自分の人生への思い出
「蓮くん起きなさい」
「......」
「は、離してもらえないかしら」
蓮は雫の腰に抱きついたまま、また寝てしまい、猫は雫の腕の中からピョンっとジャンプし、蓮が眠るベッドの下に行ってしまった。
「起きなさい」
「んー......」
「ま、待ちなさい、ちょっと!」
雫は体を引っ張られ、ベッドに倒れしまい、そのまま蓮の抱き枕にされてしまった。
「れ、蓮くん?本当は起きてるんじゃないでしょうね」
(心臓が......頭がおかしくなりそう)
雫は目の前にある蓮の顔を見て、ドキドキする気持ちが激しさを増し、蓮から離れようにも力が入らなくなっていた。
「みーちゃった、みーちゃった」
花梨の声がして我に返り、咄嗟に蓮から離れてベッドから出るが、蓮は熟睡していて起きない。
「会長って意外と大胆だね」
「ただの事故よ」
「乃愛先輩を蓮先輩のとこに行かせなかったのもこのため?」
「だから事故だと」
「ミャ〜」
「まぁ、わざわざ猫は連れてこないか」
雫は猫を抱き抱えて保健室を出ようとしたが、花梨がドアの前に立ちはだかった。
「乃愛先輩が知ったらどう思うかな」
「ちゃんと説明すれば分かってくれるわ」
「すぐに離れなかったのはどうして?」
「それは......」
「ん?」
「分からないわ......」
「雫先輩さ、自分なんかが幸せになっちゃいけないとか思ってない?」
「どうしてそれを......」
「自分の中で好きだって認めちゃったら、気持ちを抑えられなくなる。違う?」
「......他にも理由あるわ」
「あららー、私が言ったことは否定しないんだー。てか、なにモゾモゾしてるの?」
「......トイレに......」
「トイレね、話はトイレの後でいいよ」
「あの......着いてきてくれないかしら」
「なに?まさか怖いの?」
「......」
「さすがに学校は怖いか。いいよ」
「ありがとう」
「今ここで認めたらね」
「なにを?」
「好きなの?どうなの?嘘ついたら分かるから、正直に言ったら一緒に行ってあげる」
「言えない」
「んじゃ、今日からお漏らし会長だね」
「こんな私が誰かを好きになるなんて、絶対あってはいけないの」
「ずっと頑張ってきたんじゃないの?もういいじゃん」
「ダメよ」
「人生、得か損かだと思うよ?自分の感情押し殺して生きていく先に、雫先輩が得する未来があるの?どうせ変な呪縛に縛られて、くだらない責任感でやってるんでしょ」
「くだらなくなんかないわ」
「言ってみなよ。1番関係が浅い人にだから言えることとか、見せられる自分もあるんじゃない?」
「......」
「ほら」
「......」
雫は猫で顔を隠し、小さな声で言った。
「......す」
「ん?」
「好き......」
「よし、蓮先輩が起きる前に行こ」
「.......」
雫は花梨に猫を持たせてトイレに入り、花梨はトイレの前を離れて真っ暗な廊下を進み、声を出さずに涙を流す乃愛に声をかけた。
「これでよかったの?」
「うん......」
「雫先輩にバレるよ。早く戻りな」
「そうだね」
花梨がトイレの前に戻ると、雫は周りをキョロキョロしながら一歩も動いていなかった。
「どこに行っていたの?」
「ちょっとね」
「言っておくけれど、さっきのはトイレに行くために言っただけで、本当は」
「大丈夫大丈夫、誰にも言わないし。それにしても、その感情がないような顔意外見せてくれないけどなんで?さっきも猫で隠して見えなかったし」
「たまたまよ。生徒会室に戻りましょう」
「はーい」
生徒会室に戻って静かに布団に入ると、乃愛は雫の布団に潜り込み、雫の服をギュッと握りしめた。
「乃愛さん?起きていたの?」
「うん」
「私の布団に入ってきて、どうかした?」
「落ち着かなくて」
「そう。しっかり寝て、起きたらまた特訓よ」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい」
そのまま二人は眠りにつき、朝になると乃愛はジャージに着替えて保健室に向かった。
「れーん!あれ、まだ寝てる」
しばらく蓮の寝顔を眺めて、優しく蓮の唇にキスをすると、蓮は薄っら目を開けてニコッと微笑んだ。
「おはようございます」
「蓮、好きだよ」
「僕も大好きです」
乃愛はもう一度唇にキスをし、その後何度もキスを繰り返した。
「今日はキスが多いですね」
「ずっと大好きだよ」
「なにか不安事でもあるんですか?」
「ううん、大丈夫」
それから僕もジャージに着替えて生徒会室に行き、梨央奈先輩と結愛先輩が調理室で作った味噌汁とおにぎりをみんなで食べ、すぐに武道館へ向かい、今日も地獄が始まった。
お昼まで特訓して昨日と同じようにアイスを食べている時、雫先輩は花梨さんに金の紋章を渡した。
「明日帰ったら、ワイシャツと制服に付けなさい」
「ありがとう」
「これからの予定を説明するわ。みんなアイスを食べながらでいいから聞いてちょうだい」
「はーい」
「今からお蕎麦を食べて、みんなで全ての教室を見て回るわよ」
「誰も居ないのにですか?」
「教室内の細かい所まで見るには良いタイミングよ。私達が気づいていない問題やイジメに気付けるかもしれないわ」
「なるほどー」
みんなで冷たい蕎麦を食べ、僕は乃愛先輩と三年生の教室に向かった。
「いじめって言っても、よく分かりませんよね」
「だねー、とりあえず美桜の机綺麗にしちゃう?」
「うわ、まだ落書きされたままなんですか」
「うん、本人は全く気にしてないけど、書いた人が日に日に罪悪感に襲われてるかも」
「それが美桜先輩の復讐の可能性は」
「まぁ、美桜も馬鹿じゃないからねー、精神面も強い方だし」
「僕も強くなりたいです」
「なれるよ、辛いことがあった時に事実上逃げたとしても、大事なのはその辛さを自分の中でどう解決するかだと思うから、誰にも分かってもらえなくても、自分の中で勝手に解決する強さがあれば大丈夫」
「僕はわがままないので、それでも誰かに分かってほしいです」
「蓮みたいに優しい人なら、分かってくれる人もいるよ!」
「たとえば乃愛先輩とか!」
「まったく、嬉しいこと言わないの!机綺麗にするよ!」
「はい!」
雑巾を濡らして全力で拭いてみたが、時間が経ちすぎて薄くもならず、乃愛先輩は先生の机からマジックペンを取り出した。
「なにするんですか?」
「乾いたマジックは落書きの上からなぞってから拭くと取れるって聞いたことある!」
「そんな馬鹿な」
「まぁ見てなって!」
乃愛先輩が落書きをマジックペンでなぞり、濡れた雑巾で拭くと、驚くほど綺麗に落書きが消えていった。
「すごっ‼︎」
「ね!だから言ったじゃん!」
「さすがです!」
15分ほどそれを繰り返し、美桜先輩の机はみんなと同じ綺麗な机になったが、乃愛先輩はアホなのか、自分が綺麗にしたことを伝えたいがあまり、綺麗にした机にデカデカと(綺麗にしたよ!乃愛より)とマジックペンで書いてしまった。
「完璧‼︎」
「乃愛先輩......」
「ん?」
「アホじゃん‼︎」
「なんでそんなこと言うの‼︎」
「せっかく綺麗にしたのに意味ないじゃないですか‼︎」
「あるの‼︎」
「ない‼︎」
「なにを揉めているの?」
2年生の教室を見回りしていた雫先輩と梨央奈先輩が僕達の声を聞いてやってきた。
「美桜先輩の机、せっかく綺麗にしたのに、こんなこと書いたんですよ!」
「あら、マジックペンを貸して」
「はい」
雫先輩は乃愛先輩からマジックペンを借りて、机の左下に(よかったわね。雫より)と書き、梨央奈先輩にマジックペンを渡した。
「なんて書こうかなー」
「え」
梨央奈先輩は少し悩んだ後、机の右下に(髪黒くしろー!梨央奈より)と書いて満足気な顔をした。
「あの......は?」
「美桜さんはいいのよ」
「なにがです⁉︎」
「落書きされた机を気に入っていた様だし、蓮くんも何か書きなさい」
「書きませんよ‼︎」
美桜先輩は結構雑な扱いをされていると知ってしまった。
それから全員見回りも終わり、早めにシャワーを浴びることになった。
冷たいシャワーもいいけど、やっぱりお湯に浸かりたいなーと思いながらシャワーを浴びていると、また隣から話し声が聞こえてきて、僕の想像力が暴走モードに突入した。
「梨央奈、なにしてるの?」
「おっぱいマッサージだよ!乃愛もやってみな?」
「やったらなんか良いことある?」
「大きくなるよ!」
「え!こ、こうかな?」
「違う違う、こうするの」
「うぅ〜、なんか変な感じ」
「結愛は上手だね!」
「これであってるの?」
「うん!ちなみに、好きな人にしてもらうと、もっと効果があるんだって!」
「......れーん!ちょっと来てー!」
はー⁉︎
「無理ですよ‼︎」
「蓮くんおいでー!」
「梨央奈先輩までふざけないでください!」
めっちゃ行きて〜‼︎許されるなら突入したい‼︎
でも雫先輩が居るし、骨が何本あっても足りない。
また1番最初にシャワーを浴び終わり、外で風に当たっていると雫先輩がやってきた。
「また1番ね」
「はい、女の人は髪が長い分、時間かかりそうですね」
「そうね」
「雫先輩もやりました?」
「なにを?」
「おっぱいマッサージ」
僕......なに聞いちゃってんの〜⁉︎⁉︎
「夜ご飯抜きにするわよ」
「ごめんなさい!」
「私はそんなことをするほど困ってないわ」
「確かに」
「目玉くり抜くわよ」
「ごめんなさい‼︎......えっと、今からなにするんですか?」
「あとは夜ご飯まで自由時間にするわ」
ラッキー‼︎と思ったが、なにもすることがなく、夜ご飯の時間になった。
夜ご飯はみんなで焼きそばを作り、外に出て夜風に当たりながら食べることになった。
「みんな食べたわね。食器を洗ったらお楽しみの時間よ」
「お楽しみ?」
雫先輩はなにも教えてくれなかったが、食器を洗ってグラウンドに集まり、雫先輩を待っていると、雫先輩は大量の花火を持ってグラウンドにやってきた。
「これは夏休みにも関わらず、頑張ってくれたみんなへのご褒美、楽しみなさい」
「おー‼︎花火なんて何年もやってないですよ‼︎」
雫先輩は花火ではしゃぐ僕達を少し離れた場所に座って眺めていて、梨央奈先輩が線香花火を持って雫先輩の所へ歩いて行った。
「はい、雫もやろ」
「私はいいわよ」
「いいからいいから!」
梨央奈は自分と雫の線香花火に火をつけ、隣に座って話をした。
「ご褒美なんて、雫も変わったね」
「変わらなきゃいけないと思ったの、ずっと変わりたいとも思っていた」
「私は嬉しいよ」
「そう、よかったわ」
「この合宿の本当の目的は?」
「特訓が目的じゃないと分かっていたのね」
「もちろん」
「この合宿は、私のための合宿」
「雫のため?」
「......お......思い出が欲しかったの」
「そっか......」
梨央奈は思わず涙が溢れ、手の震えで線香花火も消えてしまった。
「どうして泣くのかしら」
「雫が自分のためになんて初めてじゃん、嬉しい......」
「高校を卒業したら私に自由は無い。結婚させられて、好きでもない男の子供を産んで、ずっと家事をして生きていくの、この合宿は、最初で最後の自分の人生への思い出」
「本当にそれでいいの?」
「いいのよ。一度は抗おうとも考えたけれど、難しいわ」
「蓮くんのこと好きなくせに」
その瞬間、雫は動揺して線香花火が落ちてしまった。
「そんなわけないじゃない」
「見てれば分かるんだよ」
「有り得ないわ」
「そっか。でも、いつか好きな人ができて、その人が人生を変えてくれたら良いね。きっと......いや、絶対変えてくれる」
「他人に期待なんてしないわ」
「雫〜!梨央奈〜!こっち来てー!」
「乃愛が呼んでるよ」
「行きましょうか」
乃愛先輩は三脚に携帯を固定し、全員で花火をしている写真や動画を撮り、そのあとは僕の隣で笑顔を絶やさず、とても楽しそうだった。
「私は先に戻るから、使った花火はバケツに入れておきなさいね」
「はい!」
雫は生徒会室に戻り、花火を楽しむみんなを眺めていると、少し口元が緩んで満足そうに椅子に座った。
(もっと早く、変わろうとする強さが私にあればよかったのに......)
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