感じさせて


「合宿お疲れ様、みんな気をつけて帰りなさい」 

「雫先輩は帰らないんですか?」

「今から中川先生が来るの、猫を預けてから帰るわ」

「そうですか、それじゃ先に失礼します」

「お疲れ様」

「蓮、今から家に行きたい」 

「乃愛先輩は疲れてないんですか?」

「うん!」

「んじゃまぁ、行きますか」


二日間の合宿が終わり、乃愛先輩と一緒に僕の家に帰ると親の靴が無く、リビングのテーブルに手紙が置いてあった。


「なになに?お母さんとお父さんは、沖縄旅行中でーす!って、僕を置いて⁉︎」

「蓮、捨てられちゃったの?」

「縁起でもないこと言わないでください」

「とりあえず蓮の部屋行こうよ!」

「いいですよ」


僕の部屋に来て何をするのかと思ったら、乃愛先輩は僕のベッドに横になって携帯をいじり始めた。


「なにします?」

「蓮も横になりなよ!」

「何する気ですか」

「ただ一緒に携帯で動画を見たり、お喋りするだけ!」


怪しいなーと思いながらも乃愛先輩の隣に横になってみたが、本当に携帯で動画を見始めた。

別になにかを期待していた訳ではない!と言ったら嘘になるが、こういうのんびりした時間も悪くない......


「見て!このハムスター可愛い!あれ?寝ちゃったの?」


蓮は合宿の疲れから寝てしまい、乃愛は合宿で撮った写真と動画を見ながら時間を潰した。

お昼過ぎに蓮は目を覚まし、乃愛は嬉しそうに蓮の頬をツンツンしながら話しかけた。


「やっと起きた」

「寝ちゃってました」

「合宿疲れたもんね」

「はい。ちょっと顔洗ってきますね」

「うん!」


寝ている間、すごい嫌な夢を見ていた。

理由は分からないけど、乃愛先輩が一人で泣いていて、話しかけても僕の声が聞こえてない寂しくも寂しい夢だった。


「顔洗ってスッキリしました!」

「よかった!」

「そういえば夢で、乃愛先輩が泣いていたんですけど、本当になにか悩んだりしてません?」

「私が悩んだりすると思う?」

「んー、微妙」

「なんだそれ!とにかく私は大丈夫だから、悩むタイプじゃないし!」

「そうですか」


いつもと変わらない笑顔を見て安心してベッドに座ると、乃愛先輩も起き上がり、携帯の画面を見せてきた。


「見て!合宿の時の写真!」


それはみんなで花火をしている写真で、雫先輩が、ほんの少しだけ笑っている様に見えた。


「僕の携帯にも送ってください!」

「いいよ!」


合宿で撮った写真を送ってもらい、SNSに投稿しようと思ったが、生徒会のみんなが楽しそうに写っている写真を投稿するのに、雫先輩だけブロックしてるのは仲間外れ感があり、危ない投稿は消して雫先輩をフォローすることにした。


その頃雫は、自分の部屋で生徒会メンバー達のアカウントを眺めていた。

(みんな合宿楽しめたみたいでよかった。蓮くんは、どうだったんだろう......)


雫は保健室でのことを思い出し、思わず枕に顔を埋めた。


「忘れたい」


その時、携帯の通知音が鳴り、携帯を確認すると蓮からフォローされたというものだった。


「蓮くん⁉︎」


雫はすぐに起き上がって蓮のアカウントを見にいくと、合宿の時の写真と一緒に(合宿最高でした!)と投稿されていた。

他の投稿も見ようと、画面をスクロールしようとした時、間違ってハートのマークに指が触れてしまい、雫は焦ってSNSを閉じて花梨に電話をかけた。


「も、もしもし」

「なにー?疲れてるんだけど」

「大変なの、SNSで蓮くんの投稿を見ていたら、ハートのマークに触れてしまって」

「だから?」

「あのハートにはどんな意味があるの?」

「あー、あれはね、貴方のことが大好きですって意味。ラブちゅっちゅ〜だよ」

「.......」

「は?いきなりかけてきて急に切るなよ」


雫はすぐにアカウントを消去し、携帯の電源を切って頭を抱えた。

一方その頃、蓮は首を傾げていた。


「雫先輩からいいねされて見にいったら、雫先輩のアカウント消えてるんですけど」

「え⁉︎なんで⁉︎」

「分からないです」

「ネットに疎いから、間違って消したとか?」

「有り得ますね、せっかくアカウント作ってあげたのに......」

「そんなことよりさ、今日泊まるね!」

「え⁉︎なんでですか?」

「少しでも長く一緒に居たいから!」


親が旅行中の家で彼女とお泊まり......僕は今、大人の階段の目の前に立っている。


結局乃愛先輩が泊まることになり、夜になると二人で夜ご飯のパスタを茹で始めた。


「カルボナーラしかないですけど」

「カルボナーラ大好き!」

「よかったです!」

「なんか、こうしてると新婚みたいだね!」

「はい!なんかいいですね!」


乃愛先輩と結婚したら、毎日一緒に料理を作って、毎日可愛い笑顔に癒されて、絶対幸せなんだろうな。


「あ、ちょっと電話きたのでパスタ見ててください」

「了解!」


瑠奈から電話がかかってきて、僕はリビングを出て電話に出た。


「もしもし」

「夏祭りのことなんだけどさ」

「夏祭り?」

「うん!もう少しで夏祭りじゃん?今年こそは一緒に行こ!浴衣もね、お母さんが縫ってくれて綺麗になったの!」

「うーん」

「大丈夫!見回りもあるだろうから、蓮が暇になるまで林太郎と遊ぶから!」

「そっか!それならいいよ!」


瑠奈が元通りになったのは確かだけど、自分勝手な考え方はあまりしなくなったな。多分。


「んじゃ、当日は暇になったら電話して?」

「分かった!林太郎くんにあまりお金使わせないようにね」

「大丈夫大丈夫!夏祭りのために貯金したの!」

「幾ら?」

「1600円‼︎」

「あまり、林太郎くんにお金使わせないでね」

「もう聞いた」

「あ、ごめん、あまりにも金額が衝撃的で」

「でしょ⁉︎頑張ったの!」

「毎月のお小遣い幾ら?」

「最近は5000円」

「なにに使ってるの?」

「雑誌とか服かな」

「もっと節約しなよ!」

「でも、お昼ご飯とかは梨央奈が奢ってくれるし」

「来年からどうするのさ」

「はっ‼︎......盲点」

「まったく......んじゃ、とりあえず夏祭りの日は林太郎くんと居て、なにかあればすぐに電話して」

「分かった!」


電話を終えてリビングに戻ると、乃愛先輩は目を見開いて僕を見つめた。


「夏祭りの話し?誰?」

「瑠奈ですよ」

「夏祭り一緒に行くの?」

「暇な時間に少し遊ぶだけです」

「そっか、ならいいか」


あれ、素直だ。


それから一緒にパスタを食べて、僕が先にお風呂に入り、ベッドに座って乃愛先輩がお風呂から上がるのを待っていると、乃愛先輩は体にタオルを巻いて部屋に入ってきた。


「ちょっと⁉︎服着てください!」


乃愛先輩は部屋の電気を消し、乃愛先輩の姿は見えなくなったが、バサっと、バスタオルが床に落ちる音が聞こえた直後、僕はベッドに押し倒された。


「裸じゃないですか‼︎」

「思い出をちょうだい......」

「思い出って、そういう?」

「今は、今だけは私が1番だって、1番大好きな人なんだって感じさせてほしい」

「い、今だけって、なに言ってるんですか?ずっと1番に決まってるじゃないですか」

「......」

「どうしたんですか?泣かないでくださいよ」


乃愛先輩から離れてバスタオルで体を覆ってあげると、乃愛先輩は僕に抱きついて声を出しながら泣き続けた。


「焦らなくて大丈夫です。無理にそんなことしなくても、僕は離れたりしませんから」

「そうじゃないの......」

「それじゃなんで泣いてるんですか?」

「好きだから!大好きだから!」

「僕も大好きだから安心してください」

「好き......好きだよ......ずっと一緒がいい」

「来年も再来年も、ずっと一緒ですよ」

「......」


それから乃愛先輩はずっと泣き続け、泣き疲れて寝てしまった。

そして僕は乃愛先輩を起こさないようにリビングで携帯ゲームをすることにした。


その頃雫は、決死の決意で蓮に電話をしようと、携帯を握りしめていた。


「よし......あっ、蓮くん」

「もしもし」

「あの、SNSでハートを押してしまったのだけれど」

「あー!雫先輩からのハート嬉しかったのに、なんでアカウント消したんですか?」

「う、嬉しい?なにを言っているの?」

「いや、誰だって嬉しいと思いますけど」

「......切るわね」

「え⁉︎」


雫は電話を切り、自分を落ち着かせるために部屋の中をウロウロし始めた。

(嬉しいってどういう意味かしら、まさかそんなことはないわよね。蓮くんには乃愛さんもいるんだし)


「お嬢様」

「あ、貴方!ノックは?」

「しましたよ?どうしたんですか?携帯握りしめたままウロウロして」

「なんでもないわ。なんの用かしら」

「お風呂が沸きました」

「そう」

「なんか、少し赤くなってません?まさか熱ですか⁉︎誰か‼︎誰か来てくれ‼︎雫お嬢様が熱を出した‼︎」

「やめなさい!」


すぐに雫の部屋の前に沢山の人が集まり、雫はベッドに潜り込んで言った。


「死にたくない人は今すぐ出て行きなさい。私は本気よ」

「し、失礼しました‼︎」

「......」

(本当、担当を変えてもらおうかしら)

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