第9話 異常集団との遭遇、フレンズの悪事

「また森で今度は警察が襲撃されたらしいわ」

「そうらしいな」



 俺は蜂に刺されてパンパンに腫れた顔を擦りながらそう答えた。あの後速報で知ったのだが、白い髪の女の子が来園客の親子とカップルに襲いかかり金銭をたかられたらしい。特徴はオタクのような喋り方だったとか、気が触れたような喋り方だったとか。それの全てに一致するのは、どれもスズの特徴ではないということだ。



「なあ、お前どうしちゃったんだ」

「めんせつ?した人はナンセンスね! だって首席なんでしょ?」


「まあ結果は結果だ。俺は今日の研究助手の試験を受けて、来年また挑戦する。それまでは表向きにフレンズの世話はできんが、ここで仕事はできるからな」



 ハヤブサとハクトウワシが心配そうに声をかけてくれた。


 二人共頭から大きな翼とお尻から尾羽を生やしておりシルエット的にはタカと大差ないが、ハヤブサはベージュの制服、ハクトウワシは米海軍の軍服のような服を着ている。ハクトウワシだけは少し白人よりの容姿をしており、所々に英単語の混ざる喋り方をする。


 そしてタカ、ハクトウワシ、ハヤブサの三人で『スカイインパルス』というチームを結成しておりスカイレースで上位常連組の座をものにしている。ハクトウワシがリーダー、タカが参謀、ハヤブサが機動担当だ。



「人間なのに人と関わろうとしないからでしょう? カコさんはそういう所普段から見てるわよ」

「そう言えば久しぶりに三人揃ってるな。ナデナデしたい」



 フレンズ三人の翼の羽が一気に逆立った。動揺を隠そうと各自が羽を畳んだところで、ハヤブサが身を乗り出して声をかけてきた。



「そういえば最近よく聞く事件、フレンズが暴れてるって噂らしいぞ。それが本当なら会ってみたいものだなー」

「会ってどうするの? ハヤブサ」

「飛べるならその場でレースだ! 飛べないなら無視だ、無視」

「ノー! お客さんに危害を加えるならすぐに捕まえるべきよ! 遊んでないで捕まえるのよ。ジャスティスジャスティス!」



 ハクトウワシが決意に満ちた表情でガッツポーズをした。実際何度か問題行動を起こした人間を捕まえたことがあり、自信はあるのだろう。



「ヒデ、あのときの子、あれから会ったの?」

「ん? 誰のことだ」

「ハヤブサは知らないか。私とヒデをナイフもなしにボコボコにした女の子よ。木の枝を忍者みたいに飛んで逃げていったの」

「おお!」

「感心してる場合じゃない。タカのお腹の傷は大丈夫?」



 タカは頷くと、お腹の辺りを擦って見せた。なんか興奮してきた。フレンズの圧倒的回復力で一週間程度でかさぶたも取れ、傷跡もないらしい。見たい。お腹。


 やばい、興奮してきた。



「その腫れた顔でニヤニヤするの無理」

「酷すぎない? 笑顔の練習だこれは。それよりさっきの問いに答えると、無い、だ。まあ森で一悶着あったりしたが、あの子は関係ねえよ」



 あの子は結局フレンズだった。色々と気になることしか無いが、昨日激昂して警察の頭に蜂の巣を本気でぶつけてしまった以上、下手に明るみに出すことができなくなってしまった。謎の世紀末集団のこともあるし、下手にフレンズに明かすと調査しようとしてしまう。


 さすがに一人で抱え込むにはきつい問題だが、まだフレンズを巻き込むべきではない。タカは鋭いところかあるのでいつかは気づきそうだが。


 案の定タカは俺を訝しげに見ている。



「怪しいか?」

「さあ?」

「濁すか。まあいい、俺は試験受けてくる。ハヤブサはラーメンばかり食ってないで野菜も食えよ」

「なっ、どうしてそれを知っている」

「それくらい分かる。唇がテカテカだ」



 研究助手は受けさえすればまず通る。もちろん、まともに勉強していないと入ったあとに死んでしまうが、研究や実験なら慣れているのでどうということはない。


 軽い腰をさっさと上げて、ほぼ手ぶらでその場を後にした。





 

 あまりに終わるのが早すぎて受付だったのかと勘違いしてしまうほどだった。


 その後休む間もなく採用通知が届き、一瞬で俺の就活は終わってしまった。どうにも達成感がないというかなんというか。尤も昨日あんな奴らに襲われなければ良かっただけなのだが。


 それと、襲われて倒れていたことを伝えようと思ったがどうにも殺伐とした雰囲気でダメだった。おそらくだが、下手に報告すると全てあのフレンズのせいになってしまう。最悪の場合、フレンズの身でありながら追われることになってしまうかもしれない。


 そして最悪なことはすぐに訪れた。最近運が悪いようだ。



「なんだなんだぁ? やっかましいなぁ」



 地震があったときにやかましく鳴るように、パークでもなにか重要な事件があるとパーク内の携帯に警報が届くようになっている。ポケットから取り出して確認すると、通知が一つ届いていた。


 大体の内容は、フレンズが人に襲いかかった事件が起きたから、見つけたら一報くれ、とそのようなことだった。フレンズの特徴……白く大きな翼と尾羽、黄色いグラデーションのかかった前髪で全体が白髪。


 完全にスズのことだ。


 今すぐ管理センターに行きたくなったので、ちょうど近くを歩いていたタンチョウに声をかけた。



「あら、管理センターまで? わたくしは遊覧飛行は受け付けていないのですが、ハーネスはお持ちですか?」

「生憎ハーネスはない。低空飛行で頼む」



 タンチョウは少し悩んだ後、承諾してくれた。


 軽く説明すると、北海道の湿原にいる鶴である。優雅に羽を広げているのをテレビなどで誰もが一度は見たはずだ。人の姿になった後はその白と黒の模様が髪と服に現れ、雑念が吹き飛ぶほど端正な顔立ちに笑顔が似合うようになった。物腰柔らかく育ちのいいお嬢様と言った感じの喋り方をするので誰にでも好かれるタイプだ。


 まあ俺ほどのレベルになると雑念のほうが勝つのだが。



「急いでいるようですがどうされました?」

「友達がトラブルに巻き込まれてな。確認しに行かないといけない」

「それはフレンズさん?」

「ああまぁ、そんな感じだ」

「最近良くない噂を聞きますから、どうかお大事に。……私も戦わないといけない日が来るのかもしれません」


「戦わせないよ」



 頭上から少し驚く声とともに、俺を掴んでいるタンチョウの手に少し力が入った。



「君はみんなの人気者としてずっと笑って過ごしてくれればいいんだ。タンチョウちゃん。……もちろん自衛の力が不要って言ってるわけじゃないけど、命をかけるような事態にはさせない」



 不可抗力とは言え飼育員試験に落ちた俺が言っても説得力はないが、これは心構えだ。



「本当にありがとうございます。ふふ、私に戦い方を教えてくれた師と同じですね」

「飼育員なのか? その師って」

「いいえ、お客さんです。ああ、もう着きますよ」



 タンチョウは管理センターの近くの草むらに優しく着陸し、俺を降ろしてくれた。なんというか、行動のすべてが優雅だ。全てが絵になる。


 俺が礼を告げると、優雅に羽を整え飛んでいった。最後に運賃としてジャパリコインを渡そうとしたが拒否したので、こっそりと特製ジャパリまんの引換券に礼を書いてポケットに忍ばせておいた。



「今日は混んでるなぁ。妙に騒がしいし……え?」



 管理センターの受付窓口のところに向かうと、異常な景色が広がっていた。複数の職員があちこちでパソコンを弄りながらなにやら話している。


 それより何より、明らかにこの場にいるべきでなさそうな5人組が部屋の真ん中の椅子を陣取って座っていた。



「今日は仮装パーティの日だったか?」



 右からヒョロガリの金髪の若い男、黄ばんだシャツが汗まみれの太った男、顔中にピアスを付けた赤髪の強面の男、4番目の男は……後述。最後に胸元と背中に卑猥な刺青のあるフレンズほどではないがそれなりに美人な女だ。


 4番目の男が曲者で、何故かもみあげだけ残してすべての毛を剃っており、残ったもみあげは右が赤色の辮髪中国人がよくやってる三編みっぽいあれ、左側が緑色のポニーテイルで、1世紀近く前のスケバン不良JKのような異常に長いスカートを履いている。


 職員が近づくとそのうちのヒョロガリの男が椅子を立ち、何かを怒っていた。顔中にピアスのある強面も立ち上がって凄みを利かせている。



「あいつらの隣しか空いてないじゃん……まいっか」



 俺が卑猥な刺青の女の横に座ると、まさに『なんなんだこいつは』といった感じに驚かれたが、仲間が怒っていることのほうが重要らしくすぐにそっぽを向いてしまった。


 顔ピの強面があまりにも怒るので周囲の人々が見物しだしている。


 どうやらフレンズとトラブルを起こしたらしい。まあこんな異様な見た目だからナミチスイコウモリあたりに腐った果実でも投げつけられたのかと思ったが、そうではなかった。



「ほら見ろこの傷をォ! 責任取ってくれんのか! てめェ! これで一品物の一張羅がこのザマじゃ!」

「ワイのシャツもボロボロだお」

「ねぇーこれやばいよね! 喧嘩しちゃう? おまわりさんきちゃうよ! やったぁ!」

「ちょっと騒ぎ過ぎじゃなぁい?」

「みんな、イカダモが怒っていますよ。少し落ち着いて」



 イカ……ダモ? もしかしてこいつら微生物の名前で呼び合っているのか?

 こいつら本格的にいかれてる。


 相変わらず職員の男の人は怒鳴られまくって怖がっているし、他の職員も集まってきたが萎縮してしまっている。どうかここはお局的な気の強い女が出てこないものか。そう期待したがそれらしき人物は一向に姿を現さなかった


 しょうがない。



「なあ、おい。ちょっとそのスーツ見せてくれないか?」

「なんだお前! 部外者は失せろッ! だからおいお前話を聞いて……」


「俺は部外者だ。だがジャパリ大で4年勉強してきたし多くのフレンズとも知り合って痕跡には詳しいつもりだ。専門家が来るまで俺が対応するから話聞かせろ。話聞く限りフレンズにスーツ破られたって感じか?」



 顔ピ強面が黙る。横の太った男が何かを言いかけたが、その前に大声でかき消した。



「そうだ。部外者だが話のわかるやつが出てきたじゃねえか」

「ああスーツは渡さなくていい、俺の責任にされても困るからあんたが見せてくれ。それと切られたときの状況も」

「……なんだお前! 偉そうだな! おおん!?」



 うわっ胸倉掴んできた。こういう時は相手の肘に自分の腕を乗せて体重をかけると相手が崩れて顔がこっちに来るので何でもできる。まあ相手も人がたくさんいるのでやる気はないはず。次第に落ち着いたようで、少しずつ話し始めた。


 やったのは白い翼の生えたフレンズで、恐ろしく速く襲ってきてついでに脅してきたと。


 胸ぐらは掴んだまま。



「シロヘラコウモリはそんな体力ないから除外。アルビノのフレンズは今居ないから白変種だと断定して、シロクジャク……は孔雀茶屋で見たから除外。ありえるのはオオコノハズクかもしれんが、この傷跡はあいつのものじゃない。……というかおかしくないか? どんな風に切られた? 何故か肌どころかシャツは無傷で、スーツだけ見事にバッサリ。引っかからないように速く飛べばできるかもしれんが、森の中でそれは不可能だ」


「何だァてめぇ、じゃあてめぇ、俺がわざとやったっていうのかぁ!?」

「そんなこと一言も……」



 こいつは日本語が通じない。俺が諦めかけたその時、待っていた強そうな女が、ああ……


 カコさんが腕を組んで若干額に血管を浮かせながら歩いてきた。俺と強面の真横に立つと、何も言わずに一枚の写真を見せた。そこには見覚えのあるフレンズが寝ている様子が写っていた。



「こいつだァ!!」

「スズ!?」

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