来させなくて大丈夫よ、蓮くんは今いろんなことから逃げている、逃げた先で良い答えと出会ってくれることを願うわ」

「雫の考え方変わったね。願うだけじゃダメってタイプだったのに」

「きっと、私も不安なのね」

「え?」

「長く貴方達と居て、自分の心にも色んな変化があったように感じるわ」

「いい意味で?」

「良くも悪くもよ」

「そっか......お願いだから、蓮を救ってあげてよ......」

「それは乃愛さんの役目だったんじゃないのかしら」

「私じゃもう救えないから」

「乃愛さんの代わりに私が蓮くんを救ったとして、乃愛さんは私にどんな報酬を与えることができるかしら」

「お、お金はないよ......」

「お金以外でよ」

「んじゃ......幸せとか?」

「無理な報酬ね。でも、それすらも願ってみようかしら」

「つ、付き合う気になった?」

「勘違いしないことね、乃愛さんは蓮くんを救ってほしいとお願いしてきた。それは乃愛さん自身の心も救われたいから......違う?」

「そうかもしれない......」

「いいわよ、2人とも救ってあげるわ。私達は仲間ですものね」

「雫......」


その日の夜、蓮の家に中川先生がやって来て、玄関で話をした。


「雫さんから聞いたわよ?生徒会長に立候補しないんですって?」

「はい」

「どうして?」

「いろいろめんどくさくなりました」

「雫さん、言葉には出さなかったけど悲しんでいたわよ?」

「実際僕がなったとしても、僕に務まるとは思いません」

「誰だって最初は自信なんてないの。授業中も元気がなかったし、なにかあったの?」

「......恥ずかしいですけど、失恋ってやつです」

「え?誰?いつも生徒会の誰かが側にいるから、全然誰だか分からないよ」

「乃愛先輩です」

「へー!」

「なんですかその嬉しそうな顔」

「意外な組み合わせだなって!てっきり、梨央奈さんとか千華さんみたいな人が好きなのかと思ってた」

「梨央奈先輩は元カノです」

「蓮くんって意外と凄いのね」

「とにかく、僕はやりません!きっと花梨さんが会長になってくれます」

「そっか。それじゃ最後に、雫さんから伝言です」

「え、はい」

「夏祭りの日、言い忘れていたことがあります。私は逃げてもいいと言ったけれど、逃すとは言ってないわ。だって」

「な、なんですかその怖い伝言!」

「気をつけなさいね、女の子は怖いんだから」

「担任ですよね!助けてくださいよ!」

「それじゃ私は帰るわね。いっぱい食べてよく寝なさい!」

「ちょっと!」


......ダメだ、あの教師には頼れない。

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