過去と花火
去年の雪祭りの日のこと。
雫は梨央奈と一緒に雪祭りの見回りをしていた。
そして雪まつりも終わりに差し掛かった時、雫の携帯に学校の生徒から着信があった。
「もしもし」
「一年の二人組がヤンチャそうな男に連れて行かれましたよ。二人は怯えてたから、多分友達じゃないと思うんですけど」
「どこへ連れて行かれたの?」
「分かりません。でも、この辺りで人目につかない場所は、廃工場しかないです」
「分かったわ。切るわね」
雫は携帯で地図を開き、梨央奈を置いて1番近い工事へ走った。
たどり着いた工場は看板が外された跡があり、すぐに廃工場だと分かった雫は、扉の隙間から中を覗いた。
すると怯えた結愛と乃愛は向かい合って俯いていた。
「早くやれよ!どっちかが動かなくなるまで殴り合え。そしたら返してやるよ」
それを聞いた雫は、堂々と工場の中に入っていった。
「その役、私じゃダメかしら」
「......会長?」
「誰お前」
「この子達の学校の生徒会長よ」
「面白いじゃん。いいよ、二人で会長をボコボコにしたら返してやる」
その頃の結愛と乃愛は、雫と面識は無かったが、さすがに躊躇った。
「早くやりなさい。やれば返してくれる。そう言っているのだから」
「そうそう。やらねーなら、楽しんだ後に俺達がやってやってもいいぞ?」
乃愛は小さな声で言った。
「やるしかない......」
「......うん」
それから二人は男達が満足するまで、無抵抗の雫を泣きながら殴り続けた。
「あー、面白かった!帰ろうぜ!」
結愛と乃愛は、笑いながら工場を出て行こうとする男達に苛立って殴りかかろうとしたが、二人は呆気なくやられてしまい、気を失っている雫に謝り続けた。
それから学校では、結愛と乃愛が雫を誘き出してボコボコにしたという噂が広まり、二人は後ろ指を刺され「狂ってる」「頭おかしい」など、酷い言葉を日々浴びせられ、乃愛は、わざとおかしなもう一人の自分を作り出し、フードを深くかぶり、結愛と雫以外の人間から心を閉ざした。
二人は成績上位で、生徒会に誘うことは視野に入れてはいたが、雫はボコボコにされても迷わず二人を誘い、それから4人で護身術や格闘技を勉強し、共に強くなった。
それから雫は、一度変な噂を断ち切るために二人を停学にした。
そして今年、男達と最悪な再会をしてしまった。
瑠奈達が連れてこられたのは、去年とは違う廃工場だった。
「広〜い」
「乃愛先輩、呑気すぎ!」
男達は階段に座り、リーダーのような男は乃愛と結愛に言った。
「何をしたら俺達が喜ぶか分かるだろ?」
「友達をボコボコにする〜」
「は⁉︎乃愛先輩なに言ってんの⁉︎」
「コイツらは〜、友達をボコボコにさせて、友情を切り裂くところを見て喜ぶド変態〜」
「乃愛、刺激しない方がいい」
「大丈夫〜。ねぇ〜ガム持ってる〜?」
「なんでだよ」
「ガム食べないとやる気出な〜い」
「しょうがねーな」
男はポケットからガムを取り出し、乃愛はガムを貰うために男達の元へ歩きだした。
「ゆ、結愛先輩‼︎乃愛先輩がガムを食べたら私ボコボコにされちゃう‼︎」
「私が守るよ」
すると、乃愛は右手を後ろに回し、結愛と瑠奈に向かってピースサインを送った。
(......いや、なんの合図⁉︎)
「早く食って、さっさとやれよ」
「ありがと〜う......ねっ‼︎‼︎」
乃愛は口にガムを入れた瞬間、リーダーらしき人物にハイキックを決め、乃愛はバランスを崩してそのまま階段から転げ落ちた。
「乃愛‼︎」
「乃愛先輩⁉︎」
二人の男はリーダーを心配して声をかけた。
「おい!大丈夫かよ!」
「しっかりしろって!」
「つ......捕まえろ」
「あはっ!もう去年までの私じゃないんだよ!私はアンタらがずっと憎かった!会えて嬉しいのは私の方だよ!」
「お前ー‼︎」
リーダー以外の二人が乃愛に向かって走り出したと同時に、乃愛も二人に向かって走りだし、乃愛は小さい体で二人対抗するが、流石に男二人相手に苦戦していた。
「瑠奈はなにもしなくていいから」
「う、うん」
結愛が乃愛を助けるために走りだした時
「乃愛‼︎後ろ‼︎」
リーダーの男が鉄パイプをバットのように振り、乃愛の背中を本気で殴りつけた。
「ぐはっ!」
乃愛は顔から床に倒れ、動かなくなってしまった。
「さっすが!」
「おい、それ以上近づいたら、コイツの頭叩き潰すぞ!」
結愛は大人しく瑠奈の元まで下がり、乃愛は激痛で意識が朦朧とする中思っていた。
(誰も救えなかった......雫に救われて、結愛と一緒に強くなったのに......また......繰り返しちゃうんだ......)
「結愛......瑠奈......私をボコボコにしなよ」
「なに言ってんの⁉︎」
「もうあんなの嫌だ......誰かが傷つくぐらいなら、私が......」
「変なこと言わないで‼︎」
「そ、そうだよ乃愛先輩!どうせ後でやり返すくせに!」
「へへっ......私は狂ってる。それに頭がおかしい......あの日からずっと言われてきた......だから、私がボコボコになろうが誰も悲しまないよ」
「いいねー。友情って素晴らしいねー」
「黙れ‼︎‼︎乃愛から離れろ‼︎‼︎」
「はー?」
「そうね。乃愛さんから離れてもらおうかしら」
雫の声が聞こえ、全員の視線が入り口の方に向いた。
「雫......なんで来ちゃうかな......」
「誰だお前‼︎」
「あら。忘れてしまったの?去年の雪祭りで、貴方達の目の前でボコボコにされたのは私よ?」
「あー!生徒会長じゃん!なに?またボコられに来たわけ?」
「なにか勘違いをしているようね。三人の怪我、そして乃愛さんが倒れているのを見るに、随分一人の女の子に苦戦したようだけれど大丈夫かしら」
「なにが言いたい‼︎あんまナメてるとやっちまうぞ‼︎」
その時、生徒会メンバー全員が工事に入ってきた。
「蓮⁉︎」
「瑠奈、もう大丈夫だから」
「ガキが集まって何ができんだよ‼︎」
「私達はこういう時の為に強くなったの。結愛さんも、乃愛さんも、私も、もう一人じゃない。仲間がいる」
それは、雫先輩が初めて生徒会メンバー全員の前で仲間だと断言した瞬間だった。
「警察を呼んでもいいのだけれど、私も個人的な恨みがあるのよ」
「は?恨みを持つならチビの二人にだろ。俺達は直接手を下してない」
「結愛さんと乃愛さん......二人の心を壊した恨みよ‼︎」
雫先輩が大声を出すところを初めて見た。
これは本気で怒ってる......
そんなことより結愛先輩可愛すぎだろ‼︎人形か⁉︎乃愛先輩は倒れてて分からないけど。
「心を壊した?そんなの知るか!」
「そうね。貴方達には関係ないでしょうね。その鉄パイプ使っていいわよ。かかってきなさい」
「か、会長!私なにもできませんよ⁉︎」
「睦美さんは瑠奈さんを避難させて」
「わ、分かった!ほら、行くよ!」
睦美先輩は瑠奈の手を引いて、工事を出て行った。
「ぼ、僕も鉄パイプ使っていいですか?」
「オラァ‼︎」
「ひぃ〜‼︎」
男達は鉄パイプを持ち、僕達に襲いかかってきたが、僕が怯んでる間にみんなは勇敢に立ち向かった。
ぼ、僕もなにかしないと......
僕は階段を駆け上がり、二階から果物を入れるようなプラスチックの箱を頭目掛けて投げ落とした。
「上からとか卑怯だぞ‼︎」
「て、鉄パイプなんて卑怯だ!」
すると、一人の男が階段を駆け上がってきて、僕は二階の奥に逃げるように走った。
「蓮に近づくなー‼︎」
「瑠奈⁉︎」
「なんだよお前、逃げたんじゃなかったのか?」
「蓮を助けにきた‼︎」
「ダメだよ瑠奈!逃げないと!」
「うるさーい‼︎」
瑠奈は男に掴みかかるが、突き飛ばされて転んでしまった。
「大丈夫⁉︎」
「うわっ!浴衣破れた!」
「あ?なに睨んでんだよ」
このままじゃ瑠奈が危ない......やるしかない‼︎
「くらえ‼︎」
「なんだよ‼︎離せ‼︎」
「これは僕が泣きたくなるほどやられた絞め技だー‼︎‼︎」
「うっ!」
男は鉄パイプから手を離し、苦しそうに僕の手を叩いた。
「瑠奈!鉄パイプ遠ざけて!」
「うん!」
瑠奈が鉄パイプを持つのを確認し、僕は男から離れた。
「もう諦めてください!」
「え⁉︎」
男は瑠奈を抱き寄せ、首元に小型のナイフを当てた。
「今頃一階では、お前の仲間はボコボコだ!」
「さて、どうかしらね」
「雫先輩!瑠奈が!」
雫先輩は無傷で二階にやってきて、なんの躊躇いもなく男に近づいていく。
「来るな‼︎この女殺すぞ‼︎」
雫先輩は髪を束ねていたヘアゴムを取り、瞬時に男の目を目掛けてゴムを飛ばした。
「うわっ!」
そこからは一瞬だった。
雫先輩はナイフを持つ手を左手で掴み、男の顎を押さえて壁に押し付けた。
「な、なんだお前......」
「自首しなさい」
「お、俺の仲間はどうなった」
「下で、泣きべそかいて謝っているわよ?」
「......」
男はナイフを床に落として言った。
「参った」
「瑠奈さん、怪我は?」
「大丈夫」
「蓮くんは?」
「大丈夫です」
それから男を連れて一階に降りると、みんな無傷だったが、かなりバテている様子だった。
「乃愛‼︎しっかりして‼︎」
「睦美さん、タクシーを呼んでちょうだい」
「分かった」
結愛先輩は倒れて動かない乃愛先輩の手を握り、心配そうに声をかけていた。
「お、俺達は帰るわ......」
「待ちなさい。貴方達、他の人にも同じようなことをしてきたの?」
「......」
男達は返事をせずに俯いた。
「していたのね。弱い者をいじめて優越感に浸るなんて最低よ」
「遊びのつもりだったんだ」
「貴方達の遊びで誰かの人生が大きく変わるってことを考えなさい。自首しないのなら、謝罪文を書いて鷹坂高校に送りなさい。それによっては貴方達をどうするか考えるわ」
「分かった」
男達は工事を出て行ってしまった。
「雫先輩!いいんですか⁉︎犯罪者ですよ⁉︎」
「今は乃愛さんの方が大事よ」
「そうですね......梨央奈先輩、怪我してないですか?」
「大丈夫!楽勝だったよ!」
それから数分後。
「会長!タクシー到着!」
「蓮くんと結愛さん、乃愛さんを運ぶわよ」
乃愛先輩をタクシーに乗せて、乃愛先輩の隣に結愛先輩が座った。
「蓮くんも一緒に行ってあげて」
「え?僕ですか?」
「見回りは私達でしておくわ。付き添ってあげて」
「分かりました......」
「運転手さん。1番近い病院までお願いします。お釣りはいらないわ」
「え、いいのかい?」
「はい」
雫先輩は1万円を渡し、タクシーの扉を閉めた。
タクシーが動き出し、梨央奈先輩、千華先輩、そして瑠奈は悲しげな表情をして僕を見送った。
病院に着き、僕と結愛先輩は待合室で乃愛先輩の診断結果を待つことになった。
すると結愛先輩は、ため息を吐いた後、去年の出来事を全て教えてくれた。
「だからパーカー着てたんですね」
「顔を隠す為でもあったけど、周りの視線を遮断したかったんだと思う」
「結愛先輩は、乃愛先輩に合わせてパーカーを着たんですか?」
「どうだろう。私もいろんなことに怯えてたんだと思う」
「でも、今はフード取りっぱなしですね」
結愛先輩は微かにニコッと笑い、優しい声で言った。
「蓮は助けに来てくれたからね」
「仲間ですから!」
「......雫が仲間って言ってくれた瞬間、全身に鳥肌が立ったよ」
「怖くてですか?」
「は?」
「すみません。冗談です」
「雫ってさ、優しいくせに私達と距離を取るんだよね。アンタらに興味すらないけど?ぐらいの扱いしてきたりさ」
「まぁ......分からなくもないです」
「でも、仲間って言ってくれた。一人じゃないって言ってくれた。嬉しすぎるよね......こんなの」
「そうですね。そういえば、二人は双子なんですか?」
「知らないんだっけ?」
「はい」
「苗字同じなんだから普通分かるでしょ」
「苗字なんでしたっけ」
「
「あー」
「完全に忘れてたでしょ」
「.....すみません。でも、本当に顔そっくりですね。襟足の色でしか区別つきません」
「もう一つ区別する方法あるよ?」
「なんですか?」
「乃愛は左耳に小さな水色のピアスをしてる」
「水色好きなんですね」
「雫のことが大好きなんだよ」
「関係あります?」
「雫って聞くと水を思い出すでしょ?水は水色のイメージ。だからじゃないかな」
「なるほど」
それからたわいもない会話を続け、外は真っ暗になっていた。
「目を覚ましたらから会ってあげてくれるかな?」
一人の看護師さんに言われ、僕達は病室に急いだ。
「乃愛!」
乃愛先輩は僕の方を見て、横になりながらパーカーのフードをかぶった。
「もう顔見ちゃいましたよ」
「乃愛?蓮は私達を助けに来てくれたんだよ?」
「ふ〜ん」
「えぇ〜、なんで......」
「助けてくれてありがと〜う」
「どういたしまして」
「体は?痛い?」
「背骨折れてるみたい〜」
「え⁉︎」
「それより〜、みんなは〜?」
「みんな無傷だよ」
「雫も〜?」
「うん!」
「安心安心〜」
その時、病室に一人の男性が青ざめた表情で入ってきた。
「乃愛‼︎」
「お父さん⁉︎」
「あぁ、結愛無事か?怪我してないか?」
「私は大丈夫」
すると、二人のお父さんは僕を睨み、勢いよく胸ぐらを掴んできた。
「お前か‼︎お前が乃愛を‼︎」
「えっ⁉︎」
「お父さん‼︎蓮は私達を助けに来てくれたの‼︎」
「そ、そうなのか......悪かった......」
「い、いえいえ」
「乃愛?大丈夫か?」
「平気〜」
「そうか。明日には帰れるらしいけど、しばらく痛いし、しばらく歩く時は車椅子になるらしい」
「分かった〜」
「そういえば結愛、外でフード外してるんだな」
「いろいろあったからね。それに、花火を良く見たいし」
「花火〜」
花火......結局見れなかったな......
「この病院から花火見えないと思うぞ?」
「そんな!乃愛、ずっと楽しみにしてたのに.......」
「残念だな......」
花火が始まるまで後15分か......
その頃瑠奈は、下駄を拾って、そのままベンチで蓮を待ち続けていた。
(浴衣もボロボロになっちゃったし......蓮は行っちゃったし......)
「......帰ろっかな」
瑠奈は静かに涙を流し、自宅に向かって歩き出した。
千華と梨央奈は、見回りをしながらずっと時間を気にしてソワソワしていた。
そんな時蓮は頭をフル回転させて、いい方法を考えていた。
「あ!」
「どうしたの?」
「結愛先輩!携帯貸してください!」
「なんで?」
「花火見せてあげます!ちなみに、瑠奈の連絡先とか入ってます?」
「うん。前交換した」
「ナイスです!」
「壊したらぶっ飛ばすから」
「大丈夫です!いいこと思いついたので!」
「んじゃ......はい。あまり充電無いからね」
「ありがとうございます!」
結愛先輩から携帯を借り、生徒会メンバー全員と瑠奈を招待した新しいグループを作り、僕は結愛先輩の携帯を持って走り出した。
後五分!間に合え!
僕は花火が見える場所まで全力で走り、20時になったと同時に花火の音が夜空に鳴り響いた。
「見えた‼︎」
結愛先輩の携帯で、さっき作ったグループに通話をかけると、全員がすぐに出てくれた。
「なにこのグループ」
瑠奈が不機嫌そうに言うと、雫先輩はいつもの冷たい声で言った。
「画面を見なさい」
「え?......花火......」
これでみんなと一緒に花火が見れる!
「たーまやー‼︎」
蓮の声を聞いた梨央奈と千華と瑠奈の顔には笑顔が戻り、みんな、空を眺めることなく、携帯の画面に映る花火に夢中になって目を輝かせた。
「うわ‼︎電源切れた‼︎」
病院戻るか......
電話が切れると、梨央奈と千華と瑠奈は空を見上げて、同じことを思っていた。
(本当は、誰に見せたかったのかな......)
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