「お前は足でまといだ」

 は洞窟の中に入り歩いていた。冷たい風が吹いており、体が冷える。


「おい、歩きにくい」

「だだだだって、怖いん……だもん」


 明人は普通に歩いていたのだが、音禰の腰が引けてしまい思うように歩けていない。恐怖のあまり明人の腕に抱き着き、周りを無駄に見回しながら歩いていた。その際、上から水滴が落ちてきて、音禰の項に当たってしまった時は、思いっきり叫び彼の腕がちぎれるほどの力でしがみつく。


「いてぇわおい!!!」

「ごごごごごめんなさい!!!」


 さすがの明人も我慢できず怒鳴ってしまい、そんな二人を見ながらファルシーは、口元を抑えながら体を震わせ見ていた。

 そんな事がありながらも洞窟を進んでいると、分かれ道が現れた。


「結構長いんだな。ファルシー、どっちから強い力を感じる?」

「そうねぇ……」


 ファルシーは目を閉じ集中する。


「────右ね」

「了解だ」


 明人達は言われた通り右に進んでいく。

 その後も何度か分かれ道があったため、その度にファルシーは集中し力を感じとっていた。

 最初は普通に伝えていたが、なぜかどんどん顔を青くし、口にするのを渋り始めた。


「また分かれ道……。これで五個目だぞ。ふざけてんな」


 明人は苛立ちのあまり、歯ぎしりしながら目の前の分かれ道を睨んでいる。音禰も恐怖より苛立ちと疲労が募り、ため息を吐いていた。


「おい、今度はどっち──」


 明人がファルシーの方に顔を向け、先程までと同じように聞こうとしたが、彼女の雰囲気に言葉を途中で止めてしまった。


 ファルシーは顔を俯かせ、微かに震える体を必死に抑えていた。音禰もその様子を見て心配そうに手を伸ばし、肩を支えてあげる。その身体はとても冷たく、音禰は目を開いた。


「ど、どうしたのファルシーさん。疲れちゃったの?」


 音禰の言葉には返答がなかった。その後も音禰は体を摩ってあげ、落ち着かせようと優しく何度も名前を呼び続ける。


「おい、ここから先は俺達で行く。お前はここで待ってろ。今のお前は足でまといだ」


 明人はファルシーに言い放ち、分かれ道に目を向けた。


「ちょ、そんな言い方……」


 ファルシーの肩を擦りながら音禰は文句を言おうとしたが、明人が迷う事なく足を踏み出し分かれ道を進んでしまった。


「え、なんで道がわかるの…………」


 音禰はファルシーと明人を交互に見ながら、どうすればいいのか迷っていた。ファルシーは辛そうに歪めている顔を明人の後ろ姿に向け、乾いた笑いを零す。


「たかが人間のくせに。私を馬鹿にするでないわ」


 流れ出ていた汗を拭き、彼女は明人の後ろをついて行く。音禰も不安げな表情を浮かべながらも、二人に置いて行かれないよう駆け出した。


 ☆


 今まで何も感じていなかったであろう音禰も足取りが重くなり、徐々に歩く速度が落ちている。明人も息が荒くなってきていた。だが、その三人の中で一番酷いのはファルシーだ。息が荒く、顔も青い。汗も流れ続け、俯きながら前に進んでいる。


「ここ、なんか。息苦しくない?」

「それだけ溢れ出てきてるんだろうな。あいつの力が……」


 明人も疲労で汗を流し、それを拭きながら必死に歩いている。


「ファルシーさん、大丈夫ですか?」

「問題ない訳では無いわ。さすがに体が重いし、この力……。私は堕天使よ。舐めないで欲しいわ。ふざけんじゃないわよほんと……。これはあれだわね、二日酔いに少し似た感覚よ。いやいや、ありえないから、私がアルコールに負けるなんてそんな事──」

「大変よ相想、ファルシーさんが壊れたわ」

「元から壊れてるから問題ねぇよ」


 ファルシーは文句を淡々と口にし、明人も構っている余裕が無いため無視し続けている。

 この中でまだ余裕があるのは音禰だけだが、二人の異常さに不安げな顔を浮かべている。


「この先に、何が待っているの?」


 音禰が呟いた時、奥から人の叫び声が響き明人達の鼓膜を揺らした。


 ───あ、ぁぁぁぁあああああああ!!!!!!


 その声は三人に重くのしかかり、足を止めさせた。耳に残る叫び声。その叫び声を耳にした明人は目を見開き、前方を焦ったように見る。


「なんなの、今の叫び声──相想?!」


 音禰が耳を塞ぎながら問いかけようとしたとき、明人が突然走り出した。

 先程からふらついていたように見えたが、それを感じさせない足取りでどんどん走って行く。


 ファルシーと音禰も置いていかれないように走るが、明人の足は今までにないほど早く、追いつけない。


「待ってよ、相想!!」


 どんどん距離ができてしまう。その時、音禰の後ろからドサッと、何かが地面に落ちる音が聞こえ、思わず立ち止まり振り返った。


「ファルシーさん!!!」


 限界を超えてしまい、ファルシーは胸元を押え地面に転がった。先程より息がすごく荒くなっており、危険な状態になっている。


 音禰はどうすればいいのか分からず明人に助けを求めようと前を向くが、そこにはもう彼の姿はない。


「相想、私はどうしたらいいの。これじゃ、最初に話していた作戦なんて、実行出来ないわよ」


 泣き出しそうな音禰は、苦しそうなファルシーの背中を擦りながら、何とか出来ないか必死に考えた。

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